第27話 森の咆哮と、夜の休憩小屋
ヴオォォォォォォン――――。
低く重い咆哮が、東の森の奥から響いた。
空気が震える。
遠すぎるはずなのに、胸の奥へ直接響いてくるような声だった。
休憩広場にいた旅人たちの顔色が変わる。
馬が怯えたように鼻を鳴らした。
「……今の、何だ?」
誰かが呟く。
だが答えられる者はいない。
リナは真剣な顔で森を見る。
「大型魔物……?」
普通の魔物の声ではない。
もっと重く、もっと圧迫感があった。
フォルもじっと森を見つめていた。
黄金の瞳が細くなっている。
「キュル……」
いつもの気楽な鳴き声じゃない。
警戒している。
カイはそんなフォルの背を撫でた。
「怖い?」
「キュルル……」
少しだけ。
そんな風に聞こえた。
リナが息を吐く。
「……今日はこの先まで進むのやめましょ」
「え?」
「日も傾いてきてるし、近くに街道用の休憩小屋があるの。夜の森は危険すぎる」
確かに空は少しずつ橙色へ変わり始めていた。
西日が草原を赤く染めている。
昼間は爽やかだった風も、どこか冷たく感じた。
旅人たちも、今日はここから先へ進まない判断をしたらしい。
荷馬車をまとめ始めていた。
「じゃあ僕たちも行こうか」
「うん」
「キュル!」
◆ ◆ ◆
それから三十分ほど歩くと、街道脇に小さな建物が見えてきた。
石造りの休憩小屋だった。
苔むした灰色の壁。
赤茶けた屋根。
長年旅人たちに使われてきたのか、入り口の木扉はかなり擦り減っている。
周囲には背の高い木々が並び、夕暮れの影が地面へ長く伸びていた。
小屋の横には井戸。
さらに少し離れた場所には、馬を繋ぐための簡易柵もある。
「今日はここで泊まりね」
リナが扉を押し開ける。
ぎぃ、と古い蝶番が鳴った。
中は薄暗かった。
石床。
木製の長椅子。
簡素な暖炉。
隅には藁束まで置かれている。
だが長く使われていないのか、かなり埃っぽい。
空気も少し湿っていた。
「うわ、カビ臭……」
リナが顔をしかめる。
だが。
カイはちょっと嬉しそうだった。
「ちゃんと旅の休憩所って感じだね」
「そこ喜ぶ?」
「なんか冒険してるなって」
リナは苦笑する。
本当に楽しそうだ。
その時。
フォルが部屋の隅をじっと見つめた。
「キュル」
ぴょこぴょこ歩いていく。
そして。
前足で藁束をつんつん叩いた。
ぼふっ。
大量の埃が舞う。
「キュルゥ!?」
自分でやって自分で驚いた。
慌てて後ろへ飛び退く。
リナが吹き出した。
「なにしてんのよ」
フォルは少し不満そうに藁束を睨んでいる。
どうやら埃が気に入らなかったらしい。
カイはそんなフォルを見て、小さく笑った。
「じゃあ掃除しようか」
「キュル!」
待ってましたと言わんばかりだった。
カイは部屋を見渡す。
古びた休憩小屋。
隙間風。
埃。
湿気。
でも。
「大丈夫」
カイが指を鳴らした。
「【一斉清浄】」
淡い光が、小屋全体をふわりと包み込む。
次の瞬間。
床の埃が一瞬で消えた。
湿った空気が澄み渡る。
カビ臭さも消え、森の朝みたいな爽やかな空気へ変わっていく。
「うわっ」
リナが目を丸くした。
窓ガラスまでぴかぴかになっている。
さらに。
「【修復】」
ひび割れていた壁が塞がる。
軋んでいた床板も真っ直ぐになる。
暖炉の煤まで綺麗さっぱり消えていた。
「だから生活魔法じゃないってそれ……!」
「便利だよね」
「規模がおかしいのよ!」
フォルはそんな二人を見ながら、嬉しそうに部屋を歩き回っていた。
「キュルル〜♪」
綺麗になったのが嬉しいらしい。
小さな爪が石床をこつこつ鳴らす。
そして窓際へ行き、外を見る。
夕陽が森を赤く染めていた。
木々の隙間には、少しずつ夜の闇が溜まり始めている。
フォルはじっとその森を見つめた。
「キュル……」
その鳴き声を聞いて、リナの顔から少し笑みが消えた。
「……やっぱり何かいるのね」




