第35話:王室と風の騎士(3)
イギリス艦隊に連行された紅き虎戦団は輸送機を海軍基地に収容され、すぐさま拘束される。
一時間程経ってから、僕と紅澤、それにレーメルや渉さんの四人が呼ばれた。特殊な組み合わせに僕はイギリス軍の考えが解らなかった。操魔師や神器使いだけを呼び出すなら、イリア少佐やティエルたちが足りない。戦団のメンバーについて訊ねるとしたら、紅澤以外は論外だ。それともバラバラに呼び出しているのか?
どこかの部屋に連れて行かれるのかと思いきや、両手に手錠が掛けられたまま基地の外に出る。裏口らしき場所に停めてある軍用のトラックの荷台に周りに見られないように乗せられ、行き先も告げられないまま出発する。
「これからどこに連れて行かれるんですか?」
監視の兵士が居なくなったことに安堵しながら僕は紅澤に尋ねる。
「知るか。でも、碌な場所じゃねえことは間違いねえな」
「なら、逃げるか?」
紅澤の疲れた声にレーメルが小さくで言う。会話の盗聴を警戒しているのだろう。
僕たちのいる荷台は頑丈そうな柵と金網で囲まれ、その上に外が見えないように黒いシートが覆われている。運転席側は勿論、出入口となっている場所も窓のようなものがあるが、人間の力技では壊すことは不可能だ。
しかし、僕たちは操魔師に神器使い。共通義肢や神器を使えばここから抜け出すのは朝飯前だ。無論、イニシャライズのような代物が仕込まれていないこと前提だが、あんなものが沢山あるとは思えない。というか、在ってほしくない。
「やめとけ。オレ様たちが逃げれば、基地に残った奴らは皆殺しだ。ここの兵士もそれが解ってるからこんな手薄な監視の仕方をしてんだよ」
「・・・・・・それは想像もしたくないないな」
レーメルが苦い顔で溜息を漏らす。
お世話になった部隊が全滅するのは不快で済む問題ではない。更に、レーメルは昨日のブリーフィング中にティエルたちと仲良くなったらしいから、尚更イギリス軍を挑発するようなことは避けたいようだ。それは僕も同じ気持ちである。
「今のイギリスと言えば、騎士団が有名っすよね」
渉さんがいつもと変わらぬ声色で、若干しんみりとしたこの場に話題を挙げる。
騎士団? と僕が首を傾げると、
「そうっす。王室の近衛隊で、軍を指揮する立場もある連中っすね」
「それってすごいんですか?」
渉さんの言葉に思わず聞き返してしまう。
騎士、と聞いてもいまいちパッとしない。
小説や映画の創作では恰好良く描かれているが、実際の騎士は全員がそうというわけではない。戦いの末に落とした町の略奪や破壊、また生き残りの民の虐殺に騎士もまた加わったという歴史がある。更には、次第に歴史から喪失し始め、傭兵と没落していった者が増えたという。現在も存在する騎士の家系は穏便に自活する道を選んだ者たちの末裔だと、昔歴史学部の部室にあった書物で読んだことがある。まあ、随分と片寄った考え方かもしれないが。
「すごいかどうかは置いといて、操魔師や神器使いも少なからずいるらしいってすよ。イギリスの騎士団なのに他国の人間も入団してるらしい話もあるっすね」
「・・・・・・らしい?」
曖昧な言い方に訝しく思ってしまう。確かに他国から流れてくる人がいるとは聞いたことはあるが。
「判らないんすよ。表に出てくるのは単なる軍人で、兵器と言えば世代遅れの巨人兵器に定番の軍艦や戦闘機くらいしか姿を見せないんす」
「それじゃあ、騎士団の存在も怪しくないですか?」
「そうっすけど、案外この話は財団や教団でも噂されてるっすよ。・・・・・・・実はわざと弱い風に見せてるんじゃないか、って。態々財団に入ることを拒んで独立を選んだくらいだから、国の人々や文化以外にも理由がある筈っすからね。それに、何らかの防衛手段を持ってないと、いざって時に国を護ることも出来ないっすよ。――――――つまり、謎の多い国ってことっす」
渉さんが苦笑いを浮かべながら、何かを誤魔化すように頭をボリボリと掻く。
そして、すぐに隣のレーメルに手錠をされたままなのに器用に抱きついた。癒される、と顔に判り易く表現した状態でレーメルにベタベタとする。対して、顰めっ面でレーメルは抵抗するが、手錠のせいでうまくいかない。僕たちがその謎の多い国に捕まっていることを、この人は自覚しているのだろうか?
