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金星統合軍・機甲歩兵・訓練小隊  作者: 川越トーマ
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13/21

宣戦布告

 軍の中枢にいる人間ならともかく、末端の兵士にすぎない俺たちには十分な量の情報は与えられなかった。

 ただ、反物質製造工場を擁する宇宙都市スカイ・キリバスに移動し、第三機甲化中隊の指揮下に入れと命じられただけだった。地球の軍事訓練のニュース映像を見てから一か月と経っていなかった。

「我々は現在の小隊編成のまま第三機甲化中隊に合流するという理解でよいのでしょうか?」

 俺たちは強行突入艇(通称コバンザメ)の中にいた。

 宇宙都市ニュー・トロントに来た時と同じように操縦桿を握っていたのはハサウェイ少尉で、ニュー・トロントに来た時とは異なり俺たちは全員装甲強化服に身を包んでいた。

ヘルメットは後ろに倒し顔はさらしていた。ヘルメットを閉じるとガス交換装置やらなんやらで電力消費が増える。必要な時以外はこの体勢をとることになっていた。

「そう聞いている。不満か?」

 俺の質問にハサウェイ少尉は正面に視線を固定したまま答えた。

 本来、訓練小隊は、その名の通り正式配属前に装甲強化服の習熟訓練を行うための組織だ。

 正式配属は既存の機甲化小隊に振り分けるというのが通常の対応だ。

「いえ、その逆です。安心しました」

 俺としてはハサウェイ少尉や気心の知れた仲間たちといる方が安心だった。

 しかし、そんな俺の甘っちょろい意見にハサウェイ少尉は不満そうに鼻を鳴らした。足手まといのひよっこが一緒では迷惑なのだろうか。

「自分たちの任務は何になるのでしょうか?」

 後ろから低くかさついた声が聞こえた。ダンだ。

さすがのダンも多少の不安を感じているらしい。ハサウェイ少尉に自分から質問するのは珍しかった。

「反物質製造工場の防衛任務らしいが詳しいことはわからん」

 恐らく本当に聞かされていないのだろう。ハサウェイ少尉の声には不機嫌さが混じっていた。


 金星の衛星軌道上を巡る宇宙都市スカイ・キリバスは、大小二つのドーナツを重ねたような建造物だった。

 小さい方のドーナツはニュー・トロント同様居住区、そして大きい方のドーナツは反物質を製造するための粒子加速器だった。

「スカイ・キリバス防衛のために、何隻か護衛艦も展開しているようです」

 俺は正面に空間投影された宇宙都市を眺めながら、ハサウェイ少尉を補佐する形で索敵用のセンサーにも気を配っていた。

「本当に味方なんだろうな」

「右側に拡大投影します」

 俺は光学センサーが得たデータをコンピュータ処理し、数十キロ離れた空間を航行する艦艇を空間投影した。

「宇宙巡航艦イシュタルだ」

 ロンのつぶやきが聞こえた。

 それは数か月前、俺たちが新兵訓練所のある宇宙要塞サウス・カフカースからニュー・トロントまでの移動に使用した我が軍の最新鋭艦だった。

 レーザー核融合エンジンを搭載した全長三〇〇メートル、全幅五〇メートルほどのサメのようなフォルムの美しい艦は、こちらに背を向け艦首を軌道の外側に向けていた。

 あの時お世話になった乗組員たちは元気にやっているのだろうか。

 ほんの数か月前のことなのに懐かしく感じられた。

「間もなくスカイ・キリバスに到着する。衝撃に備えよ」

 ハサウェイ少尉の緊張した声が俺を些細な感傷から引き戻した。


「訓練小隊、到着しました」

 ハサウェイ少尉は自動ドアが開くのに合わせて凛とした声を放った。

 無重量エリアだが磁力靴を作動させ、床にしっかり足をつけていた。

 そして、見事な敬礼を施した。

「遅いぞ!」

 俺たちは罵声で迎えられた。

 そこは集合場所に指定されていたスカイ・キリバス居住区の機甲歩兵整備室だった。

 恐らく一〇〇人ほどが入ることのできる広い整備室は、予備の装甲強化宇宙服、自動小銃などの武器弾薬、バッテリー、推進剤のボンベなどが壁に沿って整然と並べられた場所だった。。

