第70話 王都魔導院と、磨かれすぎた床
巨大な白亜の門を前にしても、カイの表情はあまり変わらなかった。
ただ静かに建物を見上げている。
一方で、周囲の魔導士たちは明らかに落ち着かなかった。
「ベルク様が直々に案内……?」
「誰なんだ、あの子供……」
「平民の服だよな?」
「でも、ベルク様とエルミナ様が一緒に……」
ひそひそ声が広がる。
エルミナは少し困ったように眼鏡を押し上げた。
「……注目されてますね」
「お前が変な連れを連れてるからじゃ」
「僕?」
「お前以外に誰がおる」
ベルクが即答した。
だが、カイは気にした様子もなく門の床を見下ろしていた。
「……この石、ちゃんと掃除されてる」
「感想そこなの!?」
リナが思わず声を上げる。
確かに、白い石畳には埃一つない。
魔導院の誇りなのか、隅々まで手入れされていた。
カイは小さく頷く。
「歩きやすい。いい施設だね」
「評価基準が終始一貫してるの、逆に凄いわ……」
ベルクは呆れながら門番へ視線を向けた。
門の両脇には、紺色のローブを纏った魔導士たちが立っている。
腰には短杖。
胸元には銀の紋章。
一般の兵士とは違う、独特の緊張感があった。
そのうちの一人が慌てて頭を下げる。
「べ、ベルク様! お帰りなさいませ!」
「うむ」
門番の視線がカイたちへ移る。
特にティアを見た瞬間、少し驚いたように目を見開いた。
銀髪。
整った顔立ち。
目立つのも無理はない。
ティアは少し不安そうにリナの後ろへ隠れた。
その様子に気づいたカイが、ぽつりと言う。
「見すぎると疲れるよ」
「え?」
門番が固まった。
「ティア、人に見られ慣れてないから」
「あっ……も、申し訳ありません!」
慌てて頭を下げる門番。
ティアもおろおろしている。
「い、いえっ、そんな……!」
「……相変わらず悪気なく空気変えるわね、あんた」
リナが苦笑した。
ベルクは小さく鼻を鳴らす。
「この小僧、妙なところで周囲を見るからな」
「快適かどうかは大事」
「その価値観だけで生きとるじゃろ、お前」
「うん」
即答だった。
エルミナが堪えきれず笑ってしまう。
「ふふっ……」
「キュルッ♪」
フォルまで楽しそうに鳴いた。
やがて巨大な門がゆっくりと開く。
ギギギ……と重厚な音が響いた。
その先に広がっていたのは――まるで別世界だった。
「……わぁ……」
ティアが思わず声を漏らす。
広大な中庭。
白い石畳の道。
左右には綺麗に整えられた庭園が広がっている。
色とりどりの花。
透明な水が流れる人工水路。
空中に浮かぶ小さな光球。
遠くでは、ローブ姿の学生たちが魔法訓練を行っていた。
火球。
風。
水。
様々な魔法の光が、中庭のあちこちで瞬いている。
「すご……」
リナも思わず見回した。
「ここだけ別の国みたいね」
「王都魔導院は、王国中の魔導士が憧れる場所じゃからな」
ベルクが静かに言う。
その隣で、エルミナは少し誇らしそうだった。
「春は庭園が綺麗なんです。中央区画は特に人気で――」
説明していたエルミナの言葉が、途中で止まる。
カイが庭園の前で立ち止まっていたからだ。
「……どうしたの?」
リナが尋ねる。
カイはじっと花壇を見つめる。
「雑草、一本もない」
「そこ感動するところ!?」
「この規模で管理するの大変そう」
真剣だった。
ベルクが深いため息を吐く。
「……お前、本当に変なところばかり見るな」
「綺麗に維持されてる場所って落ち着くから好き」
カイは静かに言った。
その言葉に、エルミナが少し目を丸くする。
眼鏡の奥の瞳が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「……分かります」
「エルミナ?」
「ちゃんと手入れされた場所って、いるだけで安心しますよね」
「うん」
二人の会話に、リナが苦笑する。
「なんか、変なところで意気投合したわね……」
その時だった。
中庭の奥から、数人の若い魔導士たちが歩いてくる。
揃いの黒ローブ。
胸元には金色の紋章。
そして先頭にいた青年が、ベルクを見つけて立ち止まった。
「……ベルク様?」
整った金髪。
鋭い青い瞳。
年齢は二十代前半くらい。
自信に満ちた空気を纏った青年だった。
だが。
その視線がカイへ向いた瞬間、わずかに眉が動く。
「そちらの方々は…?」




