騎士様の述懐(終)
ダニエル視点です。
気になる子が結婚してしまった。
俺はがっかりしていた。
「珍しいこともあるもんだ、お前がおとなしいなんてな」
俺の先輩が、からかいながらも心配そうに言った。
「どうしたんだ最近。何かあったのか」
俺は先輩を見上げた。
「色々不調で……。試合も二連敗してますし」
「そうだったな」
「風邪はひくし」
「病気知らずなお前がなぁ、びっくりしたよ」
「気力が出なくて」
「そんな時もあるさ、そういう時があったほうが、後々強くなるんだぞ。順風満帆なまま突き進んで、ある時ポッキリ行って立ち直れなくなったやつを、何人も見て来たよ」
「じゅん……?」
先輩は苦笑した。
「順風満帆。物事が追い風に乗ったみたいに全てうまくいくってことさ」
「へぇ……。覚えておきます」
俺の反応に、先輩は顔色を変えると向き直った。
「おい、本当に変だぞ。今まで、言葉の意味なんてまるで興味を持たなかったじゃないか。どうした?」
「……実は」
俺は氷菓子ちゃんのことを話した。
「あの子、あれだけ色々世話を焼いてくれたんだし、俺のこと好きなんだと思ってたんですが、眼鏡の秀才が好きって言って結婚しちゃって」
先輩は困った顔をしたが毅然と言った。
「……それで言葉を知ろうとするって、賢くなりたいってか?お前単純だな。あの会計係の子のアレは、はたから見ててもただの業務だったぞ」
「……そうなんですってね。本人からそう言われました」
先輩、今度は可哀想なものを見る目で見てきた。やめてください、ほんと。
「ダニエル様ぁ〜」
遠くで誰かの声がして、俺と先輩は振り返った。よく試合を見にきて贈り物をくれたり応援したりしてくれていた子の一人だった。その子は、先輩がいるのに俺だけに話しかけてきた。
「ダニエル様、会えてよかった!お話できて嬉しいです!あ、もうすぐトーナメントですねっ!きっとまた、ダニエル様が優勝しますね!頑張ってください、応援しています!あの、これ、受け取ってください、ハンカチに刺繍したんですぅ」
「あ、うん……、ありがとう」
俺は微妙な気分で反射的にハンカチを受け取った。その子はこちらを覗き込んできた。
「ダニエル様、どうかしたんですか?元気がありませんね?あ!わかりました!あの会計係の子のことですね!あの子、ダニエル様としゃべりたいからって、わざと申請を通さないんですよ、ひどいですよね!」
「え?」
なんか違う。そうじゃないんだが。っていうか、なんで氷菓子ちゃんのことを知ってるんだ。
「私、文句言ってやったんです。ダニエル様の申請を通しなさいって!ちゃんと通りましたか?」
女の子はニコニコしている。初めて、なんか怖いと思った。
「あの子なら、もういないよ。やめたんだ」
俺が言うと、その子はパァッと顔を明るくした。なんなんだ。
「まあ!やっとわきまえたんですね。よかったですね、ダニエル様!でも、じゃあ、なんで元気ないんでしょう。あ、わかりました!あの白馬のことですね!あの馬主の子も、ダニエル様としゃべりたいからって、なかなか許可しないじゃないですか。その子もひどい子ですねぇ!」
俺は一気に疲れた。先輩を横目で見ると、苦笑いしている。俺はその子に向き直った。
「そうじゃないよ、俺は、あの白い馬のことはもういいんだ、申請は取り下げるつもりだよ」
女の子は驚いた。
「ええっ、なんでですか!?ダニエル様には、絶対に白い馬が似合いますわ!白馬じゃなきゃダメです。主人公は白馬の騎士様と決まっているんです。ダニエル様は白い馬に乗って、トーナメントで優勝なさいます。きっと素敵ですわ〜!やっぱりダニエル様がこの町で一番の騎士様です!その後のダンスパーティーでは、私をエスコートしてくださいますよね?」
先輩が見かねて間に入ってくれた。
「失礼、我々は急いでいるものでね、もういいかな?それと、勘違いしているようだが、トーナメントの出場者は騎士団側が候補者から抽選で選ぶんだ、本人が出たくても出られるとは限らない、騎馬での試合もないしね、それと」
何か言いかける女の子を制して先輩は続けた。
「トーナメントの後にダンスパーティーなんかないよ。残念だったね。それじゃ我々はこれで失礼」
何か言いかける女の子に背を向けて、先輩は強引に俺を引っ張って行った。
「俺も、あんな感じだったんですかね」
俺は歩きながら、先輩に聞いてみた。我ながら情けない声しか出ない。
