第38話 ギルドマスターの招きと、森の真実
「ねえカイ、さっきから周りの視線がすごいの分かってる?」
リナが赤茶色のポニーテールを揺らしながら、小声で隣の少年に話しかけた。
「うん、見てるね、何かあるの?」
カイは、濃い紺色の髪をさらりと流し、淡い灰色の瞳を街並みに向けている。
「何かあるの、じゃないわよ、あなたの肩に乗ってるフォルのこと!」
リナが指差すと、フォルは「キュルルッ!」と金色の瞳を輝かせて喉を鳴らした。
「本物のドラゴンじゃないか?」
「おい見ろよ、あのガキ、伝説級を連れてやがるぞ」
通り過ぎる冒険者たちのひそひそ話が、リナの耳には筒抜けだった。
「ほら、あんなこと言われてるわよ、……大体、ワイバーンの成体を魔法で縮めて連れ歩くなんて普通じゃないんだから」
「でも、フォルはフォルだよ、この方が一緒に歩きやすいし」
カイは全く動じる様子もなく、汚れ一つない清潔な旅装のまま、巨大な石造りのギルドへと入っていった。
扉を開けた瞬間、喧騒が静まり、無数の鋭い視線が二人……というかカイの肩に集中した。
「いらっしゃいませ! ……あ、ええと、お二人ともアルトのギルドは初めて?」
カウンターでペンを止めた受付のレナが、引きつった笑みで声をかけてきた。
「はい、登録の更新と報告をお願いしたくて、私はリナ、こっちはカイです」
「カイさんにリナさんね……。……あの、カイさん、その肩に乗っているのはもしや……」
レナの視線が、小さく羽ばたいたフォルに釘付けになる。
「ワイバーンだよ、ただ小さくなってるだけ」
カイが当たり前のように答えると、レナは顔を引きつらせて絶句した。
「おいおい、嬢ちゃんを困らせるなよ、ボウズ」
不意に横から、重厚な金属音が響き、白銀の鎧を纏った男が割り込んできた。
「ジークさん……!」
レナが安堵したように声を上げたが、男の目は獲物を見るようにフォルに向けられている。
「ボウズ、その魔獣、俺たちの依頼に貸せよ、金なら弾んでやる」
「貸さないよ、フォルは友達だから」
カイの即答に、ジークの笑みが消えた。
「……なんだと? 俺は『白銀の剣』のリーダー、ジークだぞ、その俺に盾突くのか?」
「名前は知らないけど、勝手に触ろうとしないで、汚れるから」
「……汚れる?」
「その鎧、あちこちに泥がついてるよ、不衛生だね」
ギルド内が凍りついたような静寂に包まれ、ジークの手が剣の柄にかかった。
「そこまでよ、ギルド内での私闘はギルマスが黙っていないわよ」
眼鏡をかけたミレナが奥から現れ、冷徹な声で場を制した。
「ガッハッハ! 威勢がいいな、ボウズ! 気に入ったぞ!」
ミレナの後ろから、岩のような体躯の老人、ガラクが笑いながら歩み寄ってきた。
「ギルマス……!」
「ジーク、てめえは修行し直してこい、カイとリナ、お前たちは奥へ来い、話を聞かせろ」
通されたギルドマスター室で、ガラクは椅子に深く腰掛け、カイをじっと見つめた。
「さて、リナ、ロイドからの手紙に書いてあった『街道の汚染を処理した』ってのは、こいつのことか?」
「はい、カイが一人で解決してくれました」
「……カイと言ったか、お前、あの高密度の魔力溜まりをどうやって消したんだ?」
カイは肩のフォルを撫でながら、不思議そうに首を傾げた。
「どうやってって……。空気が淀んで汚かったから、魔法で掃除しただけだよ」
「掃除だと? あのレベルの汚染をか?」
「うん、息苦しいのが嫌だったから【清浄】(クリーン)で全部消したんだ」
ガラクは絶句し、膝の上で震える自分の掌を隠すように握りしめた。
「地面もひどい有様だったと聞いたが、地割れもそのままにしたのか?」
「ううん、歩きにくかったから【修復】(リペア)で元通りに直したよ、もう凸凹してないと思う」
部屋を支配したのは、あまりにも場違いな「平穏」という名の驚愕だった。
「……ハッ、ハッハッハ! 掃除と修理かよ!」
ガラクは天を仰いで笑い飛ばしたが、その瞳には隠しきれない敬意が宿っていた。
「レナ! こいつらには全施設の使用を最優先で許可しろ、絶対に敵に回すんじゃねえぞ!」
「は、はい! わかりました、ギルマス!」
レナが慌てて飛び出していくのを横目に、カイは立ち上がった。
「もういいかな? 魚の美味しいお店があるって聞いたから、早く行きたいんだ」
「ああ、行け行け! 飯を食うのも大事な『快適さ』なんだろ?」
ガラクに送り出され、カイはリナの袖を引いて部屋を後にした。
「掃除と修理、か……。あいつにとっちゃ、世界を滅ぼす災厄も『ただの汚れ』でしかねえのか」
ガラクの呟きは、誰にも聞こえることなく静かに消えた。
外へ出たカイは、潮風の香りを胸いっぱいに吸い込み、ようやく少しだけ満足げな顔をした。




