宇宙都市スカイ・キリバス防衛戦
『総員、出撃!』
スピーカーからシュトルム隊長と思しき低くかすれた声が響いてきた。
「さあ、出番だぞ、野郎ども。仲間の敵を討ってやろうぜ」
ハサウェイ少尉はしきりに俺たちを鼓舞しようとしていた。
「サー・イエス・サー」
俺たちは吠えた。
そして一斉にヘルメットをかぶりガス交換機能をオンにした。
外部の音が遮断され、通信機からの音声と自分の息遣いしか聞こえなくなる。
どう考えてもこれは勝ち戦ではなかった。
しかし、命令とあれば戦わなければならない。それが軍人だ。
スカイ・キリバス周辺には、もう護衛の艦隊はいなかった。
こちらに向かっている敵艦隊は、恐らく強襲揚陸艦を中心とした拠点制圧部隊だろう。
単純にスカイ・キリバスを破壊しようと思えば簡単だが地球は反物質資源を欲している。
拠点を制圧、手に入れようと思えば歩兵部隊を投入するしかない。
そこで我ら機甲歩兵の出番というわけだ。
『こちら、シュトルム。スカイ・キリバスの住民をシャトルで脱出させる。各員はともかく時間を稼げ』
宇宙都市スカイ・キリバスには、機甲歩兵の駐留部隊以外に反物質製造工場の従業員とその家族が暮らしていた。
俺は先程の金星主力艦隊の戦いぶりを見て、軍首脳部に不信感を抱いていたが、あながち捨てたものではないらしい。負け戦とはいえ目標がはっきりしていた。
「コバンザメから出たら直ちに散開、ロンとユリは敵の強行突入艇に向かってロケットランチャーを撃ちまくれ、射程外でも構わん、残りの奴らはオレに続け、突撃だ」
「サー・イエス・サー」
時間を稼ぐという目的から逸脱しないのかという考えが一瞬頭をよぎったが、俺はハサウェイ少尉に従うことにした。他に選択肢はない。
強行突入艇(通称コバンザメ)を人工知能の自動操縦に任せて、俺たちは外に出た。
上下の感覚もなく、身体を預ける何物もない。何時になっても慣れない嫌な感覚だ。
ひどい奴になるとパニックを起こして『溺れる』こともあるらしい。
漆黒の闇の中で、強烈な陽の光に照らされた装甲強化服や強行突入艇が白く輝いていた。
一方、彼方の空間には、スカイ・キリバスを目指して近づいてくる敵の強行突入艇が十数個の小さな点として認識できた。想定通りの展開だ。
まだ距離が遠いので機甲歩兵は展開していない。強行突入艇から敵の機甲歩兵が出てくるのはもう少し近づいてきてからだろう。
ロンとユリが推進剤をふかしながら音もなく散開した。
「ロン、よろしく頼む」
「ああ、任せておけ」
ロンの声が通信機を通して耳元で聞こえた。
「テツ」
ケイが俺の肘を掴んでだしぬけに話しかけてきた。通信機は使っていない。
「ん?」
「死なないで」
「ああ、ケイも死ぬなよ」
よく分からないが、俺は思わずそう言葉を返していた。
「うん」
表情はわからないがなんとも言えない温かさを感じた。
何となく落ち着かなくなって周囲の様子を窺うと、味方の機甲歩兵の小隊はスカイ・キリバスの外壁を背にする形で広く展開していた。
「いくぞ」
「サー・イエス・サー」
ハサウェイ少尉は、そんな味方の様子を無視するかのように、背中の推進剤をふかして敵の強行突入艇に向かい全力で加速を開始した。俺たちも慌てて彼女の後を追った。
『何、勝手なことをしてやがる!』
通信機から怒鳴り声が聞こえた。さっきの第九小隊の小隊長だろうか。
しかし、ハサウェイ少尉はこれを無視して言い放った。
「ロン、ユリ、射撃開始!」
「サー・イエス・サー」
一番前を航行していた白い円盤形の敵強行突入艇が爆発光に包まれた。
頑丈に作られている強行突入艇は一撃では撃沈されなかったが、直撃を二発三発と食らい爆発四散した。
「やった」
「よし!」
「その調子だ!」
ロンとユリの歓喜の声にかぶせてハサウェイ少尉の明るい声が響いた。
完全に射程外のはずだがロンもユリも期待に応えていた。
慌てた敵は、強行突入艇から機甲歩兵を吐き出し始めた。
強行突入艇に乗ったまま沈められたら何の意味もないので当然の判断だ。
