白馬の騎士様 馬主と騎士様の場合
馬主の女性の視点です
「だから、何度説明したらわかるのです。あの馬は確かに我が家の馬ですが、気性が本当に荒く、気に入った人しか近寄らせないのです。乗るなんてもってのほかなのです。我が家では他にも馬は多く所有していますので、他の馬になさっては?」
私の目の前にいるのは、ダニエルという騎士だ。我が家の馬に乗らせろと言ってきかないのだ。
「だから何度も言ってるでしょ。俺は白い馬がいいんだ。誰も乗ってない白馬はあの馬しかいないんだよ」
「ですから……」
話が通じない。
我が家は様々な事業をしていて、騎士団への馬の貸与もそのひとつだ。事業が大きくなってきたので、牧場関連を独立させる予定だ。私は兄たちとは違い、小さな頃から馬が大好きで、牧場に入り浸りだった。独立後の経営主は私が適任だろうと決まって有頂天になったのは一年ほど前だ。現在私は、経営の修行中なのだ。
「そもそもダニエル様は、馬に乗れるのですか」
「あ、当たり前じゃないか!俺は騎士だぞ、トーナメントも優勝してるし、賞だって何度も貰ってるんだぜ、子犬ちゃん」
ダニエル騎士は私を子犬ちゃんと呼ぶ。牧場によくいる、馬と一緒に働く犬に似ているからと言われたが、単に名前を覚えられないんじゃないだろうか。
「ただ乗れるだけではあの馬は無理です。寝食を共にするくらいの親しさでないと、乗せようとしないんです」
「そこをなんとか」
「無理です」
そんなやりとりが何度か続いた時だった。いい加減ウンザリしていたのだが、さらにウンザリする出来事があった。
「ダニエル様としゃべりたいからって、あなたの白馬を譲らないらしいじゃない、あなた」
……は?
ある日、昼間の往来で見知らぬ令嬢に突然、責められたのだ。
「えーと、どちら様ですか?」
私としては当然の質問をしたつもりだが、令嬢を怒らせたらしい。私の顔を知らないなんて、ということだろうか。
「だ、誰でもいいじゃない。とにかく、ダニエル様があの白馬に乗れるようにしなさいよ、困っておいでなのよ!」
私は目の前の令嬢をしげしげと眺めた。
「あのですね。あの白馬は、たいそうな暴れ馬なんです。ダニエル騎士が落馬したり蹴られたりしてもいいんですか」
令嬢はみるみる赤くなった。
「そっ、それを調教するのが馬主の役目じゃないの!とにかくなんとかしなさい、わかったわね!」
呆気に取られて、ただ令嬢の後ろ姿を見送ることしかできなかったが、冷静になると向かっ腹が立つのだった。
だが、ダニエル騎士はある時から急におとなしくなった。いつもの鬱陶しい自慢がなくなったし、私を「子犬ちゃん」と呼ばなくなった。
白馬への申請が取り下げられたので書類を持っていくと、ダニエル騎士はどう見てもしょんぼりしていた。だがそこは触れずに淡々と手続きを済ませると、ダニエル騎士は机の前から私を見上げてポツリとこぼした。
「キミ、騎士はカッコいいと思う?」
……は?
「はあ、まあ、そうですね。カッコいいと思いますよ」
ダニエル騎士は少し元気になった。
「そうだよな、騎士はやっぱり、カッコいいんだな。みんな騎士が好きなんだ」
「……この世の全員が騎士を好きとは限りませんよ」
「え?でも、カッコいい騎士が好きって言ったろ?」
ダニエル騎士の言い草に驚きすぎて、しばらく声も出なかったが、私は小さく頭を振ると深くため息をついた。
「……私が騎士様がたをカッコいいと思うのは、馬を乗りこなすからです。いえ、騎士様がカッコいいのではなくて、馬に乗るのが騎士様だからです。私にとってカッコいいのは、あくまでも馬です。それに、「カッコいい」と、「人として好き」は、全く別物だと思うのですが?」
ダニエル騎士はたちまちしょぼくれた。
「キミもか……」
はい?
