02-F
勢い余って、腕が半ばまで入り込んでしまった。熱くぐじゅぐじゅとした体内から、剣を引き抜いていく。
鍔に引っかかって出てきた内臓を手で払いつつ、抜いた勢いのままに振って、血や肉片を落とす。
そして、一息。……さすがに疲れた。
「あ~、もう駄目だ。もう動けねぇからな~。もう来んなよ~……」
すぐそばの建物の壁にもたれて座り込んでいるのは、疲れきった顔のリュシーだ。戦闘中に合流し、さっきまで一緒に戦っていた。
ブラッディイーグルの群れとの戦闘は、1時間以上続いた。絶え間なく。
今になって、ようやく街の戦闘音が少なくなっていることに気が付いた。
……だけど、まだ完全に終わったわけではないようだ。遠くに、鷲の姿が見える。
「さすがのあんたも、疲れたみてぇだな」
リュシーに言われ、私は素直に頷く。
朝は巨大ムカデ、そして昼は巨大鷲。いずれも群れとの戦闘だ。
立て続けに大量のファミリアと戦えば、疲労も溜まる。溜まる一方だ。
ファミリアとの戦いでこんなに疲れたのは、いつ以来だろうか。
剣を壁に立てかけ、リュシーの隣に座る。
「何匹殺った? あたしは22匹」
「21羽」
答えると、隣でリュシーがこちらを向く気配。
「あたしの勝ちだな」
「まだわからない」
別に、悔しくてそんなことを言うんじゃない。
「……やれやれ。マジで勘弁してくれよ。こんなん毎日とか、いつか死ぬぞ?」
並んで座る私たちの前には、ブラッディイーグルたちの死体が折り重なるように転がっている。
濃い血臭が、風に攫われていく。
「死なない。私たちは、大丈夫」
願望とか、リュシーを励ます意味で言ったわけじゃない。私はそう、確信しているんだ。
「……んなこたぁ、わかってんだよ」
そう呟くリュシーを見れば、彼女は空を見上げていた。私も、つられて上を向く。
「うわああああぁぁぁぁっ!」
「――!」
その時、どこからか男性の悲鳴が聞こえた。私たちは瞬時に立ち上がり、通りの真ん中へ。
「お、おいおい……!」
リュシーが先に、それを発見。
向こうから、ブラッディイーグルが飛んでくる。その足には、傭兵が捕まっていた。
放っておけば、彼はどこかへ連れて行かれ、食べられてしまうだろう。
だけど、ここからでは手の出しようが無い。
「テッサ!」
リュシーが叫ぶ。
……そうだ。あの鷲を落とす手段が、一つだけあるじゃないか。
「わかってる!」
上の方から、テッサの声。私たちがさっきまでもたれていた建物の屋根の上に、テッサが立っている。
彼女は、すでに弓を引いて構えていた。しかし、まだ射たない。
今射てば、鷲は落とせる。でも、同時に傭兵も落としてしまう。
いや、落とすしかないんだけど、それならそれで、タイミングが重要だ。
鷲が、背の高い建物の上へ差し掛かる。
今だ! と思った瞬間、矢が放たれた。
立て続けに3本。放たれた矢は一直線に鷲へと飛び、頭に1本、胴と翼にも1本ずつ突き刺さった。全射命中。
鷲は声を上げながら建物の屋根に頭から落下、激突。
その足から、傭兵が解放される。
傭兵は屋根を転がり、半ばで停止した。
動かないけど、死んでしまったのだろうか。
「あっぶねぇ。ギリギリだったな」
リュシーはそう言って歩き出す。傭兵が落ちた建物の方ではなく、反対側へ。
「助けを呼んでくるから、あいつの様子を見てろよ」
駆け出すリュシーの背に、頷く。
「!」
その時、屋根の上から矢を射る音が一発。見れば、落下した鷲の頭に、もう1本矢が突き刺さっていた。
「よし。動かなくなった」
テッサはそう言って、身を引っ込めた。すぐに上から下りてきて、建物を出てくる。
「あいつで23羽目。今回は私の勝ちみたいだね」
ニッと笑うテッサに、私も笑みを浮かべた。
リュシーが呼んできた人たちによって、ブラッディイーグルと共に屋根に落下した傭兵は運ばれていった。
鷲の爪で全身傷つけられていたものの、命に別状は無いようだ。
