第32話 道連れ
海や山、河川など景色のいいところをこれまで見てきて、いよいよ旅で訪れようと決めていた一つ、シタサナの街に近づいてきた。
つい、心を急き立てられる。
シタサナは、サクアタの港から東北の方角にある。
山を越え、磯を伝い、砂浜を二時間ばかり歩く。
太陽が少し傾く頃だ。
汐風が浜辺の砂を吹き上げており、雨も降っているので景色がぼんやり雲って、山の姿も隠れてしまった。
「随分と暗くなってしまいましたね」
ソルラが自嘲気味に笑う。
「こう雨に降られてしまっては、月明かりも手助けにならんな。
暗闇の中をあてずっぽうに進んでみるより他にあるまい」
私は笑いながら言葉を次ぐ。
「雨もまた趣深いものだ、と大陸の詩人が謳っていたな。
そのように考える理由は様々だろうが、雨が上がったらさぞ晴れ渡ってキレイだろうと期待をかけるということもあるのだろうな。」
そんな話をしている内に、漁師の小屋を見つけた。
鍵もかかっておらず、造りはも丈夫だったため、私達は宿に借りることにした。
次の朝、空が晴れ渡り、朝日がはなやかに輝いていた。
「待てば海路の日和あり、とでも言うべきかの」
私が言うと、ソルラは大きく頷いた。
「さて、シタサナに向けて進むとするか」
言って歩くが、私はほどなく興味深いものに目を引かれた。
海に浮かぶ小島に、桜の老木が立っている。
そしてその水辺には、陵墓らしき人工物があった。
「あれはなんだろうか」
私が問うと、ソルラは首をかしげた。
「土地の者であれば、あれが何なのか知っているかも知れませんが」
そう言って辺りを見渡すと、ちょうど親子連れの漁師があった。
「もし、そこの御仁。あそこのあれが何か、ご存じですか」
ソルラの問いに答えたのは、意外なことに子どもの方であった。
「あれは、なんとかって后の墓だぜ」
年の頃は十四、五といったところだろうが、見るからに利発そうである。
「ありがとう、少年。あれを見に行くことは可能かな」
私が言うと、少年は首を横に振って笑った。
「やめといたほうがいい」
「なぜだい」
ソルラが問うと、少年の父親が何か手で合図をする。
おそらく、あまり関わるなという意味合いだろう。
こういう場所では、旅人に警戒するのは自然なことだから、まあ仕方がない。
「オークが出る」
少年は、父の前に出て言った。
「お歴々、シタサナに行くところなんだろう。
危うきに近寄らず、だぜ。
とっとと目的に向かう方がいい。
あそこの墓も、南の山も、西の関も、東の堤防も、最近はオークがよく出る」
私とソルラは顔を見合わせた。
なんとも弁の立つ少年ではないか。
「なに、心配には及ばぬよ。
なにせ、我々は……」
「知ってる。旅をしながらオークを退治して回ってる術者ってのは、あんたたちだろ」
なんとも舌を巻く思いである。
しかし、それを知ってなお、我々に警告するとは、不思議な気もする。
「それでも、最近はおかしいぜ。
里が襲われた話や、街道で遭遇した話が明らかに増えてる。
それなりに術が使えたって、絶対ってことはないだろ」
少年は父親と荷物をまとめながら言葉を続ける。
よく見れば、帰り支度をしているようだ。
まだ朝なのに、なぜなのか。
「俺たちも、昨夜は近くの小屋に泊まったけど、気配があったように思う。
旅は道連れだし、一緒に行くってのでもいいぜ」
英雄や勇者の類というのは、少年時代から希有な人格だったという話は多い。
この少年を見ていると、そういう人物の種なのではと思えてくる。
「興味深い少年だ。陵墓はあきらめ、連れ立ってみるとしようか」
私の言葉に、ソルラは苦笑しながら同意した。
共に歩きながら、少年は話を続ける。
「シタサナはもちろん、この辺りはオークがほとんど出なかったんだ。
でも、最近はおかしい。
明らかに目撃情報が増えてる。