「キミ、キミも眼鏡が似合う秀才な男が好きなの?」
なんだそりゃ。やけに具体的だな。
「……そういう方が好ましいという女性もいらっしゃるでしょうね、人それぞれですもの」
私の言葉に、ダニエル騎士はあからさまに肩を落とした。
「そうなんだね……。俺、前は、女の子はみんな、強くてカッコいい騎士が好きなのかと思ってたんだ」
「……つまりあなたのことをですか?」
「……うん。まあ、そう」
私は呆れ返ってダニエル騎士を改めて観察した。
「でもさ」
「まだあるんですか?」
「いや、ここから本題。ちょっと前に、俺、気になる子がいたんだけど」
「……はあ」
なんでこの人から恋愛相談されねばならないんだ。
「その子は、眼鏡の秀才で数字に強い人が好みだって言ってて」
「……なるほど?」
「結婚するからって遠くに行っちゃったんだ」
「そうですか、それはその、残念でしたね」
「だからキミも、そういう男のほうが好きなのかと思って」
「えーと、つまり、自分に興味のない女は皆、眼鏡の秀才タイプが好きだと?」
「違うの?」
「違いますね」
「訳わかんなくてさ」
……何を聞かされているんだろう、私。というか、この人は、自分の矜持と存在は、「全ての女の子に好かれるオレ」にあったということはわかった。それが揺らいでるので落ち込んでいる訳だ。呆れ返るが、我が身を振り返ってはいるようなので同情の余地はある。仕方ない、手助けしてみよう。
「うーん、そうですね。その女性のこと、どうして気になったのか、わかります?」
私が聞くと、ダニエル騎士は少し考えた。
「……なんていうかな、他の子とちょっと違ったんだ」
「どんな風に違ったんです?」
「うーん……、うまくいえないけど、なぜか気になるって感じで」
うん、わからない。
「……なるほど。その方、いわゆる男性に好かれるタイプの、美人でスタイルも服装のセンスも良くて話が洗練されて愛想がいいような、そんな方でしたか?」
「……そう言われてみれば、全然違ったな」
「それでも気になったんでしょう?」
「……うん」
「つまりは、そういうことです」
「え?どういうこと?」
本当にわからないんだろう、でもダニエル騎士は真剣だった。
「一般的な理想の男性像、女性像に当てはまらなくても、気になる人は気になっちゃうし、どんな人が気になるのかは人それぞれということなんです」
「そっか……。そうだよな」
「だから女性が皆、カッコいい騎士である自分のことが好き、というのは間違いではないですか?」
「……キミは?」
「私ですか?私、婚約者がいまして」
「……そうか」
「馬が好きすぎて騎士になったという変わり種ですが、騎士はやめて我が家に婿入りしてくれる予定です」
ダニエル騎士は眉根を寄せた。
「そいつ、大丈夫なの?」
「……どういう意味ですか?」
「キミじゃなくて、馬が目当てなんじゃない?」
私は笑い出した。
「私の家族も友人たちも、皆同じことを言いました。ですから婚約者に確かめましたらね、なんと彼、馬もひっくるめて私が好きなんですって。おかしいでしょう?で、さすがに、もし私が馬を全て手放さないといけなくなったら、あなたはどうするのかと聞いたんです」
「……そしたら?」
「彼、キョトンとした顔をして、君と一緒に馬を取り戻す努力をするに決まってると言ったんです。君だって馬のいない生活なんて考えられないだろうって。その通りだったので、馬を込みでの私を愛してもらうことにしたんです。二人で牧場を盛り立てるって。それってなかなか素敵だと思いませんか」
ダニエル騎士は、初めて私を見たかのように、まじまじと私を見た。
「うん、そうだね。なかなか素敵な関係だ。いいな。……キミ、なんだか、あの子に似てる気がするよ。顔とか髪色とか、全然違うのに不思議だな」
「性格が似ているということではないでしょうか」
ダニエル騎士はこちらを振り返ると、ニ、三度瞬きをした。
「性格……。性格か。そうかもな。話し方とかも似てる」
「……ダニエル騎士。あなた、今まで、本当に女性の外見しか見ていなかったのですね。女性は中身は皆同じで、違いは外見だけって思っていたのでは?でもそんなことはないって、よくわかったでしょう?」
「……うん。よくわかったよ。こういうのを「骨身に染みる」っていうんだろ?先輩が教えてくれた」
思わず笑みが出た。
「いい先輩ですね。これからも色々、教えてもらうといいですよ」
「……そうだね」
扉を閉める前にしょんぼりと座るダニエル騎士を見て、せめて彼には見栄えのする馬を貸与しようかと心の中でエールを送った。
ありがとうございます。
次話は、ダニエル騎士本人の視点になります。