「出てきたばかりの奴をやれ!」
「サー・イエス・サー」
俺たちはハサウェイ少尉に率いられて敵陣に突入した。
獣じみた咆哮をあげ、高周波ブレードを鞘から引き抜き敵機甲歩兵に襲い掛かった。
強行突入艇から出てきたばかりの敵は、まだ散開しておらず狭い範囲に密集していた。
同士討ちを恐れ、ロケットランチャーや高出力レーザーライフルなどの大型火器は使用できない。
ハサウェイ少尉はそこに付け込み敵のど真ん中に分け入った。
自分たちが戦闘の主導権を握るのは、寡兵で大軍を相手にする際の基本だ。
「!」
高周波ブレードが敵のヘルメットを切り裂き腕を切り飛ばす。
背後から斬りかかる相手には鋭い蹴りを入れた。
あっという間に三名の敵機甲歩兵を葬ったハサウェイ少尉の動きに心を奪われながらも、俺は高出力レーザーライフルをハサウェイ少尉に向けようとしていた遠距離攻撃タイプの機甲歩兵に気付いた。
その敵兵に向けて左手で自動小銃を乱射しながら俺は推進剤をふかし突進した。
慌てふためいて俺に照準を向けようとする敵兵に、俺は高周波ブレードを突き出しながら、そのまま体当たりした。
衝撃で頭がシェイクされ、舌を噛みそうになって、強く奥歯をかみしめた。
敵機甲歩兵の掌が俺のヘルメットを掴み、もがいた。
『助けて』
装甲強化服の接触を通じて届けられた敵の声は若い女のものだった。
「えっ?」
俺が切り裂いた敵の装甲強化服の裂け目から、沸騰した血液が霧になって噴き出した。
敵の身体から力が抜け、俺のヘルメットから相手の掌が離れた。
「ぼさっとすんな、馬鹿野郎!」
ハサウェイ少尉の罵声に俺は我に返った。
高周波ブレードを腰だめに構えた近接戦闘用の敵機甲歩兵が俺に向かって突進してくるのが目に入った。
自動小銃の銃弾を浴びせながら相手の突進を横にかわした。
そして、すれ違いざま高周波ブレードで脇腹のあたりを斬りつけた。
特殊合金製の刃は敵の装甲を軽々と切り裂き、俺はなんとか死地を脱した。
ハサウェイ少尉は五名以上の敵を葬り、ダンもケイもそれぞれ複数の敵を倒していた。
敵は死神のような俺たちと距離をとり、遠巻きにし始めていた。
俺は直感的にマズいと思った。
「敵が離れていきます!」
俺は叫んだ。
このままでは乱戦のメリットがなくなり圧倒的多数の敵に包囲殲滅される。
俺はそのように戦況を判断した。
「総員、全速で後退!」
ハサウェイ少尉も同じ理解をしたようだ。俺たちに撤退を命じた。
「自分は、まだやれます!」
「馬鹿野郎! 欲かくんじゃねえ!」
逃げようとしている敵に追いすがるダンに対して、ハサウェイ少尉は怒鳴り声をあげた。
「ロン、ユリ、援護を頼む」
「サー・イエス・サー」
援護を行ったのはロンとユリだけでなかった。
他の小隊が遠距離攻撃を行いながら、俺たちを包囲しようとしている敵機甲歩兵を側面や背後から攻撃した。
『おめえらだけに、いいかっこさせるかよ!』
第九小隊の小隊長らしき下品でガサツな声がヘルメット内に響いてきたが、それは決して不快なものではなかった。
敵の包囲を破り、冷静になって改めて戦場を見回すと、敵の機甲歩兵は一〇〇名前後、俺たちの数倍だった。
俺は以前行った『一個小隊の機甲歩兵が遭遇戦で五倍の数の敵機甲歩兵と戦わなければならないときの留意点』という研究発表を思い出した。
あの時は単なる机上の話だと思っており、実際にそんな状況に直面するとは思ってもみなかった。
実際に遭遇するとなかなか理屈通りにはいかなかった。
あの時、俺が挙げた留意点はいくつか実行に移せていたが一番重要な部分は実現できていなかった。敵の指揮官を見つけ出し、これを倒して全軍を崩壊に追い込むなど、近代戦では極めて難しいことだと痛感した。
「総員、バッテリー、推進剤、残弾数を確認」
ひと暴れして戦いの輪から後退した俺たちはハサウェイ少尉の指示で装備をチェックした。
「五割を切った装備はありません」
俺は素早く確認すると大雑把な状況を報告した。
