第36話 秋涼し
館から出て、里山の上方を見る。
オークとおぼしき影がうろうろと集まったり散ったりとせわしない。
下の方を見れば、裾には田畑が広がり、瓜や茄子といった秋の収穫を待つ野菜が太って成っている。
あれらを育て、命を育み、生活を営んでいた者たちが、ここに暮らしていた。
そして、奪われた。
生み出すことをせず、ただ奪うだけの輩どもに、である。
よもや、自分がここまで義憤に駆られるとは思ってもみなかった。
心を落ち着ける意味も含めて、深く呼吸をし、視線を遠ざける。
遠くに見えるのは、あれは、墓か。
「戦いが終わったら、無辜の民を弔ってやらねばいかんな」
言いながら、私の体から陽炎が立ち上っているのが見えた。
たぎっているようだ。
「ソルラよ、今回ばかりは術で一掃せず、オークどもに慚愧悔恨の念を思い出させていくとしよう」
目を血走らせた弟子が頷く。
「塚も動け我泣声は秋の風」
詠み終えると、私の体に尋常ならざる力がみなぎってくる。
全身の筋という筋がはちきれんばかりである。
この力の高まりは、もちろんソルラの身にも起こっていることだ。
「向こうが鬼ならば、こちらは鬼神よ」
鉄の砲で撃ちだされたかのごとく、私達は駆けだした。
手近な怪物から、その首を折って進もうか。
私は眼前の赤鬼の首に、棍を一閃。
ひしゃげる音が隣の青に届くより速く、そのこめかみを打ち貫く。
続けてその奥に立つ赤、赤、青に渾身の一撃を見舞って進む。
ソルラの姿は見えないが、曇ったうめき声と驚嘆、悲鳴が耳に入る。
好調なようだ。
進み、払う。
進み、折る。
進み、断つ。
慈悲は無い。
十や二十と言わず、目につくオークをちぎり捨てるようになぎ倒す。
屋敷を出て半刻も待たず、私達は中腹の一帯を制圧したらしかった。
「残すは上の、数件の屋敷のみですね」
ソルラは息も乱れていない状態で言う。
乱世の世であっても、この男なら一角の人物になったやもしれん、と私は思う。
「数ばかり多く、まさに烏合の衆と言うにふさわしいが……
では、なぜ徒党を組むに至ったのか、それが分からん。
先の女が言っていた、灰の鬼の姿が無いが、統率しているわけではないのか」
怒りはあったら冷静さを失ったわけではない。
もしかすれば組織だったオークどもの策略、まがりなりにも戦術めいたものを繰り出してくる可能性も考えていたが、それがまるでない。
それを出す暇もないほどこちらが強かった、という結論で済めば何よりだが。
「マッツォ師、進めばその答えも出ましょう」
それもそうだな、と私は言い、里山を登る。
頂上の広場と思しき場所に出る。
他とはつくりの異なる立派な屋敷が構えられている。
そしてその前に、これもまた、下のオークとは異なる出で立ちのオークが二体、それぞれの得物を構えている。
色はどちらも黒であった。
片方は十文字の槍を持ち、赤茶けた胴鎧をまとっている。
下品な笑みを顔に浮かべ、もう一歩の手に持っているのは、服である。
その色、模様からして、女の衣類だろう。
もう一方はいやに刀身の長い両刃の剣を持ち、虎柄の腰巻を身に着けている。
こちらも、その手に剣、逆の手には血染めの服を持っている。
自分たちがこの村を支配しているのだと誇示しているつもりなのだろう。
さらに両者に共通しているのは、その巨躯だった。
いつかの山で相対した、あの大鬼のごとき巨体。
「行けるか、ソルラ」
「もちろんです。あの程度に不覚はとりませぬ」
言うが早いか、ソルラは剣の大鬼に躍りかかった。
大剣と鉄棍とが鈍い音を響かせながら火花を散らす。
次の瞬間、私の額を貫かんとする槍が走った。
槍は空を切り、うなり声が耳に入る。
「不意を突けば当たると思ったかね。
そんな突きでは、百回放とうがかすりもせんよ」
私は一足後ろに跳び、間合いを取る。