「案外、その騎士様が出迎えてくれるかもしれないぜ」
紅澤は紅澤で渉さんを叱責するどころか軽口を叩く。
「つまらんことを言ってないで助けろ!」
「男女のカップルがイチャついてるのは腹立つが、女同士がなら別にいいぜ。寧ろ歓迎だ」
「なにっ! 貴様、ロリコンか!? 変態め!」
顔を真っ赤にして罵倒するレーメル。
ロリコンって自分で普通言うか? まあ、実際紅澤とレーメルでは一〇歳近く離れてるから間違ってはいないかもしれないが。
「これぐらい普通だよなあ、永峰?」
「僕に振らないでくださいよ」
ニタニタと笑いながら紅澤に尋ねられて僕は壁に顔を向ける。意識しないようにしていたのに、紅澤のせいで台無しだ。
レーメルは学園時代と比べて信じられない程成長している。当時はまだ中学生で、少しでも大人に近づこうと背伸びしたような子だった。でも、現在では年齢も僕より上でスタイルも良く、美人で大人びた雰囲気もある。それなのに、今の怒り方のように子供みたいな部分もまだ持ち合わせているから、不覚にも可愛いとさえ思ってしまう。これで意識するなというは無理だ。
紅澤がジャラッと手錠を鳴らして僕の肩に手を置く。からかわれると思っていると、
「――――――おい、貴様ら。自分たちの立場が解っているのか?」
運転席側の窓が開き、兵士が僕たちに厳つい顔を向けてくる。
暫く睨み続け、返事が出来ずに黙っている僕らを呆れるように溜息をついてから兵士は窓を閉じた。
その後、僕とレーメルは黙り、渉さんはイタズラを見つかった子供みたいに苦笑し、紅澤は声を抑えて笑っていた。
トラックから降りると、そこは広大な場所だった。
学校のグラウンド以上の広さに、手入れの届いた敷地はどこか高級感がある。色取り取りの花に綺麗な噴水は公園のような雰囲気を感じるが、そこには僕たち以外に誰もいない。代わりに、人気が全く無い場所には宮殿を思わせる古い建物があった。かなり古いらしく、何度も修復したような後がちらほら見えた。それ以外は特に目立った建物は無く、敷地の外には市街地が広がっている。
「・・・・・・バッキンガム宮殿だと?」
レーメルが建物を見上げて怪訝な顔で呟く。
「バッキンガム・・・・・・?」
聞いたことあるような無いような名前に僕は首を傾げる。
そんな僕にレーメルが教えてくれる。
「イギリスの王が暮らす宮殿だ」
「はあっ!?」
何でそんな場所に僕たちが来てるんだ?
疑問が浮かび上がるも、裏に回ってから兵士は宮殿中へと僕たちを連れて行く。紅澤の方に視線を送って見ると、眉間に皺を寄せて何やら考えている。紅澤でも流石にこの事態は予想していなかったのだろう。なにせ、王と言えば、イギリスのトップだ。
少し大きめのドアを潜ると、そこはまた広い場所だった。
学校の教室くらいの幅がある廊下、踏むのが勿体ない程綺麗な赤い絨毯、壁には高校生には価値が理解出来ないような絵画が飾られている。ここも人気は無いが、外と違って妙な圧力を感じる。唯でさえドキドキしていたのに、“王”と聞いたせいか余計に緊張してしまう。
これからどこに連れて行かれるのだろう、と考えていると、兵士はドアを潜ってすぐに立ち止まるように指示を出す。
すると、廊下の奥から三十代前半くらいのスーツ姿の男がやってきた。整った金髪に皺一つない高そうなスーツを着こなし、社交的な笑みを浮かべている。兵士はすぐさま敬礼するが、スーツ男は片手でそれを制する。
「鍵を」
スーツ男が短く言うと、兵士は急いで僕たちの手錠の鍵を外して回収した。それから、再び敬礼して宮殿から立ち去った。
「初めまして、紅き虎戦団の皆さん。私は王室の近衛騎士、カーティス・ヘイルウッドと申します。皆様をご案内するよう言われています」
兵士がいなくなってからスーツ男が自己紹介をする。
そして、廊下を進むよう促して背中を向ける。
「騎士様直々に挨拶たあ、ちと大袈裟すぎじゃねか? それに、手錠まで外すなんてどういうつもりだ?」
「女王のご配慮です。客人のあなた方への」
背を向けたままカーティスは答える。
急いでいるのか、歩く速さが少しずつ変わっていくのが判る。それでも、背筋を伸ばして歩く一つ一つの動きに無駄がない。丁寧すぎると言っても良いくらいきっちりしている。
「客人だと・・・・・・?」
カーティスの言葉に紅澤が眉をひそめる。
それは僕も同感だった。何せ、僕たちはイギリス軍に不法入国で捕まっているのだから。
