第17話 宿屋と、フォルの寝床問題
「……もう討伐対象って感じじゃねぇな、これ」
誰かの呟きに、周囲がなんとも言えない顔で頷いた。
夕暮れのフィルン門前。
本来なら恐怖の象徴であるはずのワイバーンは、今やカイの足元で尻尾を振っている。
「キュルル♪」
しかも鳴き声が可愛い。
ギャップが酷かった。
ロイドは深いため息を吐く。
「……はぁ。とりあえず依頼達成扱いにしといてやる」
「ありがとうございます」
「礼言いてぇのはこっちだ。街道封鎖が解決したのは事実だからな」
ベルクも腕を組みながら頷く。
「正直、被害なしで済むとは思わなかった」
「怪我も治りましたし」
「お前の“治療”は色々おかしい」
リナがこくこく頷く。
本当にその通りだった。
その時。
ぐぅぅぅ……。
今度はカイのお腹が鳴った。
「あ」
静まり返る。
カイは少し恥ずかしそうに笑った。
「……お腹空いた」
リナが呆れた顔をする。
「そりゃあんだけ飛び回ればね……」
ロイドも肩を竦めた。
「今日はもう休め。報酬の話は明日だ」
「はい」
「あと」
ロイドはフォルを見る。
小型化したワイバーンは、カイの足元へぴったりくっついていた。
「そいつ連れて街入るなら、絶対暴れるなよ?」
「キュル!」
フォルが元気よく返事した。
「いやお前に言ってねぇ」
すると門兵の一人が恐る恐る聞く。
「……本当に大丈夫なんですか?」
「たぶん」
「たぶん!?」
不安しかない返答だった。
だがフォルは悪気ゼロでカイへ擦り寄っている。
少なくとも今は危険そうには見えなかった。
ロイドは頭を掻く。
「……まあ、暴れたらその時考える」
「適当ですね」
「お前が言うな」
こうして。
カイ、リナ、そしてフォルは、ようやく街の中へ入ることになった。
◆ ◆ ◆
夜のフィルンは、昼間とはまた違う雰囲気だった。
石畳の道には魔導ランプが灯り、橙色の光が街を照らしている。
酒場からは陽気な笑い声。
屋台から漂う肉料理の匂い。
パン屋からは焼きたての甘い香りが流れてきた。
カイはきょろきょろ周囲を見回している。
全部が新鮮だった。
「夜でもこんなに明るいんだ……」
「都会って感じするでしょ?」
リナが少し得意げに言う。
すると。
「キュルル〜♪」
フォルが屋台の匂いに反応した。
小さな鼻をひくひくさせている。
「お腹空いたの?」
「キュル!」
尻尾がぶんぶん揺れた。
その様子を見た屋台のおじさんが固まる。
「……竜?」
「大丈夫です。噛みません」
「キュル!」
「いや返事されても怖ぇよ!?」
周囲の人々もざわついていた。
だが小型化したフォルは、思った以上に“可愛い”が勝っている。
子供たちなんかは興味津々だった。
「あの竜ちっちゃい!」
「もふもふだ!」
「触っていい!?」
「キュル?」
フォルが首を傾げる。
その瞬間、子供たちが「かわいいー!」と盛り上がった。
リナが苦笑する。
「順応早いわねみんな……」
そのまま二人は、以前泊まった宿屋へ向かった。
木造三階建ての宿。
窓から暖かな灯りが漏れている。
看板には《木漏れ日亭》と書かれていた。
扉を開けると、暖炉の熱気と料理の香りが一気に流れてくる。
だが。
「あら、カイくん――」
受付のおばさんが、フォルを見た瞬間固まった。
「…………竜?」
「キュル!」
ぺこっと頭を下げるフォル。
「礼儀正しい!?」
宿屋のおばさんが混乱する。
リナは頭を押さえた。
「もうツッコむの疲れてきた……」
その時。
おばさんの視線が、フォルの翼へ向いた。
「……その子、どこで寝るの?」
静寂。
カイとリナが顔を見合わせる。
確かに問題だった。
ベッドで寝るには少し大きい。
床だと硬そう。
するとフォルが「キュル……」としょんぼりした。
翼までぺたんと下がる。
カイは真剣に悩み始めた。
そして。
「……ふかふかにしよう」
嫌な予感がした。