それに、ほとんどの人は気付いちゃいないが」
「そのへんにしとけ。また、おかしな目で見られるぞ」
少年の早口を、父親が制する。
「いやいや、旅人はおかしな話を好むもの。
人から奇異な目で見られるような話ならば、なおさら聞かせて欲しいところだ」
私の言葉に、少年はにやりとする。
父親もやれやれといった表情で諦めたようだ。
「続けるぜ。
ほとんどの人は気付いちゃいないが、オーク共はおそらく、流れ者だ」
ソルラの表情が変わる。
「なぜ、そうだと思ったんだい」
「持っているものさ。
このあたりじゃ見ない形の農具や鉈なんかを持ってる奴がいたんだ。
しかも、結構な数だ。
奴らは基本的に、物をつくるってことはしない。
ってことは、どこかで生まれてどこかで拾い、こっちに来たってことだろ」
ソルラは私を見る。
「驚いたな。
君の利口さにも驚いたが、実は旅の中で我々も同じ見立てをしていたのだ。
オーク共が旅をしている形跡がある、ということを」
少年が頷く。
「まぁ、アンタ方のような人間がいるんだから、旅をするオークがいても、なぁ」
オークはもとは人間だ、ということを考えれば、たしかにおかしくはない。
気がかりなのは、ここ最近でそれが増えているのではないか、ということだ。
「なぁ、世は情けっていう言葉があるだろ」
少年が言葉を紡ぐ。
「だから何か、せっかくだから自分の足しになるようなものはないか、と言うのかね」
私の言葉に、少年は驚き、そして笑った。
「察して頂けるなら、期待もしていいのかな」
この言い回しを、生意気と思えば腹が立つだろう。
口には出さないが、ソルラは心中あまり穏やかでないかもしれない。
だが、私はなんとなくこの少年が気に入った。
巧言令色とは言うが、私も言葉を繰ることで力を得ている。
その大胆さもあって、何か親近感を覚えているのかも知れなかった。
歩きながら、私は少年に俳句や術の手ほどきをした。
シタサナの街が見えてくる頃には、少年は基本を抑え始めていた。
「それじゃ、試しに一句……
俺たち漁師は、戸板を敷き並べて縁台にして、夕涼みを楽しむんだ。
それを整えて、癒しの術にしてみるよ」
術の気を高めるのを怠るな、と言うと、少年は大きく頷き、手を合わせた。
「蜑の家や」
詠み始めると、少年の両の手がぼんやりとゆがんでいく。
「戸板を敷て夕涼」
穏やかな緑色のきらめきが、我々四人の体を包む。
「お前、こりゃたいしたもんだぞ」
父親が自分の腰や足を触り、驚きの声をあげる。
「うまくいったかい」
「初めてとは思えませんね」
ソルラが感嘆の声をあげる。
「天賦の才、というやつだな。
今後も修練を積めば、誰にでも術をかけられるようにもなるだろう」
少年が首をかしげる。
「誰にでも、ってどういうことだい」
「お主の術は、父親にしか効果を発揮しておらんよ。
親近の情、親への愛が、直接術として現れてしまったのだな」
私の言葉を聞いて、父親は天を仰いだ。
涙をこらえているのだろう、こういう年ごろの少年がいれば大変なのも分かる。
少年はばつが悪そうな顔をしながらも、やはりどこか誇らしげだ。
「どれ、ソルラよ。
ここはひとつ、術の先達として手本を見せてやらねばな」
言われたソルラは、きょろきょろと辺りを見る。
視線が定まった先では、岩の上でみさごが巣を作っていた。
「波こえぬ契りありてやみさごの巣」
詠み終えると、私の身体疲労は露と消え、少年の顔に活気が戻る。
「なるほどな、こいつはすげえや」
それから少年親子と我々はまた歩き、街について別れた。
「才能というのは、あるものですね」
ソルラが呟く。
「お前と同じだな」
私は笑って答えた。
作者の成井です。
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では、また。




