第14話 しのぶ摺り
北に向かう旅は続く。
人里はまばらで、日が傾く頃に里が見つかれば、一晩の宿をお願いするという進み方をしていると、いくつか、興味を引かれる里に巡り会うことがある。
ある里で宿を探していると、そこの人々が同じような柄の着物をまとっているのに目が引かれた。
それは上衣であったり下衣であったり、あるいは手ぬぐいの類であったりするのだが、線や円で描かれたその柄の縁がどこかおぼろげで、あたたかみのある柄なのである。
「もし、そこの方。旅の人」
声をかけてきたのは、軒先に土産と書かれた幕を下げた店の老爺だった。
ただ、老爺といっても腰はまっすぐで、声にも活気がある。
「どちらへ行かれるのかね」
「古都、ヒルライズミを目指しております」
ほお、と感心したような声をあげ、老爺は言う。
「ということは、あんた方、イェドの方から来なすったかね」
「ご明察。まさに我々はイェドから来ました」
また、ほぉ、と感心の声を上げ、老爺は言う。
「それなら、てぬぐいのひとつでも買っていかんかね。
イェドに帰ってから、話の種になるだろうよ。
そっちの若い人は、どうだい、恋人に帯のひとつでも」
ソルラは返答に困りながらも、言葉を紡ぐ。
「それでは、手ぬぐいをひとつ。
時に店主殿、この模様はどのようにしてつけられているのですか」
「こいつかい。こいつは、しのぶずりという名の工芸でな。
模様のついた石の上に布をかぶせて、その上にしのぶ草の汁をかけるんだよ。
そいつをこすりつけるようにして染めるから、しのぶ摺り、というわけさ」
身振り手振りを交えて説明する主人の話を頷きながら聞く。
諸国に染物の手法は様々あると聞く。
これも、多くある染め方の一つなのだろうが、どれを見ても良い柄である。
「そのしのぶ草という植物は、今時期に見られるものなのかね」
「そうだな、俺より詳しい婆さんが、ほら、あの高台に住んでるよ。
ただ、偏屈な婆さんだから、門前払いが関の山だと思うがね。
どうしてもってんなら、そこで聞いてみるといい」
感謝を告げて、私たちは教えてもらった場所へ向かった。
家の前まで来ると、老婆が桶で皿や椀を洗っている所だった。
「もし、よろしいかな。こちらで、しのぶ摺りの話を聞けると聞いたのだが」
老婆は、洗い物の手を止めずに言う。
「しのぶ摺りの話なんて、聞いてどうするんだい。
あんたがた、この辺の人でもないだろうに」
「ええ、私たちは旅の途中でしてな。
里を訪れて、皆が身に着けている服の模様に心奪われたのです」
私の言葉に、老婆は手を止めた。
「そうかい、心奪われたかい。
そりゃ、難儀なことだね」
老婆は続ける。
「あんなまがい物に心奪われるようじゃ、本物見たら死んじまう」
私とソルラは顔を見合わせた。
「里で売られているものは、本物のしのぶ摺りではないと」
「ありゃ、顔料をそれらしく塗りたくっただけさ。
日常使いや、旅の人をだますには、それでも上等だからね」
ソルラは手ぬぐいを見る。
「まんまとまがい物を掴まされてしまったわけか」
「はっはっは、私達には真贋を見抜く目が足りぬようだな。
これもひとつの勉強だ」
私たちの様子に、老婆は微笑した。
「そりゃまあ、真を知らずして贋は見抜けんわな。
ほれ、こっちに来るといい」
老婆に案内され、私たちは家の裏に向かう。
そこには、同じ顔をした娘が二人、籠をしょって草を摘んでいた。
「孫だよ。双子でね、珍しいだろう」
年はまだ二十に満たないくらいだろうか。
髪を結い上げ、額に汗をし、時折、ふーっと息を吐く。
円熟の色香とは真逆の、健康的で無垢な美しさがそこに並んでいた。
「今摘んでいるのがしのぶ草だよ。」
「どこにでも生えていそうな植物だな。」
老婆は頷いた。
「あちこちに生えてるさ。
珍しいのは、どちらかというと、石の方だね」
こっちだよ、と言って、また別の場所に案内される。
やや低まった場所に、地面に半分ほど埋まっている大岩があった。
「これがしのぶ摺りに使われていた岩のひとつさ」
「使われていた、とは」
言い方に引っかかりを覚えた。
「昔はこの石みたいな面白い表面のものがたくさんあってね。
そいつでしのぶ摺りをして、商売取引に使ってたんだよ。
ところが、オークどもがこの石を奪ったり壊したりする時期があってね……」
老婆の目に涙が浮かんでいる。
「まともにしのぶ摺りをするには厳しくなっちまった。
それでもなんとか続けていこうと、孫娘達が色々試してるけど、
大方のもんは諦めて、自分も他人もだまして商売してるのさ」
いたたまれない話だった。
「オークどもの目的は、なんだったのですか」
ソルラが尋ねる。
「分かるもんかい。
話が出来るわけでもなし、人にも食い物にも目もくれなかった。
意味が分からんかった」
そこまで話したところで、あの双子がやって来た。
「おばあちゃん、やっぱり、裏山に行かないと数がとれないよ」
双子の内の一人の言葉に、老婆は首を横に振る。
「裏山はだめだよ。