 正面の壁には白地に緑の丸をあしらった金星の国旗が掲げられ、旗の前で中隊長と思しきエラの張った白髪交じりの軍人が仁王立ちしていた。

 そして、その脇には怜悧な印象が漂う副官と思しき細面の男が立っていた。

 ともに装甲強化服を身に着けヘルメットは後ろに倒した状態だ。

 俺たちが後ろの扉から部屋に入ると、部屋の中で整列していた二〇名ほどの機甲歩兵が一斉に俺たちの方を振り返った。

 全員、正面の二人の男と同じように顔をさらしていた。

「お待たせして申し訳ありませんでした」

 ハサウェイ少尉は、その異様な雰囲気にのまれず、腹の底から声を出した。

 別に約束の時間に遅れたわけではない。

 謝る必要はないのかもしれないが、中隊長をはじめ、ほかの中隊メンバーを待たせた事実には変わりがなかった。

「ほお」

「小娘か」

 殺伐とした雰囲気の中では極めて異質なハサウェイ少尉の美しい容貌は、プラスとマイナス双方の激しいリアクションを引き起こした。強面の男たちの低いつぶやきがさざ波のように広がっていった。

 ある者は好奇と称賛のまなざしを送り、ある者は侮蔑と落胆のまなざしを送っていた。

 ハサウェイ少尉はこういうことに慣れているのだろう。黙って無礼な視線とつぶやきに堪えていた。


「では会議を始める。司令部からの情報によれば一時間ほど前、地球が我が国に対し宣戦布告を行った」

 俺たちハサウェイ少尉の率いる訓練小隊が一番端に並び整列を終えるのを確認すると、中隊長と思しき白髪交じりの軍人が前置きや挨拶なしに話し始めた。

 多少かすれ気味だが、よく響く低い声だ。衝撃的な内容に兵たちの間にどよめきが広がった。

「三〇分後には全国民に対し、ネットワークを使って注意を呼び掛けることになっている」

 額につけている情報端末に『緊急速報』として一斉送信でもするのだろう。

「すでに地球連合軍の宇宙艦隊が金星に向かって進攻中であり、我が主力艦隊はこれを迎撃するべく出撃している」

 彼の言葉は耳に入り理解はできたが、現実のこととしての認識はできなかった。

 どこか遠い星の話か、バーチャルリアリティーのゲームの中の出来事のようだった。

「我々機甲化部隊も、主な拠点に集結し防衛の任に当たることになった」

 俺の想いをよそに説明は続いていた。

「地球は反物質を重要な戦略物資と位置づけている。そのため、ここを制圧するために機甲化部隊を投入してくる可能性が高い。諸君の健闘に期待する」

 中隊長らしき男は胸を張り堂々とした敬礼を行った。

 俺たちも一斉に一部の隙もない敬礼を返した。

 金星艦隊が地球艦隊を撃退すれば、ここが戦場になる可能性は低くなる。

 ただし、金星と地球の軍事力の差を考えると、それは望み薄だった。

 逆に艦隊決戦に敗れた時点で降伏するという選択肢もあるはずだが、軍の上層部は、その決断はしていないらしい。

「引き続きウダイ大尉から作戦の詳細について説明する」

 中隊長らしき男は一歩後ろに退き、代わりに副官らしき人物が一歩前に出てきた。

 顎が細く、目つきが鋭い怜悧な印象の男だ。

「シュトルム隊長に代わって作戦の詳細を伝える……オーダー、エリアマップ開け」

 情報端末がネットワークで制御され、スカイ・キリバス周辺の三次元地図が各兵士の目の前に空間投影された。

「スカイ・キリバスの周辺を四つのエリアに分け、各小隊に担当してもらう」

 四つのエリアは、赤、青、紫、黄色に色分けされていた。

「自分たちの盾の色のエリアが担当だ。分かるな」

 俺たち訓練小隊は盾の色がメタリックイエローなので黄色のエリアが担当だ。

 第三機甲化中隊は俺たちも含め四つの小隊で構成されているらしい。

「サー・イエス・サー」

 見事に声がそろった。

