幕の内弁当
転た寝したらこんな時間…。短いです。しかも!初の別視点です!
時は少し遡る。
杏望秀征は苛立っていた。もちろんそれを面に出すようなヘマはしないが。
朝礼で派手に倒れた女子生徒がベッドで身を起こし、意味のわからないことを言っているからだ。
いや、正確には何を言いたいのかはわかる。だが、なぜ今初めて会ったばかりのガキ…失礼、女子生徒に言われなきゃいけないのかがわからないのだ。
女子生徒は言った。
『何か悩みがあるならあたしに話してほしい。』と。
当然、悩みがあろうがなかろうが話す気はないので、否と答えた。そこで女子生徒は更に言ったのだ。
『隠さなくてもわかります!先生、なんだか哀しそうだもん…。ご家族のこととかですか?』
確かに家族とは少しばかり行き違いがあった。しかし、今はもうないのだ。
杏望家は代々続く医者の家系だ。当然、自分も医者の道を進むと周囲の人間は思ってた。だが、杏望秀征はその道を外れた。敷かれたレールを走るのは嫌だという、なんとも安易な若者らしい考えで。
もちろん、一族からは責められ、勘当同然で家からも追い出された。それでもこの道を選んだことに後悔はない。家族にもう二度と会えないだろうという覚悟もしていた。
しかし、事態は急変する。父方の母、つまりは祖母が認めろと一族に通達を出したのだ。祖父がなくなってからは祖母が実権を握っていたので、頷くほかなかった。どうやら、自分の働きぶりを1年見て、進みたいように生きればいいと思ったらしい。そのおかげで、少しずつではあるが、家族との確執もなくなりつつある。週一で食事会をしているが、最近は学校のこととかも聞かれる。
だから、家族のことよりも最近見つけたウサギの方が悩みだ。そのウサギは割りと人懐っこいくせに、何故か自分には懐こうとしないのだ。それだけなら別に気にもしないが、時々妙に大人びた表情を見せる。まるで、目に入る全てのものが愛おしいというような、そんな顔をするのだ。その優しい眼に自分も映りたいと思った。それだけでも驚愕なのに、今ではその眼に映るのは自分だけでいいと思ってる。一人占めしたい。そんな子供じみた考えもする。
なのにウサギはつれないままだ。しかも同じくウサギに魅入られたヤツがいる。物凄く邪魔だ。ただでさえ、こっちは立場とか年齢とかのハンデがあるのに。しかし渡す気はない。まずは手始めに『大人の男』として意識してもらおう。ヤツは先日の親睦会にもちゃっかり出てるだろうし、遅れは取れない。今日は何がなんでも2人っきりになって名前を耳元で囁こうと決めた。
そんな不穏な考えを杏望秀征がしてる一方で、
森木華鈴も苛立っていた。頬を染めながらという器用なことをしつつ。
杏望先生ほんとかっこいい……。先生にならあたし食べられたい…キャッ!
でもなんなのこの世界!全然『元』と違うんだけど!多少はしょうがないかなって思うけど、欅田かおる!あれは『男が女装』してる設定じゃなかった!?なんで『女が男装』してるのよ!本当なら、女顔で悩んで、からかわれないように、傷つかないように完璧し女装をしてた欅田先輩を、あたしが本来の先輩が1番ですよって慰めるはずだったのに!イヤイヤどころかノリノリで男装してんじゃないあの女!女なんか攻略したってしょうがないのよ!
こうなったら、欅田先輩は除外ね。あとの『6人』を攻略しようじゃないの。4人のルートは今のところばっちりだし。ただ後の2人となかなか会えないのよねぇ。設定自体がバグってるから、出会いのイベントが発生しないってとこが問題だわ。出会っちゃえばこっちのもんなのに。あ~早くイケメンたちに取り合いにされたーい!『今』のあたしは美少女なんだから、当然よね~。だ・か・らぁ、あたしを一人占め出来るのは今だけよ?杏望先生!あっ、咲倉舞もなんとかしとかなきゃね。
2人の考えはどこまでも噛み合わないまま、2時間目の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
その頃、咲倉舞は背筋に悪寒が走った。
眠い…。