その後すぐに戦闘は終わり、私たちは真っ直ぐ家に帰った。
またいつファミリアが来るかわからない。それまでに、疲れた身体を休めておく必要がある。
「あ~。早くも別の場所に行きたくなったわ。つーか、アマビスカに帰りてぇ」
服も下着も脱ぎ散らかして裸になったリュシーは、タオルで全身の汗を拭いていく。
「キツイだろうなとは思ってたけど、まさかこれほどとはね」
テッサも裸だ。タオルを首にかけて苦笑いを浮かべている。
ちなみに私も裸で、ここは寝室。タンスはここにしか無いので、3人で共有している。
ほかの家から運び込むことも可能だけど、面倒なのでやってない。持ってる服も下着もそう多くないので、タンスはこれ一つで充分なんだ。
カーテンを閉めた薄暗い室内で、私たちは新しい下着を出して身に着けていく。
「死人が週に10人くらいなんて、絶対嘘だろ。今日だけで何人死んだんだっつーの。こんなんでよく、ほかの傭兵共は協会に文句を言わねぇよな。マゾか」
リュシーはかなり苛立っているようだ。……まぁ、いつもこんな感じではあるけど。
「協会にいくら文句を言ってもしょうがないってことでしょ。何を言ったって、ファミリアは攻めてくるわけだし」
淡々と言うテッサに、リュシーは「んなこたわかってんだよ」と吐き捨てる。
「しっかし、こんなんじゃおちおち汗を流しにすら行けねぇぞ。洗濯物だって、溜まる一方だしよ」
「そうだね。クリーニングに出さないと、そのうち着る服が無くなっちゃう」
「……」
悩む姉妹をよそに、私はあることを考えていた。
それは、昨夜突然思い出したことだ。
そういえば、まだ2人には話してない。
「マリサ? どうしたの、ぼーっとして」
テッサに声をかけられ、ハッとする。……2人に話してみよう。
「あの家のこと、覚えてる?」
聞くと、2人は「あの家?」と口を揃えた。テッサは首を傾げ、リュシーは眉根を寄せている。
「ルイスと暮らしてた、あの家のこと」
すると、2人は顔を合わせた。すぐに、その視線が私へ戻る。
先に口を開くのは、訝しげな表情のリュシーだ。
「そりゃ覚えてるけど、急にどうしたんだよ」
私だって、急に思い出して戸惑っているんだ。
「この辺りじゃなかったかなって思って……」
そう言うと、テッサが「そういえば」と喋り出す。
「よく覚えてないけど、確か、あの家の南に街があったよね?」
リュシーも、「ああ。そういやそうだったような」と曖昧ながらも思い出した様子。
「でも、街の名前までは覚えてねぇなぁ」
「うん。あの人に聞いた気がするけど、私も覚えてない」
私もだ。
「……で? あの家がこの街の近くにあるとして、どうするつもりなんだよ。まさか、そこに住みたいとか言い出さねぇよな?」
それはない。だから私は、首を横に振る。
「でも、もし本当にあの家が近くにあるのなら、一度見に行きたいとは思ってる」
正直に告げると、2人はまた顔を見合わせた。
「あれから3年以上経ってんだろ? ……もう、無ぇかもしれねぇぞ」
腕を組むリュシーに、私は「わかってる」と頷く。
「行ってどうするの? 見るだけ?」
そう聞くテッサに、私は「わからない」と答える。
「でも、行きたい」
昨夜、あの家のことを思い出してから、ずっとそう思い続けてきた。
行ってどうするかなんて、はっきり言ってどうでもいい。
ただ、この思いを抱き続けるのは、……邪魔だと感じた。
あの家をもう一度目にすれば、きっとすっきりする。そう思うんだ。
リュシーは、「はぁ~」と溜め息混じりに発した。
「仕方ねぇなぁ。この街の北に家があるかどうか、協会員にでも聞いてみるか」
そう言ってリュシーは腕組みを解き、タンスから服を出して着始める。
「そだね。じゃ、早速行ってみますか」
テッサは嬉しそうに微笑み、リュシーに続いて服を出す。
そんな2人を見て、私の口からは自然と、「ありがとう」という言葉が流れ出た。




