飼育可能は一匹まで『死飼い』
スカイツリーとオリオン座が見えるベランダで冬の寒気を僕は受けていた。
閉じた窓の後ろから声が聞こえてくる。
「ねえねえ、オリオンってサソリから逃げてる人だよね」
高くて幼い女の子の声。
僕は彼女に答える。
「違うよ、あれはサソリじゃない、蝦蛄だ。パンチを繰り出そうとしてるだろう」
きゃーっと女の子の声は笑う。
「シャコ!!」
しゅっしゅ、とシャドーボクシングのようなつもりなんだろう、女の子の声は愉快そうに転がる。よたよたゆっくり、パンチングも腕でしていて。
頭と腕だけ閉められた窓から出して、シャドーボクシングもどきを続ける。
もちろん、足は部屋の中で浮いているのだ。
ーー僕は独り暮らしの賃貸マンションの四階で、童女の幽霊を飼っている。
ペット相談可の物件だった。
当初僕は犬を飼う計画を立てていて、柴犬のブリーダーともやり取りしていた。
保護犬を迎え入れる選択も考えたが、単身者で有ること、犬を飼った経験が無かったこと等から、諦めるしかなかった。
柴犬のパピーに会いにいく約束をとりつけ、犬舎に到着したあと、ドキドキと不安を抱えながらいざ柴犬にご対面、となった時に彼女は現れた。
「いけないんだー、ペットは一匹しか飼えないんだようちは!」
僕と柴犬の犬舎のゲートの目の前に、幼い女の子の像と声がぱっと出てきたのだ。
「え」
「だからぁ、あたしがいるんだから、お兄さんはワンコ飼えないの! 見てってもいいけど、あたしがペットなんだから飼っちゃダメなんだから、おーやさんに言っちゃうからね!!」
女の子の姿はハッキリしている。声も甲高いがキッパリ聞こえる。
「あ、ここの、ブリーダーさんの、えっと森田さんちの子かな? ごめんね、ワンちゃん僕が連れてっちゃうの、悲しいよね」
大人として、目の前の童女に向き合うことにした。そうしたら。
「ちーがーうーのー! あたしを飼うってなってるんだからワンコダメなの!!」
そう駄々をこねながら、女の子は僕の身体を突き抜けて走っていってしまい、今度は背後から声が聞こえてきた。
「4かい、は『しかい』なの! 死んでる子を飼うんだもん、あたしはだからあそこで待ってたもん! お兄さん、ナイケンの時にあたしとごあいさつして笑ってくれたもん!! だからあたしと住むの決まってるの!!」
僕は管理会社に連絡しよう、と思いながら、何故か柴犬に会うことの方を諦めてしまっていた。
いやだ柴犬が良い