第24話 石の巻
いよいよ、平泉を目指して進んでいく。
人通りもとぼしい獣道を、不案内な中、進んでいく。
私たちはヨシトウルネの存在を知り、彼が起こそうとしている戦を止めに行こうとしている。
そういう状況なわけだから、途中でオークの襲撃や妨害に遭うことを覚悟していた。
だが、気味が悪くなるほどに道中は穏やかで、オーク達よりもむしろ途中で出くわした野性の猪の方が肝を冷やさせたほどだった。
センドアインを離れて数日、私たちは港町に着いた。
ヒルライズミは内陸に在るから、途中で道を迷ったらしかった。
「何事もなかったのは幸運でしたが、道を間違えたようですね」
ソルラは笑いはしているが、緊張感は解けていないようである。
「少し、町の者達に話を聞いてみるとするか」
町はそれなりの規模で、住民は多かった。
宿も多かった。
しかし、古都ヒルライズミに近いことで有名だというこの町は、それなりに旅人や商人が留まっており、空いている宿を見つけることは中々骨だった。
ようやく見つけた宿は小屋のような簡素なもので、出てくる飯も質素だった。
「これでは、ちと、大事の前の英気を養えなんだ」
私の愚痴に、ソルラは苦笑しながら頷く。
「懸念していたオークの襲撃はなく、町も穏やかだ。少し、出るとするか」
日は傾き、星が見え始めているが、私はソルラを外に誘うことにした。
ソルラも応じ、宿からほど近い飯屋を探す。
宿場町としての性格も持っているようで、その類は少なくない。
「どの店も、賑わっているようだ。どれ、そこに入ってみるか」
私たちは手ごろそうな装いの店ののれんをくぐる。
中には四、五人の先客がいたが、空席にありつくことができた。
調理場に面する席に着き、適当に注文をする。
「お客さん方も、古都めぐりかい」
店の大将が包丁の音を響かせながら尋ねる。その顔の深い皴に経験が刻まれている。
「明日、ヒルライズミへ行こうと思っておりますわ」
私は杯を受け取りながら言う。
「止めはしませんが、重々気を付けてくださいよ」
大将が笑って言う。
「何か、危険があるのですか」
ソルラが言う。
「そりゃあもう、危険も危険ですよ」
小鉢を次々と手渡しながら、大将は言葉を続ける。
「ここらは石の巻っていうんですがね、いくつも川が合流して石にぶつかり水が巻くってんで石の巻って名なんですよ。それで、この辺りには橋が多いんですけどね、どうもこの頃、妙なのがいるらしくてねぇ」
「妙なの、とは」
「どっかで聞いた話ですよ。
その橋の上で、勝負を挑む大男がいるって話。聞いたこと、あるでしょう」
ソルラが応える。
「ヨシトウルネの忠臣、ブーエンケイン」
大将は頷いて、また笑う。
「確かにヒルライズミに所縁のある偉人ですがね、何もそこまで真似事しなくてもねぇ」
他の客に呼ばれ、大将は駆けつける。
「真似事、でしょうか」
ソルラが呟き、私は首を横に振る。
「本物だろう。いや、本物といっていいかどうか微妙な部分もあるが。
ヨシトウルネ公が人々の無念を受けて復活したのだから、まぁ、在りうる話だ」
私は杯を空ける。
「どうしたもんかの」
「彼らが本物であるならば、戦の時代の武人そのもの。
私達が切り結んで敵う相手ではないのでは」
ソルラの言うことは、もっともである。
しかし、やはり引っかかる。
理由が分からないのだ。
ヨシトウルネが本当に戦の支度をしているなら、何故腹心が傍にいない。
攻められぬように防衛の任に着いているとするなら、何故目立つ。
「本当に、ヨシトウルネ公は戦を望んでいるのだろうか」
私が呟くと、ソルラは首を傾げた。
「天下を目指す武人、人と相容れぬオーク。
戦わぬ理由がないのではありませんか」
「では、ブーエンケインは何をしているのだろう」
「刀狩り、でしょうか」
「数百年前はそうだったな。
ま、ここで論じていても分からん。
明日、問いただしてみるか」
ソルラは翌日のことを想像しているようだが、私はとりあえず箸を進めた。
大将から、大男が目撃されている橋の位置を聞き、他にもいくつかの情報を得る。
勘定を済ませ、宿に戻り、翌朝にその橋へ向かう。
一目で分かる出で立ちだった。
以前遭遇した大鬼ほどではないが、それでも十分な大きさ。
そして書物で見たことのある白頭巾、首から提げた玉飾り、修験者のような衣装で包まれている巨躯。
書物の挿し絵と違うのは、肌と瞳の色だ。
ヨシトウルネと同じ、雪の肌と月の瞳。
「ブーエンケイン、その人とお見受けするが、いかに」
大男は、豪快に笑った。
「いかにも」
「私は」
「旅人、マッツォ=バッショールだな」
大男は笑って言う。
「若様から聞いているぞ。お主は丁重に扱え、と命じられておる」
これで二度目になるが、会話が成り立っていることに違和感は多少ある。
オークと話せていることによる違和感なのか、歴史上の人物と話せていることによる違和感なのか、その判別は難しいところではあるが。
違和感に蓋をして、私は言葉を紡ぐ。
「では、お言葉に甘えて、いくつか問いたいことがある」
ブーエンケインは仁王立ちのまま、手で私を促した。
「そなた、脛が弱いというのは真か」
ソルラが隣で噴き出す。
「マッツォ師、今、それですか」
「なんだ、気にならんのか。ブーエンケインの泣き所と言われているが、もしかすれば後世の作り話かもしれんではないか」
「しかし……」
「偽りである!」
大声。
「痛みはあるが、泣きはせぬ」
怪僧らしからぬ答えに、私は思わずにやりと笑ってしまう。
やはり、彼らは、我々と同じように知があり、心があることが分かった。
「もうふたつ、問いたい」
「問え」
「未練があったか」
私の言葉に、ブーエンケインの表情が変わる。
浮かんだのは哀しみである。
「言葉で答うること、頼りなし」
大声ではあるが、空気を震わせない。
「あいわかった。では、最後にひとつ。」
大男は頷いてみせる。
「公のもとへ、案内願いたい」
私の言葉に、僧は小さく笑った。
「成程、若のおっしゃる通り。変わった男だ」
「よく言われるのう」
私がにやりとすると、僧もにやりと笑う。
「参ろう」
ブーエンケインは踵を返し、歩き始めた。
「よし、着いてゆこう」
「マ、マッツォ師、これは一体……」
ソルラが慌てて横に並ぶ。
「無念と未練がオークを生む。
それらが無く、他者の願いのみで生み出された者は、オークとは違う存在なのだな」
「では、彼らは、何者なのです」
大男に送れないよう足早に歩きながら、私は弟子に答える。
「それは難しい問いだな。
お前は何者かと聞かれて答えることが、私にもお前にも難しいのと同じだ」
「それはそうですが……」
「ヨシトウルネ公の狙い、いや、願いは、きっと、戦ではない」
前を歩く、歴史に名を刻んだ男の背中の、なんと物悲しいことか。
川沿いを行き、沼に沿い、平野を抜けて、辿りつく。
イェドの都を出て目指してきた約束の地、古都ヒルライズミである。
作者の成井です。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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では、また。