 ウダイ大尉はその後、細々とした決まり事を指示して最後にこう締めくくった。

「全ての小隊は担当エリア内でコバンザメに乗ったまま別命あるまで待機。では配置につけ」

「サー・イエス・サー」

 二〇名ほどの機甲歩兵たちは、回れ右をして一斉に行動に移った。

 一番端の小隊から順次駆け足で部屋の外に出ていく。

「足引っ張んなよ、ひよっこども」

 そんな中、隣に並んでいた青い盾の第九小隊の隊長が凄みをきかせた声を俺たちに投げつけてきた。

 思わず声の方を見ると、温かみのまるでない厳しい視線にぶつかった。

 爬虫類じみた感情の読めない目つきの男だ。

 ハサウェイ少尉は無視を決め込むつもりのようだった。

「聞こえてんのか、おい!」

 ぞっとするような声だった。

「聞こえている。何か返事でもして欲しかったのか」

 相手も自分と同じ少尉だと見て取るとハサウェイ少尉は身も蓋もない言葉を返した。

「なんだと、コラ」

 これでは繁華街に生息しているチンピラと大した違いがない。

 まさか出撃前に乱闘騒ぎを起こすつもりじゃあないだろうなと思いながら、俺は拳を握り締めた。

 悪いことに全員装甲強化服を着用しているので喧嘩になったらシャレにならない。

 後ろからダンのやる気満々の雰囲気が伝わってきた。

「何か文句があるんなら戦闘終了後に聞いてやる」

 ハサウェイ少尉はあくまでも落ち着いていた。修羅場慣れしているのだろうか。

「その言葉忘れるなよ」

 第九小隊の隊長はそう言いながら第八小隊の後を追った。

 遠ざかっていく隊員たちの様子を観察すると、『やれやれ』とか『またか』といったげんなりした空気を感じ取れた。

 どうも第九小隊の小隊長は頻繁にこういうトラブルを起こす人らしい。

「あー、びっくりした」

 後ろから、ロンの素直なつぶやきが聞こえた。

「ふん」

 ダンは少し不満らしい。

「戦闘終了後に、もうひと悶着あるのかな」

 ユリの不安そうなつぶやきが聞こえた。

「文句を言われないだけの戦場働きをすればいい。それだけの話だ」

 ハサウェイ少尉は騒動をそう締めくくった。

 俺たちは第三機甲化中隊の皆さんから見ると、頼もしい援軍ではなく、お荷物、厄介者なのだろう。正規の部隊ではなく、正式配属前の半人前の集団。それは決して不当な評価ではない。

 たしかに半人前でないのは小隊長だけだ。

 だが、それでもやはり俺は腹立たしかった。

 俺はともかくとして、ダンも、ロンも、ケイも、ユリも一騎当千の強者だ。

 俺はそう信じていた。

 幸か不幸か、激しい憤りのために俺の中から戦場に赴く不安と恐れが吹き飛んでいた。

 もし、第九小隊の小隊長が新兵の心理をそこまで読んでいるとしたら大したものだ。

 恐らくそうではないだろうが。

「行くぞ」

 俺たちはハサウェイ少尉に付き従って整備室を後にした。


 俺たち訓練小隊の六名は指定された宙域の宇宙空間で強行突入艇に乗ったまま待機していた。

 操縦桿を握っているのはハサウェイ少尉、俺はその隣で索敵を担当していた。

「索敵システムの情報を正面に拡大投影しろ」

「正面に拡大投影します」

 俺は軍のネットワークで配信されている戦力配置図を正面の空間に投影した。

 広大な範囲に戦力が点在し、各人の情報端末では見づらい内容の情報だった。

 表示されているのは、あくまでも索敵システムで判明している分だ。

 ステルス性が高く感知できない艦艇もこのほかにいるはずだった。

 地球艦隊は三列横隊で、金星に向け進軍中だった。

 わが軍は主力艦隊が金星から少し離れた宙域で地球艦隊に対し横列で展開し、小規模な二つの艦隊が、主力艦隊の後方、宇宙要塞サウス・カフカースの周辺と、反物質製造工場のある宇宙都市スカイ・キリバスの周辺に展開していた。