「詳しい話は女王にお聞きください」
暫く歩いてから、大きな扉の前に案内される。カーティスがノックすると、何やら女性の声が英語で返ってくる。おそらく入っていいと言う意味だろう。
「失礼します」
と言ってカーティスが扉を開ける。
そこは会議室に使われるような場所だった。しかし、天井にはシャンデリアが垂れ、壁側には廊下同様絵画や花が飾ってある。部屋の中央にはアンティークを思わせる長方形の机が置かれ、その周りに豪華な椅子が並んでいる。
机の一番奥に、地味――――――という程ではないが、派手でもないドレスを纏った老婆がいた。年齢は五十代前後。白髪に肌の皺と老化が見え始めているが、僕たちに向ける目とその場に佇む姿勢が現役の戦士のようだ。
「よく来た、紅き虎戦団の諸君!」
開口一番に硬い雰囲気をぶち壊す笑顔で出迎える。その笑顔は女王と呼ぶより、近所のおばちゃんの雰囲気に近い。
どう言っていいのか解らなくて困ってる僕らを見て、
「いきなりの出来事で驚いているかもしれないが、今は座ってくれ」
女王が座るように促す。女王もいつの間にか後ろ一歩下がったところにいたカーティスに椅子を引いてもらって腰掛ける。
僕たちが全員座るのを確認してから女王は口を開く。
「こんな場所ですまない。どうしてもここ以外都合の良い部屋がなかったのだ」
「そんなことはどうでもいい。これはどういうつもりだ?」
と紅澤が手錠の外された両手を机の上に持ち上げる。
「紅澤大佐は手錠を付けたままの方が良かったのかな? お望みなら、おまけに重石用の鉄球でも付けよう」
「結構だ」
「手錠を外させた理由としては、君たちに少しでも楽にしてもらいたかったからだ」
「楽?」
紅澤が怪訝な顔をする。
「部下を人質にされてるってのに気楽に出来るかよ」
「人質にされるようなことを先にしたのは君たちだろう。――――――まあ、我々は人質にしているつもりはないのだがな」
言ってすぐに女王の背後の壁、絵画が掛けてあると思っていたところにモニターが現れる。どうやら、今まで見ていたのは絵画の映像だったらしい。
そこに映っていたのは、僕たちが連れて来られた海軍基地。その内部、戦団の輸送機が収容されている船渠だ。本来は船の製造、修理などを目的とした施設では、輸送機を様々な機械が取り囲んでいる。全体的に太いパイプが取り付けられ、破損した場所に機械が触れると火花が散る。その光景は輸送機を修理しているようにしか見えない。
「先程、騎士を通じて聞いたが、君の部下に睨まれて整備士の連中が怯えているそうだ」
「・・・・・・どういうつもりだ?」
意図が解らない、といった表情で紅澤が訊ねる。
「唯一の移動手段があれでは仕事が出来ないだろう。急ピッチで作業をさせているから、二日後には出れる筈だ」
益々女王の目的が理解出来ない。
紅澤だけでなく、僕たち三人も訝しい気持ちで女王を見る。
「オレ様たちに何をさせるつもりだ? それに、それくらいでてめえらのお願いをきくとでも思ってんのか?」
「お願いなどではない。況してや、脅迫でもない。――――――これは正当な取引だよ、紅澤大佐」
「取引・・・・・・?」
紅澤の反応に女王がニッと口元を吊り上げる。
「そうだ。この世界が滅びるまで残り二ヶ月もない。だが、我々イギリスはそれを回避する術を未だに見つけることが出来ない」
「それとオレ様たちに何の関係がある?」
「誤魔化さないでもらおう、紅澤大佐。紅き虎戦団が修山組の支援を受けていることは知っている」
「修山組!?」
突然出てきた名前に僕は思わず声を上げてしまう。
そして、紅澤に食って掛かるように身を乗り出す。
「どういうことなんですか、紅澤さん!?」
「知らなかったのか」
女王は話を遮られたのを不快に思うどころか、不思議なものを見るような目で呟く。
「永峰春幸――――――君は何らかの形で修山組に関わりを持っていると思っていたのだが・・・・・・どうりで未来に来てから戦団を除く接点が見られんわけだな」
「監視してたんですか、僕のこと・・・・・・?」
「君が友人と街を歩いている時に偶然騎士の一人が見つけてな」
結構早い段階で見つかっていたようだ。
でも、どうしてあの人混みで僕個人が判ったのだろう。外国人からは日本人なんて殆ど同じに見えると聞いたことがあるのに・・・・・・やはり黒髪はイギリスで目立ったのだろうか?
