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第25話 兵どもが夢の跡

 眼下に清流を一望できる高台に腰を下ろしている。


 隣には、イェドから共に歩んできた弟子が居る。


 その向かいに立つのは、歴史に名を残す怪力の僧。


 傍らに座り、私と正面向いて対座するのは、兄の命により最期を迎えた武将。


「お主は面白い男だな、マッツォ」


 武将ヨシトウルネが口を開いた。


 先日と異なり、武者の格好ではなく、貴族の類のものである。


「人の身ならぬ我らに、茶を馳走したいとは」


 笑いながら、妖艶の武者は器を手に取り、口に運んだ。


「うまい」


 言いながら、怪僧にも勧める。


 怪僧はもうひとつの椀を受け取り、すすって、にやりと笑ってみせる。


「この身になっても、ものの味が分かるとは」


 そう言って、怪僧はソルラに椀を丁寧に返した。


 茶の作法などと呼ばれるものを、私はよく理解していない。


 しかし、少なくとも彼らが生きた時代には、そういったものはなかったはずである。そうであれば、問題はなかろう。


 重要なのは、作法でなく、内容である。


 内容とはつまり、こうして会話をする席を設けられたということだ。


「それにしても、意外であったぞ」


 ヨシトウルネが言う。


「フルジラッハ一族が解き明かした、オーク誕生のからくりを、数百年の後に周知されておらなんだとは。歴史の波に揉まれて消えたか」


 私は小さく頷いた。


「恨みつらみで鬼となる、などとは、信じがたかったのかもしれませんな」


 今度はヨシトウルネが頷く。


「ましてや、我らのように、願いで顕現するオークの存在など、神仏の御業に思えような。だが、その本質は、やはりオークだ。争いを望んでいる」


 笑うヨシトウルネを見ると、とてもそうは見えない。


 だが、奥底の情動は、そうなのだろう。


 衝動を制し笑みを浮かべる、その姿のなんと高潔なことか。


「本質は、と言われましたな。では、貴公の心は、そうではない、と」


 ヨシトウルネは、黙った。


 温度の無い沈黙が席を包む。


「我が兄は自らの権力欲の為に、血を分けた弟を切り捨てた。

 共に天下泰平を目指した兄弟に、背中から斬りつけられた。

 これで無念を残さずにいられようか」


 これに反応したのは、ソルラである。


「貴公の無念、ごもっともだと思います。しかし、時はすでに数百年。

 恨みをぶつける相手は土の下。手を取り合って過ごすことは能わぬのですか」


 ヨシトウルネは目を閉じる。


「聞け、マッツォ=バッショールの子弟よ。」


 ソルラは口を閉ざす。


「時代は変われども、相手は消えども、本懐果たさずして命を落とすは男児の恥よ。

 この恥辱雪ぐべく、今一度人の世に戦を挑み、我が天命を追いかけること、誰にも止められはせぬ。この身にあるのは、もはや憎悪のみよ」


「偽りなさるな」


 私は言い放った。


「なんだと」


 顔色が変わった忠臣が、長杖を構えて私の鼻先に向ける。


 しかし、主君がそれを制した。


「私の言葉が、偽りだと」


「貴公が欲したのは権力ではない。国が平和であることだ。違うか」


 口をつぐむヨシトウルネに、私は続けた。


「センドアインで、貴公、安心していたな。この国が平和になったと聞いて。

 あのような顔をする物が、果たして戦を望むか、いや、望むまい。

 自らが犠牲になったとしても、後の世に天下泰平がもたらされている。

 そのことを、心から喜び、受け入れることが出来るとは、まさに英雄よ」


 いつの間にか、ブーエンケインは杖を下げ、最初と同じように地面に立てている。


「そなたの願いは、当時から戦ではなく平和。

 そしてそれをよく理解していたフルジラッハの君主達の願いもまた」


「平和だった」


 ヨシトウルネが笑って言う。


「さらに言えば、私だ。

 私が、平和な時代に生きることが、彼らが望んでくれたことだった」


 その目に涙が浮かんでいる。


「五百年の時を経て、平和な時代を私に見せようとしたのだな、彼らは。

 なんと尊い方々よ。彼らと共に歴史を歩んだことこそが我が誉れよ」


「国破れて山河在り、城春にして草青みたり、そして人の想いもまた、時を経て費えることなく続いていた」


 ソルラが呟く。


「さて、マッツォよ。お主に頼みたいことがある。」


「我が君、三つは頼み事をしても受け入れられましょうぞ」


 ブーエンケインが割って入る。


 僧はこちらに見て、にやりと笑ってみせた。


「では、三つだ。よいか」


「承りましょう」


 私は頷き、ヨシトウルネも頷いた。


「これからの旅においてオークと会わば、滅してやってほしい。

 意識の有無に関わらず、人に仇なす身でいることは悲劇だ」


 私は次の言葉を待つ。


「二つ目と三つ目は、術だ。この地からそう遠くない位置に、金色堂と呼ばれる堂がある。そこにはフルジラッハの一族が眠っている。その眠りが覚めぬよう、祈ってほしい」


「三つ目は、貴公らのことですな」


 ヨシトウルネが頷く。


「この身になれど、魂はもののふよ。

 一度そなたらと切り結び、武を見せ、その後、術で我らを逝かせてくれ」


「二度と迷って出ぬように」


 忠臣が言葉を付け足し、主君が笑う。


「過去の亡霊が、現世の平和を脅かすなどあってはならぬ。その泰平が乱されようものなら化けて出てやりたいが、それを正すのもまた、人の身で成すべきことだ」


 私は了承し、ソルラも同意した。


 二人が望んだ比武は、あっという間に終わってしまった。


 次元が違った。


 私もソルラもこの時代においてはかなりの手練れのはずだが、まるで稽古をつけてもらう武術の師弟のような差だった。


 オークゆえの肉体の強さも脅威だったが、技量に天地の差があった。


 術を使えば圧勝する自信はあるが、それ無しでは勝ち目がないだろう。


 途中で何度も遠慮をするな、気を遣うなとたしなめられたが、紛れもなく本気だった。


「感謝するぞ、二人とも」


 竹光を布で拭いながら、ヨシトウルネが言った。


「では、頼む」


 ヨシトウルネが私に向き直る。


 ブーエンケインが横に立つ。


 その姿は、まさに威風堂々としたもので、一枚の絵画である。


 目頭が熱くなる。


 だが、彼らは過去である。


 望んでも、この時代に在るべきではないのだ


「夏草や」


 金色の光の粒が彼らを包む。


「兵どもが」


 光の粒が数を増す。


「夢の跡」


 光の奔流が激しくなり、かたじけない、という言葉があたりに響いたかと思うと、二人の姿は消えていた。


 私は何も言わなかった。


 ソルラも黙っていた。


 ふたりで黙々と荷をしまい、歩き始めた。


 あの武将の頼みを果たそうと、堂を目指す。


 ほどなく、私たちは朽ちた木の囲みの中に、金箔を纏った堂を見つけた。


 私は手を合わせ、言葉を紡ぐ。


「五月雨の降りのこしてや光堂」


 先と同じように、光の粒があたりを包み、得も言われぬ香りが立ち込めた。


 私とソルラはしばらくの間そこに立ち尽くした。

作者の成井です。


書き始めた頃に「書きたい」と思っていた部分が、今回で終わってしまいました。

寂しいです。

だけど不思議なもので、このタイミングで評価して下さる方が増え、

Twitterで感想を書いてくださった方もいました。

にやにやしながら元気になりました。


あらためて、今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。

「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

下の☆☆☆☆☆欄で評価していただけると幸いです。


では、また。

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