「地球艦隊の一列目は戦艦、巡航艦、駆逐艦、二列目は航宙母艦、強襲揚陸艦、三列目は補給艦と思われます」

 俺は索敵システムのデータを読み上げた。

 あえて口にしなかったが一列目の戦闘艦の数だけで金星の主力艦隊の三倍を超えていた。

 我が軍は数的に圧倒的に不利な状況にありながら敵の陣形を崩すような艦隊運動をしようとせず、一列横隊でただ敵を待ち構えるだけだった。

 おまけに拠点防衛用に戦力を分散させている。

 ステルス艦隊など、索敵システムが補足できない戦力を隠し持っているならともかく、多数の敵と戦う際の戦術としては極めてマズい。

「映像出せるか?」

「出せます」

 返事とともに、戦力配置図を右側にずらし、金星主力艦隊の旗艦が配信しているライブ映像を正面に映し出した。ついでに全艦に対する通信もスピーカーから流すようにした。

 補正をかけた拡大映像で、こちらに艦首を向けて近づいてくる敵艦の姿が見て取れた。

「ハンニバルだ」

 後ろからダンのつぶやきが聞こえた。

 敵艦隊の中央に位置していたのは、かつてニュース映像でその姿を見た最新鋭の高速戦艦だった。

「難攻不落の移動要塞か」

 ロンの空疎な声がダンに続いた。

『攻撃用ドローン発進』

『ドローン発進します』

 スピーカーから、味方艦隊内部のやり取りが聞こえてきた。

「始まった」

 ユリの声は震えていた。

 後方に控えたウミガメのような姿の双方の航宙母艦から次々に無人攻撃艇が発進した。

 人工知能と遠隔操縦により、敵の艦艇にミサイル攻撃を行う小型艇だ。

 味方大型艦の射線を塞がないように、横一列に展開している艦隊の『上下』から、敵艦隊に近づいていく。

『迎撃開始』

 防御用のパルスレーザー砲が無人攻撃艇を打ち砕き、迎撃ミサイルの爆発光が煌めいた。

 何割かの無人攻撃艇は防衛網をかいくぐり、敵艦に向けてミサイルを発射した。

 それぞれの艦隊周辺で爆発の花が開いた。

 我が軍の艦隊旗艦の近くでも爆発が起こった。

 戦力配置図の光の点がいくつか消えていく。

『巡航艦ディオーネ大破』

『駆逐艦フェーベ撃沈』

 現実感がまるでないが、あの光の点一つには何十人も人間が乗っているはずだ。

 口の中が渇いてきた。

 気がつくと金星艦隊は加速を開始し両艦隊の接近する速度が速まっていた。

 圧倒的に数が多い敵無人攻撃艇の攻撃を嫌がり艦艇による砲雷撃戦を望んでいるようだった。

『砲撃開始!』

 加速に併せて金星艦隊は超電磁砲による砲撃を開始した。

 しかし、残念ながら地球艦隊には当たらなかった。

 実体弾による攻撃は、宇宙空間では空気摩擦による威力の低下などは生じないが、距離が遠ければ命中精度は当然低下する。

 地球艦隊はハンニバルの位置はそのままで両翼が加速を開始した。

 そんな中ハンニバルの周囲で複数の爆発が起きた。

 距離が縮まることによって命中精度が上がり超電磁砲の近接信管が作動したらしい。

「やったか」

 ロンの歓喜の声が聞こえた。

 しかし、映像の中のハンニバルには何のダメージもなかった。

「化け物か」

 ユリのつぶやきが聞こえた。噂通りの馬鹿げた重装甲だ。

 小型艦なら撃沈されていてもおかしくなかった。

 両翼の加速に伴って地球艦隊の陣形がハンニバルを中心にV字型に変形し始めていた。

 火力が金星主力艦隊の中央部に効率的に集中するような陣形だ。

「まずいな……」

 俺は思わずつぶやいた。

 同時にハンニバルの艦首で超電磁砲の発射光が煌めいた。

 一瞬遅れて映像に強烈なノイズが入り、消えた。

「どうした」

 背後でダンがうめきに近い声をあげた。

 味方主力艦隊中央部を現す戦力配置図の光の点が次々に消えていく。

「嘘だろ、おい」

 後ろで叫ぶロンの青ざめた顔が見えるようだった。

 地球艦隊は一割も数を減らしていなかったが、わが金星の主力艦隊は六割がたが戦力配置図上から消えた。

 しかも消えたのは戦艦や航宙母艦などの大型主力艦ばかりだった。

 実感がまるで湧かないが、この短い戦闘で我が軍の何百人もの人命が失われたのだ。

『おお、神よ』

『誰か指示してくれ!』

『機関停止、至急、救援を乞う!』

 スピーカーからは叫び声や呻き声が大量に流れてきた。

 戦場の片隅にいながら俺たちは何もできなかった。

 悪寒が走り胃の底から吐き気が込み上げてきた。

 重苦しい沈黙が強行突入艇の中を支配した。

「残念ながら、オレたちの出番もありそうだな」

 しばらくして沈黙を破ったハサウェイ少尉の声も精彩を欠いていた。

 金星主力艦隊の中央部を食い破った地球艦隊は艦隊を二つに分け、残った金星の戦闘艦艇に対する掃討作戦を開始していた。

『こちら巡航艦イシュタル。主力艦隊の救援に向かう』

 宇宙都市スカイ・キリバスの周辺に展開していた小艦隊は友軍の救援に向かった。

 しかしタイミングが遅すぎる。

 主力艦隊の残存兵力は援軍と合流する前に駆逐されてしまうだろう。

 なんていうお粗末な用兵なんだと俺はこぶしを握り締め歯を食いしばった。

 何もできない自分にも腹がたった。

 戦場の映像をライブで配信する艦艇はいなくなっていたため、俺たちは戦闘の状況を戦力配置図と通信機を駆け巡る音声で把握した。

 戦力配置図の光の点は一つ、また一つと消えていき、怒号や悲鳴、呻き声など言葉にならないノイズが充満した。

 消えていく光の点には、宇宙巡航艦イシュタルのものも含まれていた。

 金星の残存艦艇は宇宙要塞サウス・カフカースに向けて撤退を開始していたが、その数は極めて少なかった。

 結局、地球の主力艦隊は数をほとんど減らさずに宇宙要塞サウス・カフカースに向った。

 そして、極一部がこちらに、宇宙都市スカイ・キリバスに移動を開始した。

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