第28話 蝉の声
石に立つ院を見ずして、先に進むのはもったいない。
そろそろ旅立とうかと思っているとセイフォに話すと、彼はそう言った。
なんでも、近くに岩山の上に立つ寺院があり、その静寂さや景色の芸術性は他のどの地にも見られないもので、名句を詠むきっかけになるだろうということである。
しかも、セイフォ以外の者に尋ねても、ああ、あそこは一見の価値がありますよと口を揃えて言うものだから、私もソルラも興味を惹かれた。
来た道を少し戻ることになるが、見に行ってみようかという運びになった。
距離がそれなりにあり、朝方に出立したが、ふもとに辿りついたのは昼下がりであった。
幸いなことに、ふもとには雰囲気の良い宿坊があり、泊まる手筈を整えて、岩山を登り始めることが出来た。
多くの岩が重なり合って山となったような形で、松や柏など常緑の古木がしげり、土や岩は滑らかに苔むしている。
肩で息をしながら、背中に汗を伝わせながら進んでいく。
多くの旅人が訪れるような地ならば、やはりオークとの遭遇もあり得るかもしれぬと警戒していたが、次第にそういう気持ちはなくなっていった。
物音がまったく聞こえない。
いや、木々のざわめきや、風の音、鳥の声などがまったくないわけではない。
ただ、それらを意識しなければ聞こえてこないような空気の在り様である。
そんな中を、崖から崖へ、岩から岩へ渡り歩き、点在する寺社に参拝していく。
その度に心が澄み渡っていくようである。
最奥と思われる堂の前に来ると、ちょうど腰を下ろしやすい大岩があり、私とソルラとはそこに落ち着いた。
腰から水筒を出し、口に含む。
茶が喉を通りすぎる音がこだまするのではないかと思うほど、この地は静寂に愛されていた。
私は何も言わず、ソルラも何も言わなかった。
思うに、イェドの都をはじめ、なにゆえに人は喧騒の中に生きるのか。
言葉があるからこそ、社会を営むことが出来る。
それが人の強さである。
しかし、人がしゃべり、動き、生を成す中には、必ず喧騒が生まれる。
ここにある静寂は、人の世の対極だ。
だが、ここにそんな積極臭い「意味」はない。
ただ、ここは静かに、木々、鳥、虫とともに在る、それだけだ。
私は手帳を取り出し、筆に墨を含ませた。
静けさや 岩にしみ入る 蝉の声
なるほど、この地を勧める人々の気持ちがよく分かる。
私が書き終わると、ソルラもまた手帳をしまったところだった。
目が合い、互いに頷き、立ち上がって帰途に就いた。
作者の成井です。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
思い入れがあるせいで、ほぼ『そのまま』になってしまいました。
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