第65話 親友との誓い
お待たせしました。ユイ視点の話です。
ふう、やっと帝都に帰って来れた。昨日の夜に引き継ぎ終わって帰ってきたけど疲れたよ。しかし、リーザさん達はかわいそう。元ナルム王国騎士団だからか、まだ帝国に入国さえ出来ずにいるから。今はワトカ村で待機してもらってるけど、リーザさん涙目だった。
ミズキさんは、ナルム王国戦争中に懲りない親族が反乱起こそうとしたせいで教会で謹慎中。親族にマジギレしてたな。ユウキ兄ちゃんと離れたくないもんね、2人とも。そんな中で、ただ1人の例外がいるんだよね。
「ユイさん、お2人を起こして下さい。そろそろ、朝食のお時間ですので」
そう、アヤメさんは帝国に入国出来たんだ。もともと父親が帝国出身で、かなりの有名人だからか、すぐに許可が出た。リーザさん、地団駄踏んで悔しがってたね。ユウキ兄ちゃんに仕える騎士として、スケジュール管理から何からきっちり仕事をこなしている。今朝はそんな彼女と私は朝練をしている。他は勝てないけれど、剣だけは負けてられないから。
「もうそんな時間か。分かったよ、起こしに行くね」
私は2階の階段を上がり、ユウキ兄ちゃんの部屋の前に立つ。身だしなみを整えてから、ドアをノックする。
「ユウキ兄ちゃん、早く起きて。マルシアス様達と朝食一緒に食べるんでしょ‥‥?」
ユウキ兄ちゃんの部屋のドアを開けたが誰もいなかった。‥‥まさか、あそこかな? 2階にある部屋は3つ。私とユウキ兄ちゃん、家主のアイラの部屋がある。私はすぐに隣の部屋のドアを開けた。うぅ、想い人と親友が一緒に寝てるのは精神的にくるよなあ。よし、叩き起こそう。
「ユウキ兄ちゃん、アイラ! 早く起きないと剣を抜くよ? カウントダウンスタート! 3、2‥‥」
「「お、おはよう、ユイ!!」」
布団を跳ね上げ慌てて起きる2人。アイラ、黒の下着だなんて大胆だね。しかも一緒に寝てるし。むう、やっぱり嫉妬しちゃうな。ユウキ兄ちゃんとアイラは夫婦として皆認めたけど、実際に目の当たりにすると心がざわつく。
「‥‥ユウキ兄ちゃん、早く部屋に戻って着替えて。時間無いから早くしてね。アイラは私が準備を手伝うから」
「わ、分かった。ユイ、アイラの事を頼むな。アイラ、また後で!」
「ユウキ、またね。アイラ、よろしくお願いします」
うん、殺気出したからすぐに出てってくれたね。じゃあ、アイラの着替えを手伝うとしよう。それにしても、アイラは本当に綺麗になったよ。髪は艶っぽくなったし、色気もかなり出てきた。何より性格が穏やかになったよね。女になり、母親になるとやはり変わるのかな?
「アイラ、今日はどうするの? 魔法使いの格好かドレス姿にするかだけど」
「そうね、今日はドレスにするわ。あまり家族を威圧したくないし。何より、子供が出来た事を報告するのだもの。祝福してくれたら良いのだけど」
クローゼットからアイラのドレスを見繕いながら、私は考える。マルシアス様やジェンナ様はともかく、ナージャ様達は困るだろうな。アイラの子は、男の子でも女の子でもファルディス男爵家の跡を継ぐのは難しい。
だが、実家のファルディス家だったら? マルシアス様も次々と不祥事を起こすナージャ様の血筋より、最近評価が上がっているアイラの血筋を優先しそうだし。ふむ、アイラの考えを聞いてみよう。私は水色のドレスをアイラに着せながら尋ねる。
「ねえ、アイラ。もし、マルシアス様がナージャ様の跡目を君の子供に‥‥」
「駄目よ、ユイ! それ以上は言わないで。姉さん、最近かなりナーバスになってるんだから。私はユウキとこの子がいるだけで幸せなの。だから、ファルディス家の跡継ぎにする気は無いわ」
アイラはもう少し欲張りになっても良いのに。その謙虚さ、ミズキさんや元聖女に爪の垢を煎じて飲ませたいよ。ただ、ユウキ兄ちゃんの事になると私達並に強欲になるから怖い。親友ではあるけど、恋敵としては負けないから!
