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第15話 主君と臣下

 月の輪の渡し、と呼ばれる有名な所を舟で越えて、瀬の上という名の宿場町に出た。


 町中であれこれと話を聞いていると、興味を引くものに巡り会った。


「町の西方に小高い丸山が見えますか。

 あそこには古い寺院があって、あのヨシトウルネの剣が保管されていますよ」


 これに反応したのは、私よりもソルラの方だった。


「ヨシトウルネとは、あの、最後は実兄に討たれた悲劇の将、ヨシトウルネですか」


 ソルラの反応に、話した男は満足そうに笑い、続けた。


「そう、若くして武芸を極め、都に現れた百本の刀を集めていた猛者ブーエンケインの狼藉を諫め、臣下にし、その他大勢の強者を配下にしたヨシトウルネその人です。

 そういえば、ブーエンケインにまつわるものも所蔵しているはずですよ」


 英雄譚を集めるのが趣味だというその男に感謝を告げて別れると、ソルラが言う。


「四百年も昔の英雄の息吹を、予期せず感じることになろうとは。

 もしや、師はこの地がそうであるとご存じだったのですか」


 らんらんと目を輝かせる弟子に、私は笑って首を振る。


「いや、まるで知らなんだ。

 ブーエンケインが立ち往生したという謂われの岩がヒルライズミにあるとは聞くが、

 まさかヨシトウルネとはな」


「これは僥倖です。

 まだ日も高いですし、その寺院へ参りましょう」


 話し方に熱を帯びた弟子にやや圧倒されつつ、私は言う。


「それは構わんが、お主がそれほど熱くなるとは、何か縁でもあるのか」


 私が訊くと、ソルラは頭を掻き、言った。


「縁などと大層なものではないのですが、私の父母が、幼少の頃より彼の者の武勇伝をよく話してくれました。

 特に、臣下のブーエンケインが、主君ヨシトウルネを守るために、どこぞの関であえて打擲して見せたという逸話や、臣下として最期の務めとして、射かけられた矢を全身に浴び、立ったまま絶命したという逸話は、私の人生の背の骨となっています」


