第30話 三山
街の近くに、有名な修行の地があるということを聞き、参ることにした。
幸い街に知己がおり、彼の紹介で山を統括する責任者に手引きをしてもらうことが出来た。
責任者の男は、修行地である山の麓にある別院を用意してくれ、色々と心を尽くしてもてなしてくれた。
ただもてなしを受けてばかりでは、と思い、私は気を高めて術の用意をする。
「有難や」
飯の支度やら風呂の支度やらをしてくれた婦人や、院の主の周りを薄緑の光が囲み始める。
「雪をかほらす南谷」
薄緑の光は彼らの体に吸い込まれるようにして消え、彼らは不思議そうに体のあちこちを触っている。
「あれ、なんだか腰の調子がよくなったような」
「私は肩の疲れが無くなった気がします」
私は術がうまくいったことに満足して、大きく頷いた。
翌朝、「羽の黒」と呼ばれる地へ向かう。
聞いた話によれば、その寺院を開いた大師は、いつの時代の人物なのかが記録に残っていないのだという。
謎の多い人物だけに、人の興味を惹き、その地を訪れる者も多いのだとか。
ヒルライズミのときのように、特異な現象が起きなければいいが、と少し心配になる、と同時に思い至った。
ヨシトウルネ公が最後に願った、鬼を滅して欲しいという願い。
あれからここまでの道中でも、オークと遭遇し、術で滅ぼしてきたが、それでは夏の蚊と同じことだ。その場しのぎは出来ても、日が変わればまた蚊は飛んでくる。
そうであれば、これから向かう所のようにオークの発生の可能性が高い所には積極的に訪ね、術で封印を施していけばよいのだ。
山を登りながらソルラに話すと、
「狐の石のときから、そのおつもりだったかと思っていました」
といって笑った。
山を登っていくと、修行僧たちを見かけた。
彼らは互いに励まし合って、練武に励んでいる。
国や街の兵たちはオーク退治に精を出してはいるが、すべての村や里に配置されているわけではない。
彼らのような僧侶たちが武を高めるのは、多くの人々にとって代えがたい守りを保証することになる。
私は彼らの武運長久を静かに願いつつ、寺院を目指した。
途中までも、そして寺院に至っても、異形の影はなかった。
考えてみれば、多少のオークの集団が出たところで、あの僧侶たちが次々と打って出るのだろう。
もしかすれば不要かもしれんなあ、と笑いながら、私は封印を願って句を詠む。
「涼しさやほの三か月の羽黒山」
二日目は月の山と呼ばれる地へ赴いた。
木綿しめを体に引っかけ、宝冠に頭をつつんでいくのが作法ということで、麓の別院でそれらを借り受けて山を登っていく。
雲や霧がたちこめ、山気の中に氷や雪を踏みながらの道のりとなった。
太陽や月の軌道の途中にある、とてつもなく高い位置にある雲の関に入っていくのではないかという思いだった。
息は絶え、体は凍えて、ようやく頂上にたどり着くと、太陽が沈んで月があらわれる。
「途中で凍えるかと思いましたが、なんとも素晴らしい光景ですね」
ソルラは手をさすりながら言葉を紡ぐ。
「意外とオークどもは景色のきれいな所に生まれるというだけかもな」
私は笑いながら、腹に気をためる。
「雲の峰幾つ崩て月の山」
術の威力が一帯を包んだことを感じ、私は安心して寝床をつくることにした。
とは言っても、このように冷えた頂上では満足に眠ることは難しいだろう。
せめて体を横にして、暖を取りながら体力を回復させようということで、辺りにある笹や篠の上を集めて寝転んで、横たわって夜が明けるのを待つことにした。
こういうときのソルラの手際は見事なもので、いくつかの句を詠んで火を起こし、腹がくちくなる簡単な飯をつくり、山とは思えぬ簡易な休憩所をつくってしまった。
太陽が昇り雲が消えたので、湯殿山に向けて山を下っていく。
谷のかたわらに、鍛冶小屋と呼ばれる場所があった。
このあたりでは、刀鍛冶は霊験あらたかな水を選んで、身を清めて剣を打ち、仕上げに「月山」という銘を刻んで世の中からもてはやされてきたのだという。
大陸にある国でも「竜泉」という泉で鍛えた剣がもてはやされたというが、同じようなことなのだろう。
谷を抜け、さらに歩くと、看板に湯殿と書かれている。
「マッツォ師、ここからは」
「うむ、そうだな。何も拾わずに進んでいくべきだな」
私とソルラは、別院で注意を受けたことを相互に確かめた。
いわれは不明だが、湯殿の山では地上に落ちたものを拾ってはならないというならわしなのだという。
しかし、拾うなと言われれば何が落ちているのかが気になってくるのが人のさがというものだ。
私はついつい、いつも以上に地面を見ながら歩いてしまう。
すると、旅の者や巡礼者のものだろう、賽銭とおぼしき小銭があちこちに落ちているのである。
他の山でも同じようだったのかもしれないが、意識してみるとことさら多いようにも思えてくる。
「駄目ですよ、マッツォ師」
「分かっておるわ。大体、金に頓着するような男がこんな旅に出たりはせん」
ソルラのたしなめを聞き流して、私たちは山を進む。
かなり歩くと、ようやく終着と呼べそうな開けた場所に出ることが出来た。
岩に腰掛けてしばらく休んでいると、三尺ほどの桜のつぼみが、半分ほど開いているのに気づく。
降り積もる雪の下に埋もれながら、春の訪れを忘れず遅まきながら花を咲かす。
花の性質は実にいじらしいものだと感心した。
「湯殿山銭ふむ道の泪かな」
道中を思い出しながら、私は最後の術を紡ぐ。
都に居ては得難い経験を、ここでもすることが出来た。
オーク、季節の乱れ、史跡の封印と、肩の荷が増えるような旅になってしまったが、こうして新たな経験を積むことが出来るのはやはり旅に出たからこそだろう。
別院に戻ると、この山中で起こった細かいことは修行する者の掟として口外することを禁じられている、と聞かされ、了承した。
いつかソルラが言っていた、旅の記録をまとめるようなことになっても、事細かくは書かないでおこうと思った次第である。
作者の成井です。
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