第71話 金色紋章の青年と、理解不能な違和感
中庭の奥から歩いてきた数人の若い魔導士たちは、一目で周囲と格が違った。
揃いの黒ローブ。
胸元には、複雑な術式紋様が刻まれた金色の紋章。
銀章よりさらに上位――王都魔導院でも、限られた優秀者だけが持つ証だ。
その先頭にいた青年が、ベルクの姿を見つけて足を止めた。
「……ベルク様?」
年齢は二十代前半ほど。
整えられた金髪に、鋭い青い瞳。
背筋は真っ直ぐ伸び、立っているだけで鍛錬の積み重ねが分かる。
だが、その視線はすぐにベルクの隣へ向いた。
旅装の少女二人。
平民服の少年。
そして、ふわふわした謎の小動物。
一瞬だけ、訝しげに眉が寄る。
「そちらの方々は……?」
「客人じゃ」
ベルクが短く答えた。
レオルは軽く頭を下げる。
「失礼しました。私は王都魔導院・金章所属、レオル・ファルネスと申します」
「リナです」
「ティア、です……」
「キュル」
フォルまで律儀に鳴いた。
最後に、レオルの視線がカイへ向く。
だが、カイは青年には興味を示さなかった。
じっと、中庭の一角を見ている。
「……?」
レオルが違和感を覚えた、その瞬間だった。
ボンッ!!
中庭の端にある実験棟の窓から、小さな爆発と黒煙が噴き出した。
「あっ」
「また錬金術科か!」
「消火を――」
学生たちが騒ぎ始める。
窓際には、火のついた薬液が飛び散っていた。
風向きも悪い。
このままなら庭園側へ燃え移る。
だが。
「焦げ臭い」
カイがぽつりと言った。
次の瞬間。
中庭を吹いていた風が、ふっと止まる。
いや、違う。
爆発で流れた黒煙だけが、不自然なほど綺麗に“切り離されていた”。
空中に留められた煙が、音もなく圧縮される。
ぎゅっ、と。
黒煙も、火花も、焦げた臭いまでもが、一つの黒い球へ押し固められていく。
そして。
パキン、と小さな音。
黒い球はそのまま透明な結晶になり、中庭の隅へ転がった。
静寂。
誰も動かなかった。
火災が。
爆煙が。
ほんの数秒で、“存在しなかったこと”になっている。
レオルの顔から表情が消える。
「……は?」
魔法陣がない。
詠唱もない。
そもそも、火属性でも風属性でもない。
あまりにも現象が異質すぎた。
カイは結晶を見ながら呟く。
「これで空気戻った」
満足そうだった。
ベルクが頭を抱える。
「……よりによって初対面で見せるか、普通」
「煙苦手だから」
カイは本気で嫌そうな顔をしていた。
レオルはゆっくり結晶へ視線を向ける。
焦げた臭いは完全に消えている。
熱も残っていない。
しかも、中庭の花壇には煤一つ落ちていなかった。
「…………」
理解できない。
いや。
理解しようとしてはいけない何かを見た感覚だった。
エルミナが小さく息を吐く。
「レオル先輩、だから言ったじゃないですか。“普通じゃない”って」
「これは普通じゃないとか、そういう問題じゃない」
珍しく、レオルの声が硬い。
リナはその反応を見て、少しだけ安心した。
自分が初めてカイを見た時も、たぶんこんな顔をしていた。
ティアだけは、きょとんとしている。
「……でも、綺麗になりましたよ?」
「ティアさん」
レオルが真顔で言う。
「普通、爆発事故は“綺麗に片付く”前に避難騒ぎになるんです」
「えっ」
ティアが初めて驚いた顔になる。
その横で、フォルが「キュルッ♪」と楽しそうに鳴いた。
まるで空気が良くなったことを喜ぶみたいに。
レオルは無意識に、一歩だけ後ろへ下がっていた。
本能が告げている。
目の前の少年は、自分たちの知る魔導士とは根本から違う。
ベルクが諦めたように言った。
「安心せい。わしもまだ理解できとらん」
「……ベルク様が理解できてない時点で安心できません」
それだけ言って、レオルは静かに一礼する。
「学院長へ到着を伝えて参ります」
去り際、もう一度だけ振り返る。
カイは、まだ空気を確認するように小さく息を吸っていた。
まるで今の現象が、本当にただの“換気”だったみたいに。