「虚言と疑わば、試してみるかね。
次で、二だ」
眉間に大きく皴を寄せて、槍の鬼が飛び込む。
膂力に任せた縦振りが地面を抉る。
「おお、かすりもせんとは言ったが、地面には当てられたようだな。
なんとも、言葉のあやというのは難儀なものよ」
私の言葉が分かってか分からずか、槍の鬼は振り上げ、振り下ろし、連続した突きを放つ。
そのどれもが空を切る。
体はおろか、服にすら、かすらせはせん。
「二十二、二十三……ほれ、どんどん数がかさんできたぞ。
ほっ、ほっ、まだまだこれからよ」
前後の間合いを変え、槍の軸を利用し、穂先を揺らし、様々に攻撃を繰り出してくるが、そのどれもが効果のある打撃になりはしない。
「百発百中の真逆を、なんと言うのか、ソルラ、知っておるか」
翻りながらソルラに声をかける。
「該当する言葉がないように思います!!」
答えながら、棍を一閃する。
剣の黒鬼の横っ面にしたたかにめり込んだ棍がそのまま振り抜かれ、あわれな犠牲者は派手に吹っ飛んだ。
「だそうだ。よかったな、前人未到の偉業をなさんとしておるぞ。
さ、次でニ十五。四半が過ぎてしまったようだな」
オークにも感情があるらしいことがはっきり分かる。
怒りと憔悴、そして恐怖がうかがって見える。
次第に槍の速度も落ち始めてきた。
「気合を見せんか、だらしのないやつだ。
お前らが犯した女の中には、貴様よりもよほど気高いものがおったぞ」
言葉にならないがなり声を出しながら、黒鬼は槍を振る。
女、という言葉に反応したようにも思える。
それならばと挑発を繰り返し、私は本当に百発撃たせ切ろうと避け続けた。
「ほれ、次で百だ。渾身の力で見舞ってみよ」
グアアァァァアァッ、と下卑た声とともに繰り出された突きは、なるほどこれまでの九十九のどれよりも鋭かったかもしれなかった。
だが、他愛もない。
私は造作もなく避ける。
よろける黒鬼の腕を、私は棍を持っていない方の手でいなし、足を払う。
たまらず顔面から転ぶ黒鬼だが、すぐさま地面に背をつけてこちらを見る。
だが、私は刹那で黒鬼の顔を跨ぐように立ち、そのまま棍を顔に突きつける。
「弄ばれる側の心持が分かったか、この外道が!!」
万力を込めて、槍鬼の顔面を打ち貫く。
ごしゃり、という肉と骨とがねじ切れる音が、棍に伝わる。
「お見事でございました」
「すまんな、そっちが終わっていたのは分かっていたのだが。
こちらも百打てと言った手前、やりきらねば男がすたると思ってな」
にやりと笑って見せると、ソルラも笑って返す。
私は気を高め、術の準備に入る。
「秋涼し手毎にむけや瓜茄子」
薄緑のきらめきが私達を包み、疲労を癒す。
「師の術のおかげで、疲労もほとんどありませんし、怪我もありませんでした。
ありがとうございました。」
「何、今のお前ならば術で簡単に屠れたであろう。
格闘に興じたのは、我らの溜飲を下げるために他ならぬよ」
私はまた笑う。
「しかし、ひとつだけ失敗がありましたね」
ソルラが神妙な面持ちになる。
「何事だ」
「それですよ」
ソルラが指したのは、私の下衣だった。
なるほど、最後の一撃で青黒い返り血に染まってしまっている。
「これではどうにも、具合が悪いな。どれ……」
そう言って私は、さらに歌を詠む。
「あかあかと日は難面もあきの風」
私の服、ソルラの服、そして鬼共が誇らしげに持っていた衣類達も、呉服屋に飾ってあるような彩りを取り戻した。
「これで一件落着、といったところですか」
遠くで響いた聞き慣れぬ声に、私とソルラはそちらに視線を送る。
立っていたのは、囲炉裏の炭を塗りたくったような肌をしたオークであった。
作者の成井です。
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