 ソルラがこの若さで忠信にあふれている理由が垣間見えたようだ。


 そういった忠信や仁義といったものへの憧れがあるのだろう。


「これも巡り合わせだな。よし、その寺院とやらに行くとするか」


 町で宿の手配を済ませ、必要な品をまとめる。


 とは言っても、宿の主人に訊けば、寺院までの道は整備されており、人の往来もそれなりにあるから、歩いて行くのに不自由はないとのことだった。


 私たちは町の目抜き通りを抜け、町を外れ、寺院へ向かう。


 途中途中に、古めいた建物の跡やら、石碑やらがあちこちに点在していた。


 過去、この辺りに大きな戦があったような、そんな気配だった。


 史跡の道を抜け、角の丸まった石段を登る。


 ほどなく寺院にたどりついた私たちは、隣接する家屋の呼び鈴を鳴らした。


 出てきたのは、厳粛な空気をまとった僧である。


 僧に来訪の理由を伝えると、快く寺院の中へ案内してくれた。


「あちらが、ヨシトウルネ公の太刀と言い伝えられております」


 厳重に立ち入れないよう封じられた間の、奥に見える。


 見て、背筋を冷たい汗が伝うのが分かった。


 太刀は鞘に収まっているのに、今この瞬間、すらりと抜け落ち、白刃を光らせるような、なにかそんな気を放っているような感じがするのである。


 ソルラも私と同様か、それ以上に何かを覚えたらしく、隣でつばを飲む音が聞こえた。


「見に来られた方は、みな、そのように絶句なされます」


 抑えた声で僧が言う。


「ヨシトウルネ公はいくつもの伝説を持った方です。

 そのすべてが事実というわけではないとは思いますが……」


 あらためて刀に目をやり、僧は続ける。


「しかし、あの太刀の放つ異様な気は、公がただならぬ人物であったことの証左に思えてなりませぬ。さ、次の物をお見せ致しましょう」


 後ろ髪を引かれながら、私は僧に続く。何拍か遅れて、ソルラも続いた。


「こちらがブーエンケインのおいです。」


 先程の太刀と異なり、開けた廊下の中央に、紫色の縄で立入を塞いだ台座があり、その上に、背負うための紐がついた木製の箱が置かれていた。


 ソルラが言う。


「おお、確かに挿絵で見るブーエンケインは、このようなものを背負っている。

 どのようなものを入れていたのか、教えて頂けますか」


 僧はにこりと笑って言った。


「分からないのです」


 予想と違った答えに、ソルラはさらに問う。


「分からない、とは」


「この笈は、ブーエンケインの死後、戦利品として当時の都に持ち帰ろうとされました。

 ところが、馬に持たせようとすれば馬が嫌がり、車の類に乗せれば車輪が外れ、仕方なく人の手で運んでも重くなり、ついにこの地で運搬を諦めたそうです。

 ブーエンケインの祟りを恐れた人々は、どうにかこの寺院で鎮魂をしてほしいと懇願し、何代も昔から、ここに安置されています。

 その中で、笈の中身を探ることなかれ、と言い伝えられているのです」


 沈黙が広がる。


 先程まで味のある黒ずみを携えた木箱だと見ていたものが、急に、おどろおどろしい、血の染みついた異様な物体になってしまった。


「少しばかり、話が過ぎましたな。少し、お茶でも飲んで行って下さい」


 僧に誘われ、私たちは茶菓を馳走になった。


 他に伝え聞いた話のいくつかを教えてもらい、感謝を告げて私たちは宿へ帰ることにした。


「マッツォ殿」


 僧に呼び止められ、私はふりかえった。


「よろしければ、英霊二人のために、一句詠んで頂けまいか。

 彼らの鎮魂に、その歌を残して参りましょう」


 それならば、と私は持ち歩いている小さな短冊を取り出し、一句したためた。


『笈も太刀も五月にかざれ紙幟かみのぼり


「僭越ながら、歌の意をお聞きしてよろしいですかな」


 僧に言われ、私は答える。


「ブーエンケインの笈も、ヨシトウルネ公の剣も、この寺院においては、初夏に催される男児の為の祭で、上幟と共に飾るのがよいだろう。武勇で聞こえた二人ゆえ、その武勇伝をたたえ、男児への語り草にしていこうではないか。そのような思いです」


 僧は大きく頷き、感謝を述べた。


「なるほど、あなたの歌の中では、まるで彼らがまだ息づいているようだ。

 畏怖ではなく畏敬をもって、拙僧も使命を果たして参りましょう」


 僧に感謝と別れを告げ、私たちは町に戻った。


「ご満悦だな、ソルラ」


 宿に着く前に立ち寄った茶屋で茶をすすりながら、私は言った。


「ええ。ヨシトウルネの太刀、ブーエンケインの笈、そして師の俳句。

 歴史のかけらをこの目で見て、感無量でございます」


「その二人に並び称されるのも、こそばゆいのう。

 そんな大それたことは、何もしておらんだろう」


 私の言葉に、ソルラは首を振った。


「偉人とは、本人が望んでそうなるものではないと考えております。

 ヨシトウルネ公も、武人ブーエンケインも、功成り名遂げて伝承に足跡を残すことを望んで生きたわけではないと思うのです。

 生きた結果、そうなったというだけのこと」


「そうであれば、なおさら私はそこには入らんだろう。

 この年になって私がしているのは、ただの道楽のような放浪だぞ」


「そうかも知れません。しかし、そうではないかも知れません。

 この旅が、いつか書物になって読み継がれることになる可能性もありますよ」


 ソルラは熱く語る。


 まあ、伝説になるような人物の刀を目の当たりにしたのだから、熱に浮かされるのも仕方ないかもしれん。

 愚にもつかぬような夢物語だが、このまま語らせておいてやろう。


「聞いていますか、マッツォ師。

 私は本気でお話しているのです、そうだ、実際にイェドに帰ったら、この旅を書きまとめてみませんか。こんなこともあろうかと、私がここまでの記録はある程度つけておりますし、もちろん師の俳句もしっかり………………」


 分かった分かった、とあしらいながら、私はまた茶をすすった。


作者の成井です。


twitterに手を出してみました。

ちょっぴり読んでくださる方が増えました。

やっぱり、一人でも多くの方に読んでもらえるのは嬉しいですね。


今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。

「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

下の☆☆☆☆☆欄で評価していただけると幸いです。


では、また。

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