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第36話 アルトへの道


門を抜ける。


都市の喧騒が背後で遠ざかる。


石畳が途切れ、土の街道に変わった。


靴底から伝わる感触が違う。


カイは歩く。


空は高い。


雲がゆっくりと流れている。


「アルトまでは、歩きで三日ってところね」


リナが地図を丸めながら言う。


「街道沿いだから道はいいけど、野宿は二回」


カイは頷く。


「わかった」


風が吹いた。


乾いた土埃が舞う。


カイの指先が動いた。


「【防塵クリーン・エア】」


音はない。


見えない膜が張られる。


土埃は数歩手前で弾かれ、綺麗な空気だけが通る。


リナがそれを見て、ふと口を開いた。


「……あんたって、ほんと汚れとか埃とか嫌うわよね」


「そうかな」


「そうよ。ちょっと服に泥が跳ねただけでも、すぐ【洗浄ウォッシュ】するし」


カイは少し考える。


そして、前を見たまま口を開いた。


「昔、ずっと白い部屋にいたから」


「白い部屋?」


「うん」


「外に出られなかった」


「風も吹かないし、土もない場所だった」


リナは少しだけ目を丸くした。


「……病気だったの?」


「そんな感じ。十七年間、ずっとベッドの上」


歩調は変わらない。


カイは淡々と事実だけを言う。


悲壮感はない。


ただの昔話だ。


「だから、歩けるだけで楽しい」


「風が吹くのも、土の上を歩くのも、全部新しいから」


「……なのに、土埃は魔法で防ぐのね」


「目に入ると痛いから」


「風情がないわね」


リナは小さく息を吐き、少しだけ笑った。


カイの異常なマイペースさの理由が、ほんの少しだけわかった気がした。


強さも名誉もいらない。


ただ、自分の足で快適に世界を見たいだけなのだ。


日が落ちる。


街道沿いの少し開けた場所で足を止めた。


「今日はここね」


リナが荷物を下ろす。


野宿の準備だ。


だが、カイがいると少し違う。


「【平地レベリング】」


ボコボコだった地面が、石畳のように平らになる。


「【保温結界ウォーム・エリア】」


冷え込んできた夜風が遮断され、春の陽だまりのような温度に固定される。


フォルが平らになった地面の上で丸くなり、「キュル……」と気持ちよさそうに目を閉じた。


リナが火を熾す。


「相変わらず、野宿の概念が壊れるわね」


「寝心地が悪いと、明日歩くのが疲れるから」


火を見つめながら、リナが言う。


「アルトはこの辺りで一番栄えてる街よ」


「海沿いで、魚が美味しいらしいわ」


カイの視線が少しだけ動く。


「魚」


「そう。今まで食べたことないようなのもあるかもね」


カイは火の揺らぎを見る。


白い部屋では、魚はいつも骨が抜かれて、味が薄かった。


「焼くのもいいけど、煮るのもいい」


「そうね。到着したら、一番美味しい店を探しましょ」


夜が更ける。


薪の爆ぜる音だけが響く。


急ぐ理由はない。


見たことのない景色と、美味しいものが待っている。


カイは目を閉じ、静かで快適な野宿の夜を楽しんだ。


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