この場合、詳細に報告してもあまり意味がない。
「同じく」
他のメンバーからも次々に報告が入る。
「みんなよくやった。特にロン、すごい命中率だな」
「いやあ、それほどでも」
ロンの得意そうな声が聞こえてきた。きっと爽やかな笑顔を浮かべているのだろう。
「強行突入艇を二隻撃破。他に三名の兵士を狙撃で倒している。おかげで我々は生還できた」
ハサウェイ少尉が戦況について語っているのを耳にして、敵兵の言葉が急に脳裏によみがえってきた。
『助けて』
細い指で首を絞められるような感覚に俺は襲われた。吐き気が込み上げてきた。
俺は国民を守るためと教えられて戦闘訓練に励んできた。
あの時、俺があの兵士を殺さなければ、誰かが高出力レーザーライフルで撃たれて命を落としていたはずだ。
それは俺だったかもしれないし、ハサウェイ少尉だったかもしれない。
だから俺は間違ったことはしていない。
しかし、だからといって、人をそれも若い女の子を殺した事実には変わりはない。
身体中が悪寒に襲われた。
「……おい、テツ! 聞いているのか」
通信機が耳元でハサウェイ少尉の声をがなり立てていた。
俺が物思いにふけっている間に何かの指示が出されたのだろうか。
「申し訳ありません。聞き漏らしました」
「しっかりしろ、ここは戦場だぞ……再度、突撃する。オレに続け」
「サー・イエス・サー」
味方の機甲歩兵が敵機甲歩兵の集団と乱戦を繰り広げていた。
俺たちはいったん脱出した修羅場に舞い戻った。
自動小銃で相手に銃弾をぶち込みながら高周波ブレードで止めを刺す。
訓練で繰り返したパターンを機械的に繰り返した。
何人殺したかわからない。心がマヒしてきた。
未来永劫続くかと思われた修羅場も終わりの時が訪れた。
『総員、後退せよ』
第三機甲化中隊を指揮するシュトルム隊長の声がヘルメットの中で響いた。
目の前に現れた近接戦闘タイプの敵機甲歩兵に自動小銃で銃撃を加えて牽制しながら俺は素早く後退した。
周囲を見回すとダンやケイ、ハサウェイ少尉も敵から距離をとっていた。
『何なんだ、一体!』
別の小隊の人間らしい不満のつぶやきが聞こえた。
俺たちは圧倒的多数の敵軍に対し、優勢に戦闘を展開していたはずだ。
しかし、その疑問はすぐに消えた。
近くにいたメタリックブルーの盾をつけた第九小隊の兵士がバラバラに吹き飛ばされたのだ。
「散れ!」
ハサウェイ少尉の珍しくうろたえた声がヘルメットの中で響いた。
装甲強化服に身を固めた機甲歩兵をバラバラに吹き飛ばすなんて対人兵器には不可能だ。
『敵艦の砲撃だ。データを送る。スカイ・キリバスに逃げ込め!』
データマップ上には宇宙都市スカイ・キリバスに流れ弾が当たらないような位置に移動したデルタ翼の敵強襲揚陸艦がいた。肉眼での確認は難しい距離だ。
「マジかよ」
ユリのつぶやきが耳元で聞こえた。
また、ひとり、味方の機甲歩兵がバラバラに吹き飛んだ。
俺たちは恐慌をきたしながら全力で後退した。
恐ろしく精密な砲撃だった。
相手が相手なので、なすすべもなかった。
唯一の救いは敵の機甲歩兵も撤退したことだった。
一瞬、後退する敵の機甲歩兵を追って乱戦を繰り広げていれば、敵の砲撃を受けないのではと考えたが、それは危険な策だとすぐに気づいた。
撤退する敵を追っていけば自軍に帰還するすべを失い、最終的には包囲殲滅される。
もともとこちらの兵力は圧倒的に少ないのだ。
少し離れたところで、撤退する敵に狙撃を加えつつ後退している遠距離攻撃タイプの味方が目についた。盾の色はメタリック・イエロー。うちの小隊だ。
ユリかロンのいずれかだろうが、他の兵と動きが異なるので結構目立っていた。
「!」
その兵士がバラバラに吹き飛んだ。
「おい! ふざけんなよ!」
俺は思わず絶叫していた。
「ロン!」
ハサウェイ少尉の叫び声が聞こえた。
小隊長は自分の部下の状況を常に把握している。
戦死したのがロンであることに間違いはなかった。