近頃、またオークが出てきたって話は聞いただろう」
「でも、里の周りには早苗しかないし」
食い下がる孫と、頑として認めない老婆のやりとりが続いた。
「もし、よろしいかな」
私が口を挟んだ。
「よければ、力を貸しましょう。
ここでお会いしたのも縁。
裏山に随行し、娘さん方は我々がお守りします。
その代わり、本物のしのぶ摺りを、我々に見せてくれまいか」
双子は黙って老婆の顔を見た。
老婆はじっとこちらを見、言葉を紡ぐ。
「見たところ、そんなことには慣れっこってな感じだね。
夕暮れまでに戻ってくるんだよ」
老婆の言葉に双子は顔に喜色をたたえ、私たちに感謝を述べた。
双子の案内を受けて裏山へ行くと、山は鬱蒼としていた。
「少し行ったところに開けたところがあって、そこに群生しています」
「では、そこで籠一杯に採り、帰るがよかろうな。」
よろしくお願いします、と二人の声が重なって、二人は歩き始めた。
双子は見た目こそ同じだが、性格は正反対のようだった。
姉の方は大人しく、あまり話しかけてこない。
こちらが問えば丁寧に答えてくれるが、それ以外は物静かである。
妹の方は快活で、しきりにソルラに話しかけている。
ソルラの方が気圧され、しどろもどろになっているほどだ。
そんな調子で歩を進め、目的の場所に辿りついた。
双子がしのぶ草を摘み始めて、ほどなくして、森がざわつきはじめた。
「これはいかんな。ふたりとも、私たちの後ろに来なさい」
私とソルラは棍を構える。
藪から躍り出てきたのは、青肌のオークの集団だった。
数は六。
双子は震えながら後ろで背中にひっついた。
ソルラの背中に。
ふたりとも。
頼りになりそうなのは私の方に見えるはずだが、はて。
オークどもは、いつも通りだ。
その手に粗末な武装をし、奇怪な顔に醜悪な笑みを浮かべている。
野卑た顔つきには、どこか好色さが見え隠れする。
そういえば、シラカの関であった武人が助けた娘たちは、こういう状況で守られることのなかった不運な者たちだったのだろう。
かどわかされた女たちは、どんな目にあうのか、この顔を見れば、知れようものだ。
この娘たちの天命は、少なくとも獣の欲を満たすようなものではなかろう。
願わくば、彼女らが望むままに、例えばしのぶ摺りを継承したいというような思いが、遂げられることを。
「早苗とる」
陽炎が立ちこめる。
予想もしていなかったのか、オークの集団は身構え、後ずさる。
「手元や昔」
オークの一人一人を、群青の光が板状になって包む。
「しのぶ摺り」
詠み終えると、光の板はオークを挟み、その距離を縮め、さらに縮め、挟まれていたオークは声も出さずに黒い粉となってすり潰されるように消えた。
「さ、これで安心だ」
私が向き直ると、双子は向き直ったソルラの胸に顔を埋めていた。
ソルラは空を見上げて固まっている。
やはり、私の魅力は、このくらいの娘たちには分かりにくいのかもしれんな。
水筒を渡し、二人を落ち着かせ、草摘みを再開する。
一刻ほどは過ぎただろうか、籠はいっぱいになった。
籠を持ってやり、私たちは老婆の家に二人を送り届けた。
老婆はいろいろと用意を済ませてくれていたらしく、労をねぎらってほどなく、しのぶ摺りの実際を見せてくれた。
いや、私たちに見せたというよりは、孫娘達に、その技を伝えようとしていたのだろう。
双子は大きなまなこをさらに大きく広げ、祖母の一挙手一投足を見ていた。
命を救った恩として、などと下品なことは思うまい。
この者らが、こういったことを継承していくことに敬意を表しよう。
それは、双子の情がソルラにばかり向いていることとは、断じて関係ない。
双子、そして老婆に別れを告げ、私たちは宿に向かった。
「断り切れず、頂いてしまったな」
私は、別れ際に老婆に持たされた手ぬぐいを見て言った。
「ありがたいことです。そちらは、本物ですから」
ソルラは、笑って自分の手ぬぐいを出した。
「なるほど、こうして比べてみると、そちらは粗いな。
こちらの本物は、輪郭の繊細で、趣深いように思う」
私は続ける。
「真と贋、両方を知らなければ偽物を見分けることは出来ない、とは良い教訓だ。
今後は、ほいほいと土産屋の口車に乗らぬよう、互いに気を付けよう」
そこまで話して、ちょうどその土産屋の前まで来た。
「おお、お客さん方。偏屈な婆さんだっただろう」
笑う店主に、私はにやりと笑って返す。
「いやいや、真のしのぶ摺りを譲ってくれるような優しいご婦人であったよ」
「え……」
「これからも、本物のしのぶ摺りの継承は途絶えんだろう。
あなたも目を養っていかれたほうがよろしいかもしれませんな」
目を丸くして口を開けたままの店主を置いて、私たちは歩く。
「実りある一日だったな。
さて、明日はどういった巡り合わせになるか、楽しみにしておこう」
作者の成井です。
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