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ベルモンド・アレ行政官

ブレンナール行政庁。


石造りの執務室の扉の前に、二人の子どもが両脇に立っていた。無表情で、姿勢を崩さない。




「あたしの孤児院の件だけど……もう少し、公金から運営費出せないかねえ?」


クレシェント夫人が、机に手をついた。


ベルモンドは汗を拭きながら、書類を脇に押しやった。


「うっ……ですが先日も、増額を……。財政も厳しく……」


夫人が、子ども従者の方を振り返った。


「おい、子供達! こんな薄情な男が、行政官でいいのかね?」


子ども従者が、無表情のまま一歩前へ進んだ。口がへの字に結ばれている。


二人並んで、無言の圧力をベルモンドにかけた。


「……!」


「口先だけじゃダメさ」


夫人が立ち上がった。サングラスを外す。


「金は血液だ。流してもらわないと、アタシもこの事業、やってけないよ」


ダイヤモンドの義眼が、執務室の窓から差し込む光を受けて光った。


「頼んだからね?」


「ひっ!」


ベルモンドの肩が縮こまった。


「じゃあ、私は王都に帰るとするよ。また来るさね」


「ほ、本日はご足労いただき、ありがとうございます」


「あ、そうそう」


夫人が、扉に手をかける前に振り返った。


「あの、カトリーヌって婆さん、死んだらしいじゃないか。あんたが意地悪で、街の婦人達にパーティをボイコットさせたからじゃないのかい?」


「あ、アレはあなたが、その日に講演会を開けと……」


「人のせいにするのは良くないね」


夫人の声が、すっとんきょうな調子になった。


ベルモンドは、悔しそうに口を結んだ。


「あと、私の娘達の店。繁盛してるみたいだから、応援頼むよ」


夫人がにやりと笑った。


「ベルモンド・アレ行政官殿」




◇ ◇ ◇




執務室で、ベルモンドは一人だった。


しばらくしてから、書き物の手を止め、椅子の背に体を預けた。


「帰るか」


──男の名前は、ベルモンド・アレ。この地方都市ブレンナールの行政官である。


王都から行政官に任じられ、この町に赴任してから早八年。この町の発展に尽くそうと、それなりに心を砕いてきたベルモンドであったが、その心中は憂鬱に埋め尽くされていた。


──はあ、あの女の援助を受けてしまったばかりに、とんでもないことになってしまった。


王都の貴族婦人ミランダ・クレシェントから資金援助という名の実質賄賂を受けてからというもの、弱みを握られて逆らえなくなってしまったのである。


──あの女め。今は逆に、孤児院だ浮浪者対策の就業施設だと言いながら、街の公金をちゅーちゅーちゅーちゅーしようとしやがって。


男はクレシェント夫人の黒い噂は聞いていた。だが、彼はそれを無視した。社会に進出する女性は欺瞞と偏見に晒されがちであり、自称フェミニストであるベルモンドは、クレシェント夫人と極めて友好的に接しようとしたのである。


──だが、それは間違いであったと、激しく後悔していた。




屋敷の前で扉を押した。


「帰ったぞ」


メイドと幼い娘が出てきた。


「おかえりなさいませ、旦那様……あの」


「ぱぱぁ、お帰り!」


「ただいま、マリー。今日もいい子に過ごしたかい?」


「あ、パパ! お客さん来てるよ」


「客?」


廊下を抜けると、応接間に女性が一人、座っていた。


「初めまして、ベルモンドさん。私、ガブリエルと申します」


──ガブリエル……? 最近どこかで聞いた気が……。




しばらくして。


「この街で、洋品店を?」


「はい。一度王都に移転しましたが、最近ブレンナールにも再度出店したんです」


「……!」


──確か、カトリーヌ夫人から招待されていたセレモニーパーティの洋品店の名が、ガブリエル……ってことは。


「あなた、もしかして、カトリーヌ夫人の事で!?」


「ええ、夫人には生前、大変お世話になりました」


──まさか、ワシの件を文句言いに来たのか? ワシも世話になっていたので、後味が悪いのだ。頼むから、責めないでくれ!


私を見ているガブリエルの目の前で、ベルモンドは娘を意識した。


「行政の事であれば、明日改めて庁舎の方で話を聞きますので」


「いえ、私はベルモンドさんの個人的な話をしに来ました」


私は鞄から、紙を一枚取り出した。


机の上に、それを置いた。


「!!」


──ワシがカトリーヌ夫人から金を借りた、借用書……!?


「こちらの債権、私が夫人から相続いたしましたの」


私は静かに言った。


「ですから、これからは私が債権者となります」


「……!」


ベルモンドの口が、開いたまま止まった。


「なんで、あんたがこれを!?」


「夫人は、沢山の人に裏切られたと思って、失意のうちに亡くなりました」


私はベルモンドを見た。


「ですが私は、夫人は裏切られたのではなく、悪意を持った者にそれを仕掛けられただけと証明したいのです」


「……」


「私はこの街でのカトリーヌ夫人の名誉を回復させ、その悪意ある者には後悔してもらいます」


ベルモンドは、額に汗を浮かべていた。


私はその目を、まっすぐ覗き込んだ。


「協力していただけますよね? ベルモンド・アレ行政官」

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