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私全然かわいそうじゃないのよ

「ア、アンネリーゼ」


声が、思ったより弱く出た。


「え、うそでしょ? なんで姉さんがこんなところに?」


「え、どうしたの? 知り合い?」


エレナが隣から顔を出した。


「妹のアンネリーゼよ」


「え、確か何年も会ってないって言ってたあの?」


「そうなの。二人で少し話してくるわね」


ニッキーが、マルコが、エレナが、驚いた顔でこちらを見ていた。私はアンネリーゼを連れて、広間の端へ向かった。




「えー、なんでそんなことなってんの!」


テーブルを挟んで向かい合うと、妹の声が広間に響いた。


「ちょっ、声が大きい!」


「そりゃ声も大きくなるわよ」


アンネリーゼが身を乗り出した。


「なんか変な黒い服を着ている女性がいるなあって思ったら音信不通の姉さんで、それがバルサン男爵と離婚したあげく今は王都で商売をしているなんて聞いたら!?」


「っ」


「ってこの話、父さん知ってるの」


私は首を振った。


──アンネリーゼは私の五歳下の妹だ。器量がよく、要領もよくて、昔から周りから愛される女の子だった。一方、当時の私は不器用で引っ込み思案。そのせいで割を食ってきたという自覚がある。特に、父がアンネリーゼを王都の有力貴族に嫁がせようと大枚をはたきだしてからが大変だった。


学費の高い王都の貴族学校、毎月の仕送り。家計は火の車で、犠牲になったのは母と私だった。その後母が病で亡くなると、全ての負担が私にのしかかった。領地運営の手伝い、あらゆる事務仕事。侍女を雇うことも苦しくなった家では、裁縫も私の仕事になった。まあ、その経験が今の仕事につながっているのだけれど。


そんな生活は、アンネリーゼが有力貴族ジョン・ド・ヴィラール伯爵のもとへ嫁ぐまで続いた。その後しばらくして、私もバルサン男爵のもとへ嫁いだ。豪華絢爛だったアンネの結婚式と比べて、私の結婚式は質素この上なかった。


「子供たちは元気なの?」


「ええ、下は五歳、上の子はもう八歳よ」


「それは大変じゃない?」


「まあ、うちは侍女が沢山いるから、任せてるだけよ。むしろ毎日退屈。乗馬も夜会も飽きちゃって——」


アンネリーゼが、ふと口をつぐんだ。


「なんて、こんなこと言ったらだめよね。姉さんの犠牲の元に、今の私の生活があるんだもん」


──アンネは悪い子ではない。私が苦労したことを理解もしているし、感謝もしているのだろう。だが、人を思う繊細さは持ち合わせていない。


「私のために父さんを手伝って、行き遅れたんだもん。せめて姉さんの幸せを祈ってたんだけど。離婚して商人になってるなんて」


アンネリーゼの目は、本当に心配そうだった。だからこそ、次の言葉が柔らかく、しかし確かに刺さった。


「ほんと、かわいそう」


──会うたびに、えぐる。




「でも姉さん、流石にお父様に何も言わないのはないんじゃないの?」


「……」


「言い出しにくいのはわかるけど——あっ、そうだ。私が取り持ってあげるわよ」


「お父様には言わないで」


「なんで? 言ったら助けてくれるわよ。実家で姉さんもゆっくりしたら——」


「アンネ!」


声が、自分でも驚くくらいはっきり出た。


アンネリーゼが目を見開いた。


「今帰ったら、また父さんたちにこき使われるわ」


「それは……そうね」


妹の顔から、少しだけ勢いが引いた。ようやく、私の気持ちを察してくれた顔だ。


私は立ち上がった。


「今、私は私の人生をようやく生きているの」


アンネリーゼが黙っている。


「そして、今すっごく楽しくて、充実しているの」


窓の向こうで、広間の光が揺れている。グラスの音、笑い声、エレナとマルコが何かを話しているのが遠くに見える。


私は妹を見下ろし、笑った。


「だから、私全然かわいそうじゃないのよ」


アンネリーゼが、はっとした顔をした。


それからゆっくり、目が潤んできた。


「……ごめんなさい、お姉様」


「いえ、あなたは悪くないのよ。ただ私は、あの頃とは違うの」


──私が妹と距離を置いていたのは、妹への幼稚な嫉妬心の現れだった。今日のこの再会は、そんな私とさよならするための——神様がくれたチャンスなのかもしれない。


「アンネ」


「……なに?」


「貴方に一つ、頼みがあるんだけど」

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