「・・・・・・話が逸れたな。我々の要求は修山組との同盟だ」
「同盟だと?」
紅澤が眉間に皺を寄せる。
独立を維持し続けていた国が何故ここで同盟を結びたがる?
「先も言った通り我々は世界滅亡を防ぐ術を知らない。修山組ならそれを知っているのではないか? 我々にも協力をさせてほしい」
「協力とか言って本当は自分たちが助かりてえだけだろ」
「否定は出来んな。だが、我々は国のために目の前の崩壊を阻止した後のことも考えなければならない。修山組もそうだろう? その時のために国家の繋がりがあった方がいいとは思わないか?」
「外交するならもっとマシな言葉使いしろよ。それに・・・・・・そんなことオレ様に話しても仕方ねえだろ」
女王の言葉に紅澤は面倒そうに答える。
それ以前に、修山組との関わりを否定しないということは、女王の言っていることは本当なのか?
「なあに、修山組の代表と話す時はちゃんと国のトップの仮面を被るさ。君たちには本当のイギリスの王がどんな人間なのかを知っていてほしい。――――――私がどこにでもいるような未来を作っていく若者たちを応援するババアだとな。それから修山組に報告してくれればいい。そちらからコンタクトが取れない場合は連絡が来た時にしてくれれば良い。・・・・・・まあ、紅き虎戦団がこのままずっとイギリスに滞在し続ければ、嫌でもコンタクトを取ってくるだろうが」
「ここから出す気ないのかよ」
呆れた声で紅澤は呟く。あんたも今の立場を考えろよ。
「この要求は君たちの不法入国を不問にするためのものだ。イギリスから出す条件は他にある」
「なんだよ」
「私的なことなのだがな。頼みたいのはそちらのお嬢さん方だ」
そう言って女王はレーメルと渉さんに顔を向ける。
いきなりの振りに二人共固まっている。
「なんでしょうか?」
「まずはこれを見てもらいたい」
女王は右手を机の下に持っていく。そして、再び持ち上げた手には剣が握られていた。
柄も含めて八〇センチくらいしかない小さな剣だ。金色の綺麗な柄に汚れ一つない刃。更に刃に切っ先が無い。そのせいか、戦うための武器と言うより、高価な装飾品に見える。
だが、
「クルタナ・・・・・・ですか?」
何となく見たことのある剣に僕は名前を口にする。
「おぉ、知っているのか!」
「確か王室の儀礼剣ですよね? 本で読んだことがあります」
昔、沢崎に薦められた本に書かれていた。その時に写っていたのはクルタナの写真ではなく、単なるイラストだったが。
「その通り。これは王族に代々受け継がれる儀礼剣だ。――――――まあ、偽物だがな」
「偽物?」
「大昔の革命に紛失してな。これは二本目だ。――――――本物は、そこのお嬢さん方が持っている」
え、とレーメルたちの方を向く。
すると、二人友苦い表情をして女王を見ていた。
「なぁ、クルタナ――――――神器『空絶』を宿す内海渉と、その契約者レーメル・クラウンゼルグ? 何か間違っているか?」
「クルタナって神器なんですか?」
失礼と思いながらも僕は我慢出来ずに訊ねてしまう。
「何も神器全てが神々の武具と言うわけではない。伝説や伝承から神器化したモノも意外に多い。架空のものとして伝わっている武具は、殆どが歴史の闇に葬られた実話を元にしているからな。クルタナは王室の血縁者に宿り、神柱利器化した者が本来の王の後継者とされている。――――――それも、数百年前から廃れてしまったがな。日本にもそういった神器があるだろう?」
僕の横槍を女王は平然と答えてくれる。
クルタナはどうやら陽山家の『焔迦』と同じようなタイプの神器のようだ。今やそれも教団の巫女が持っている状態だが。
やがて、レーメルが重い口を開く。
「・・・・・・どうしてそれを知っている?」
「イギリスの情報網を甘く見ないことだ。表面上、弱小と呼ばれているが、実際はコツコツと力を蓄えておる。おかしいとは思わんか? 本当に弱小ならば、たった五年で独立が成り立つ筈がない」
イギリスは他国との輸入を全て絶って生活している。殆ど輸入に頼っていたイギリスは当然最初は混乱した筈だ。国民の生活や国の安全を守るためには、軍事だけに力を入れるわけにはいかない。普通、たった五年で自国だけで生活を成り立たせるのは簡単なことではない。
「それでは、イギリスは私たちに何を望む?」
