第64話 王都魔導院と、騒がしい研究者
街道を抜けた先。
緩やかな丘を越えた瞬間、視界が大きく開けた。
「……わぁ」
ティアが思わず声を漏らす。
夕暮れの空を背景に、巨大な白亜の建築群がそびえ立っていた。
幾重にも重なる塔。
青銀色の屋根。
空へ伸びる尖塔の先には、淡く光る魔法結晶が浮かんでいる。
まるで街そのものが、一つの巨大な魔法陣みたいだった。
王都魔導院。
この国で最高峰と呼ばれる魔法研究機関。
王族ですら軽々しく口を出せない、知識と魔法の中心地。
夕陽を受けた白い壁が、湖面みたいに柔らかく輝いている。
「……綺麗」
ティアが目を輝かせながら呟いた。
フォルも「キュルゥ……」と感心したように鳴く。
リナは少しだけ苦笑した。
「そりゃまあ、国中の金と魔導師を集めてる場所だもの。見た目くらい立派じゃないと困るわよ」
一方。
カイは腕を組み、真剣な顔で建物を見つめていた。
「……どう?」
リナが尋ねる。
カイは少し考えてから答えた。
「窓の配置は悪くない」
「第一声それ!?」
「風通しを計算してる。空気が淀みにくい構造だね。あと外壁の白石、熱を溜め込みにくい素材使ってるかも」
「建築チェック始まった……」
リナが頭を抱える。
だがカイは珍しく少し感心した様子だった。
「王都の空気ってもっと重いと思ってたけど、ここは快適かも」
「……それに、お前なら王都の空気も快適に変えられるんじゃないか?」
いつの間にか後ろから聞こえた低い声。
振り返ると、そこには深い青色のローブを纏った老人が立っていた。
長い白髭。
鋭い目。
胸元には銀色の魔法紋章。
周囲の空気そのものが張り詰めるような存在感。
周囲を歩いていた魔導師たちがざわついた。
「あれ……王都魔導院の紋章じゃないか?」
「おい、あの人って……」
「“蒼の大賢者”ベルク!?」
「うそ……直々に出てきたの?」
ベルクはそんな周囲の反応を気にも留めず、真っ直ぐカイを見つめていた。
その視線には、以前アルトで会った時よりもさらに濃い興味が宿っている。
「……ベルク」
「お前、本当に来たのか」
「珍しい物があるって聞いたから」
「理由が観光客なんだよなぁ……」
リナが呆れたように呟く。
ベルクは深く息を吐き、白髭を撫でた。
「まさか本当に来るとは思わなかった。途中で“面倒だから帰る”と言い出す可能性を考えて、儂は三割ほど諦めていた」
「実際ちょっと思った」
「思ったのか……」
老人が遠い目をした。
ティアが少し慌てる。
「で、でも! 王都、とても綺麗でしたし……!」
「うむ。そこはかなり頑張って整備しておる」
「あと湖が綺麗だった」
「そこも人気だ」
「食べ歩きできる屋台も多かった」
「観光案内みたいになっとるな」
ベルクは疲れたように言いながらも、どこか楽しそうだった。
カイは改めて巨大な魔導院を見上げる。
夕陽に照らされた白い塔。
風に揺れる旗。
窓から漏れる淡い魔導灯の光。
確かに悪くない景色だった。
「……まあ、しばらく滞在するくらいならいいかも」
「おお」
ベルクの目が少し見開かれる。
「珍しいな。お前が場所を気に入るとは」
「空気が綺麗だから」
「基準が最後まで一貫しておる……」
その時だった。
魔導院の正門側から、ばたばたと慌ただしい足音が聞こえてきた。
「ベルク様ー!! 例の資料どこですかー!!」
飛び出してきたのは、一人の若い女性だった。
赤毛の髪を肩で切り揃え、大量の本を抱えている。
丸眼鏡の奥の瞳は理知的だが、どこか落ち着きがない。
白い研究服はところどころインクで汚れていた。
年齢は二十代前半くらいだろうか。
走ってきた勢いのまま、彼女はカイたちの前で止まる。
「あっ、ベルク様! 第三資料室の――って」
彼女の視線がカイに止まった。
そして。
「……え?」
空気が止まる。
彼女はカイを凝視したまま、抱えていた本を一冊落とした。
「……この魔力……嘘……」
カイは嫌そうな顔をした。
「……なんか面倒そうなの来た」
「勘が鋭いな、小僧」
ベルクが頭を押さえる。
女性研究者は次の瞬間、ずいっとカイへ詰め寄った。
「ちょっと待ってください!! あなた今、魔力を“自然循環”させてませんでした!?」
「してない」
「してます!! というか隠してても漏れてます!!」
「漏れてるなら換気不足かも」
「そういう話じゃありません!!」
リナが吹き出した。
ティアも口元を押さえて笑っている。
ベルクは深々とため息を吐いた。
「紹介しておこう。こやつはエルミナ。魔導院でもトップクラスの魔法研究者だ」
「エルミナ・フェルロードです!!」
勢いよく名乗った彼女は、キラキラした目でカイを見つめる。
「あなたの魔法、詳しく調べさせてください!!」
カイは数秒沈黙したあと。
「……帰ろうかな」
「待て小僧!!」




