第61話 朝露と、小さな変化
翌朝。
森には、まだ薄く朝霧が残っていた。
白花街道の草葉には透明な露が並び、朝日を受けて小さく光っている。
静かな朝だった。
「……ん」
最初に目を覚ましたのはカイだった。
寝袋からゆっくり起き上がり、周囲を見回す。
空気の温度。
湿度。
風の流れ。
全部を確認するみたいに数秒黙っていたあと、小さく頷いた。
「悪くない朝」
それから焚き火の跡を見る。
昨夜の火は綺麗に消えていたが、灰が少し残っていた。
カイは軽く指を振る。
「【清浄】(クリーン)」
灰がさらりと消え、地面が元通りになる。
痕跡すら残らない。
ちょうどその頃、リナも目を覚ました。
「……朝から掃除してる」
半分寝ぼけた声だった。
「散らかったまま出発すると落ち着かないから」
「律儀なのよね、変なところだけ」
リナはあくびをしながら起き上がる。
その隣では、ティアがまだ静かな寝息を立てていた。
フォルもティアの腕に抱きつくように丸くなっている。
「キュル……」
幸せそうだった。
リナが小さく笑う。
「完全に懐いたわねぇ」
「ティア、暖かいからね」
カイが当然みたいに言う。
すると。
ティアの睫毛がぴくりと動いた。
ゆっくり目を開ける。
数秒ぼんやりしたあと、自分の腕に抱きついているフォルを見て、ふわっと笑った。
「……おはようございます」
「おはよう」
「おはよ、ティア」
朝の挨拶が自然に返ってくる。
それだけのことが、ティアには少し嬉しかった。
昔は、朝が嫌いだった。
目を覚ませば、また怯えながら一日を過ごさなきゃいけなかったから。
でも今は違う。
起きると、温かい空気がある。
安心できる声がある。
「……ティア?」
気づけば、少しぼーっとしていたらしい。
カイが不思議そうにこちらを見ていた。
「あ、すみません……!」
慌てて身体を起こす。
するとカイは、小さく首を傾げた。
「まだ眠い?」
「い、いえ!」
「ならよかった」
それだけ言って、カイは朝食の準備へ戻る。
どうやら本気で体調を心配しただけらしい。
リナがその様子を見て、こっそり肩を震わせていた。
「……?」
カイは意味が分かっていない顔だった。
朝食は温かいスープだった。
昨夜のうちにカイが下準備していたらしい。
野菜と香草の香りが、朝の空気に溶けていく。
「はい、ティア」
差し出された木のカップは、ちょうど飲みやすい温度だった。
熱すぎず、ぬるすぎない。
「……ありがとうございます」
一口飲む。
優しい味がした。
身体の芯から温まっていく。
フォルも小皿のミルクを「キュルキュル♪」と飲んでいる。
その様子を見ながら、リナがふと笑った。
「なんかもう、旅っていうより家族旅行みたいよね」
ティアがきょとんとする。
「家族……」
その言葉が、胸の奥に少しだけ残った。
カイはスープを飲みながら答える。
「快適なら何でもいいよ」
「アンタはほんとブレないわね……」
リナが呆れたように笑う。
朝日が、白花街道を照らしていた。
柔らかな風が吹く。
ティアは温かいスープを両手で包み込みながら、小さく目を細めた。
こういう時間を、“幸せ”って言うのかもしれない。
そんなことを、少しだけ思い始めていた。