「『空絶』の返還を求める」
「私たちをイギリス軍に入れるのか? それとも、私との契約を解除して渉だけ連れていくのか?」
「嫌っすよ、そんなの」
二人共拒否の反応を示す。
それに対して女王は態度を崩さない。
「心配しなくともそんなことはしない」
女王はモニターを戦団の輸送機の映像から別に変える。
映し出されたのは砂時計のような形をした巨大な機械だ。その両側に円筒状の透明な容器が置かれ、天辺から砂時計の中心に向かって太いパイプが繋がっている。奇妙とも言える機械は何の装置なのか想像も出来ない。
そんな機械と一緒に黒髪のスーツ姿の女性が映る。整った長髪を後ろに束ねた女性は日本人のように見えるが、宝石のような蒼い双眸がそうでないと示している。
そして、機械の前に立つ彼女から、透明の容器が人が余裕で入れる大きさだと判る。更に、パッと見ただけでも砂時計は彼女の身長の五倍以上もある。
「何だ、あれは?」
「あれはアコモデートチェンジと言ってな。神柱利器の神器を入れ換える装置だ。フィオラ、解説を頼む」
『はい』
フィオラと呼ばれた女性は女王の命令でアコモデートチェンジとやらの説明を始める。
『アコモデートチェンジは既に戦えなくなったイギリスの巨兵魔器《戯装》の魔器を動力とした装置です。《戯装》の機能である“事象の偽装”を利用して神柱利器に宿った神器を誤魔化し、それぞれの神器を入れ換えます』
「魔器を使ってるんですか?」
「神器のようなものを騙すにはそれなりの力を必要とする。幸い――――――と言って良い言葉ではないが、『空絶』はイギリス王家の宝剣だ。神々の武具のような強大なモノではない。だからこそ出来るのだがな」
女王の言葉はどこか寂しげだった。
そこで、今度はレーメルが口を挟む。
「入れ換えると言ったが、『空絶』の代わりに一体何を渉に宿す気なんだ?」
「フィオラ、見せてやれ」
『はい――――――「来絶」』
フィオラさんが神器の名を呼ぶと、その手に半透明の日本刀が現れた。
黒い鞘から半透明でも判る鋭い刀身の太刀が抜き出される。以前にレーメルが使っていた刀より少し長いかもしれない。それをフィオラさんは軽々と振ってから再び鞘にしまう。
「あれが新しい君の神器となる日本刀『来絶』だ。確か、日本では雷を切った刀らしいではないか」
それなら僕でも知っている。女王の説明通りなら真名も僕の予想と一致する筈だ。ある意味レーメルに合った武器かもしれない。
「どうだろう。君にとっては『空絶』よりも扱いやすい神器だと思うが?」
「安全面は? あんなわけの解らない機械を使って渉が無事でいられる保障は?」
「それは信じてもらうしかないな。装置には騎士であるフィオラも入る。彼女は我々にとっては失ってはならない、今後のイギリスを支える大事な逸材の一人だ。成功には全力を尽くす」
「・・・・・・それでも・・・・・・」
レーメルの言葉が止まる。
『空絶』がどんな能力かは知らないが、武器の交換と言うのならレーメルには好条件だと思う。しかし、初めて見た装置に大事なパートナーを預けるのが不安で仕方ないのだろう。
後ろで、レーメルを落ち着かせるように渉さんが肩に手を置く。渉さんとしては、自分のことなのにレーメルに委ねるようだ。それだけ、レーメルを信用しているのだろうが、それが更にレーメルに重く圧し掛かる。
「今すぐ返事をもらえるとは思っていない。だが、よく考えてほしい」
「・・・・・・」
レーメルは答えない。どう答えていいのか解らない。
「・・・・・・今日は疲れただろう。部屋を用意させてあるからゆっくりと休むと良い。――――――部屋に案内してやれ」
女王がそう言うと、扉が開いた。
そして、そこから男が出て来る。カーティスやフィオラと同じスーツ姿。だが、それを着ている人物に心当たりがあった。
「折角だからゆっくりと再会を喜び合うと良い。部屋を案内してから今日は自由にしていいぞ、流輔」
「ありがとうございます」
女王に一礼してから、男は僕たちに歩み寄る。
「・・・・・・お、お前っ! 何でこんなところ、に・・・・・・!?」
レーメルは別の意味の戸惑いを見せながら、声を上げる。
それを、元修山学園第一生徒会会長の風間流輔はレーメルの困惑した顔に飛びっきりの笑顔で応えた。