「ほんと、アイラって欲が無いよね。まあ、だからこそ私は親友になったんだけど。でも、こればっかりはマルシアス様次第だから。あとラングがまたやらかしたのもまずい。昨日の夜、ユウキ兄ちゃんがナルム王国戦役の報告したらマルシアス様が能面のような顔になったし」
「はあ、ラングはどこまでファルディス家に泥を塗れば気が済むのかしら。商人達を襲撃するなんて、心ある商家の人間がしていい事ではないのに」
ドレスを着終わったアイラは、化粧台に座って化粧を始める。最近、本格的に始めた割には上手なんだよね。これは、うかうかしてられないな。私も色々と勉強しなきゃ。ラング? あの馬鹿の事は知らない。どっかでのたれ死んでくれると助かるけど。
「こんな感じかしら? ねえ、ユイ。ユウキの子を宿した私の事が憎いかしら? ミズキさんから、殺気のこもった目付きで見られているから気になったの。皆どう思ってるかなって」
ミズキさん的には、自分が妊娠しなかったのに何故って感があるんだろう。でも、良かった。ミズキさんだとガチで殺しそうな位に憎しみ沸きそう。アイラだと‥‥うん。嫉妬の炎は燃え盛ってるけど我慢は出来るな。
「正直言えば、アイラにすご~~く嫉妬してる。でもさ、憎みはしないよ。だって、アイラのおかげでユウキ兄ちゃんに再会出来たんだし。でも、恋敵としては負けないよ。私がユウキ兄ちゃんの1番になるんだから!!」
「ユイ、ありがとう。でも、私も絶対に負けないわよ! そうだ、貴女がユウキの子を産んだら私が子育て方法とか教えますね。ユイの子は活発で元気な子になるでしょうから、見るのが大変かもしれないし」
ユウキ兄ちゃんとの子供‥‥欲しい、欲しい、欲しいよ! でも、まだ成長しきってないから駄目だな。あと4、5年位したらユウキ兄ちゃんに抱いて貰おう。待てよ? これはチャンスなのかもしれない。アイラの子供で予行練習出来るし。
「アイラの子供で是非とも練習したいな。もちろん、危ない事はしないよ。抱っこしたり、おんぶしたり、おしめ変えたりするだけだから。‥‥だめ?」
「うーーん。まあ、ユイなら問題無さそうね。分かったわ、手伝っても良いわよ。ただし、私が休憩したい時や体調が悪い時限定ね。初めての子供だから、出来れば自分で育てたいの」
「それはそうだ。でも、ジェンナ様はアイラ達姉妹2人を乳母に預けていたんだよね。乳母に預けたりは‥‥アイラ?」
「‥‥‥‥」
アイラの表情がすごく険しい顔になった。さっきまで穏やかだったのに、いきなり不機嫌になるなんて珍しい。ひょっとしたら、乳母と何かあったのかな?
「ユイ、私は乳母を雇うつもりは無いの。子供の教育に差をつける乳母なんか必要ないから。親に隠れて私をいじめてくれたあの女を私は生涯‥‥きゃっ!」
アイラが私に初めて見せた憎しみの表情。ちょっと怖いな。うん、お腹の子の情操に悪いので頬を引っ張りましょう。後ろから頬をつねって、表情筋を伸ばしま~~す。おお、柔らかい。
「ちょっ、ユイ! 止めなさい、止めなさいったら!!」
「お母さんになるのに、そんな顔しちゃ駄目だよ。その子に自分が愛され無かった分も愛せばいい。そうすれば子供も幸せに出来るさ。笑顔、笑顔を忘れずにね」
私の言葉を聞いて恥ずかしくなったのか、アイラは顔をうつむける。うん、そうだよ。アイラは優しい娘だ。憎しみに捕らわれちゃいけない、私みたいにね。なかなか消えないんだよね、前世は遠い彼方になったのに。
「‥‥ごめんなさい。そうね、私がこの子を幸せにしなきゃいけないわ。ユウキと一緒に。ユイ、貴女にも迷惑かけるかもしれないけど、この子をお願いね」
「分かったよ、私も色々と手伝うね。まあ、まだ先の話だけどさ。さて、そろそろ行こうか。皆待ってるだろうし」
私は部屋のドアを開けようとした時、いきなりアイラが抱きしめてきた。温かいな、心が温かくなるのはユウキ兄ちゃんと同じだ。
「ユイ、貴女も憎しみに捕らわれたら駄目よ。ユウキから全部聞いてるんだから。前世の両親を憎むのは分かる。でも、彼らはもういないわ。もう貴女の心は自由なのよ。過去じゃなく未来を向いて生きて。私に貴女が言ったようにね」
‥‥不思議だな。ユウキ兄ちゃん以外に心許せる人が出来るなんて。前世じゃ、心に土足で踏み込む馬鹿な大人や同級生は締めまくった。だけど、アイラに踏み込まれても構わないと思う自分がいる。前世じゃ、出来なかった親友も守る対象に加えなきゃね。
「努力してみるよ。アイラ、ありがとう。守るべき人が増えるって嬉しい」
「私だって守られてばかりじゃないわよ。ユイが困った時は助けに行くから。困った時は互いに助け合う。それが親友でしょ? それじゃあ、行きましょうか。あまりに遅いから、ユウキが聞き耳立ててるわよ」
そう言って、アイラがドアを開けるとユウキ兄ちゃんが倒れてきた。あ、あれ全部聞かれたの!? うぅ、は、恥ずかしいよお!!
「えっ、ばれてた! いや、その、あの。お、おほん! アイラ、ユイの事をよろしく頼む。異性である俺では、言えない事もあるだろうから。ユイ、アイラを助けてやってくれ。トラウマは治っているけど、精神的に弱い所があるから。2人が仲良くなってくれて、俺は本当に嬉しいよ」
‥‥はあ、これじゃ怒るに怒れないじゃないか。ユウキ兄ちゃんに言われるまでもないよ。となれば、アヤメさんに正式な弟子入りを検討しよう。
大切な人を守るための剣をより鍛えたいのなら、小さなプライドなんか簡単に捨てられるから。
次回、マルシアスの決断。