「あー、さっきの女の子のことか?あの子が誰だか知ってるか?」
「よく知りません」
「知らんのか!?なんとまあ。あの子は町長の娘だよ、始終あんな感じなんで、他国に留学という名の監視と矯正をされることになってる。今は謹慎中のはずなんだがなあ、街をうろついては駄目なんだがなあ」
「そうなんですね、知らなかったです」
先輩から改めて睨まれて、俺は首をすくめた。以前、よく知らない子から物をもらったりするなと言われたことを思い出したのだ。
「で、俺、あの子みたいな態度でしたかね」
「他の女の子に対してか?そうだな。あんな感じだったなぁ」
「ど、どこら辺がです?」
いくらなんでも、あそこまでではなかったはずだ。だが先輩は容赦なかった。
「必要もないのに他人の家の所有物を壊したり?」
「えぇっ、あの子も扉を蹴破るんですか」
「まさか、あの子が壊したのは扇だよ、知人が持っていた扇を、「こんな流行遅れのものを持っていては笑われる」と言って折った上、「私のセンスで趣味のいいものを選んであげる」と言ったそうだよ。でも持ち主の令嬢の思い出の品だったそうで騒動になっている。あの子は、親切に教えてやったのに弁償しろだなんておかしいと主張している」
「……」
俺も、扉の修繕費は経費で出せと言ったっけ。
「それから、そうだなあ。ダニエル、お前のこと、白馬の似合う一番の騎士だと言ってたろ?勝手に他人に自分の理想像を押し付けているんだ」
「……」
俺も、氷菓子ちゃんのこと、優しくて親切だから、俺のこと助けてくれるに違いないと思い込んでた。
「その上、自分のことをお前がエスコートするはずだと言ってた。お前が自分のことを好きなはずだと信じてるわけだ」
「……」
俺も氷菓子ちゃんは俺のこと好きに違いないって思ってた。
急に、首筋まで血が昇って真っ赤になるのを感じた。先輩がニヤリと笑ったので、俺は思わず俯いた。
「恥ずかしいか?」
「……はい、恥ずかしいっす……」
「そうだな、一生、夜中に思い出して大声を出して走り回りたくなるような恥ずかしさだ」
うわ、本当に起こりそうだ。あの町長の娘さんも、いずれ夜中に叫んで走り回りたくなるんだろうか。
「ま、骨身に染みたろ?」
「骨、ですか?」
「体の奥とか心の底まで感じるということだよ」
「はあ、そう言う意味なら、骨身に染みました」
先輩は爆笑した。
「ま、元気出せ。以前のお前より、今のお前の方がずうっといい男だぞ!」
「そうで、しょうか……。」
確かに、カッコいい男より、いい男の方が、カッコいい、気がする。
その後、子犬ちゃんも結婚してしまったが、子犬ちゃんと氷菓子ちゃんの二人とも迷惑かけてたんだなと申し訳なく思う気持ちと、俺のバカさ加減に気づかせてくれたことを感謝して、とびきりの幸せを祈っている。そういう意味では、あの町長の娘さんも「反面教師」というそうだ。あの子はあれから全く消息を聞かないけど、思い出して叫びたくなるようになっているといいな。俺も時々やってしまうけど、それって以前よりはマシな証拠なんだって先輩が教えてくれたんだ。
子犬ちゃんは白馬じゃないけれど、真っ黒の賢い馬を使わせてくれている。こいつは今じゃ他に変えられない相棒だ。トーナメントもまた勝てるようになった。相変わらずまとわりつく女の子はいるけれど、以前とは違って贈り物を受け取ったりデートをしたりしなくなると、女の子たちは少しずつ他の若い騎士へと流れていくようになった。
「ダニエル、ちょっといいか」
ある日、先輩に声をかけられて振り向くと、先輩と、年若い女の子が並んでいた。二人を見比べていると、先輩が破顔した。
「こいつ、僕の妹」
妹さんはぺこりと挨拶をした。いわゆる目立つ派手な美人ではないが、優しそうな穏やかそうな可愛い子だった。
「お前も随分と落ち着いてきたからな。お前に任せてもいい気がしてな。こいつ、明日届け物をしに下町に行くんだが、ちょっと治安の良くない地区なんだ。お前明日非番だろう?悪いが、一緒に行ってやってくれないか。護衛兼案内人ってことで」
「あ、はい……」
「帯剣はするなよ、非番なんだから」
「もうそんなことしてませんよ」
妹さんはくすくすと笑った。暖かい色の瞳の、柔らかく微笑む女の子だった。心臓が跳ねたことは、先輩には内緒だ。
結局、連載版でも名前が出てきたのはダニエルだけだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




