訓練小隊に配属されて四か月後
「ブルーリーダーから各員へ、初期目標は敵ドローン。データを転送する」
俺たちは宇宙都市ニュー・トロントに隣接するドライアイス製造工場外側の宇宙空間で模擬戦闘訓練を行っていた。
太陽が金星の陰に隠れており暗かった。そのため、光学モニターだけでなく赤外線センサーやレーダーも駆使して周囲の状況の把握に努めていた。
味方は敵味方識別信号でマップに位置表示させているので手に取るように居場所が分かった。
俺とダンが五〇メートルほど離れて左右に展開し、遠距離攻撃タイプの装甲強化服を身に着けたロンは二〇〇メートルほど後方に位置していた。
俺たちは男性チームと女性チームに分かれ、相手チームのリーダーを『撃墜』した方が勝ちというルールで戦っていた。
便宜的に男性チームのリーダーは俺、女性チームのリーダーはケイと定められていた。
人数の都合上ハサウェイ少尉も参加していたが、チームリーダーにならなかったのは『それじゃあ訓練にならんだろ』という理由だった。
「おい、敵のドローンがその位置だと、こっちの位置はもう敵にばれてるんじゃねえのか」
ダンが『上方』に向けて自動小銃の模擬弾をばらまきながら軋むような声を上げた。
最初は装甲強化服が着用できなかったダンだったが、過酷なダイエットの結果、二週間ほどで無事既製品の装甲強化服を着用できるようになっていた。
単純に痩せるという選択を彼はしなかった。
糖質と脂肪の摂取を極度に制限しつつ、たんぱく質の摂取とトレーニングは継続した。
その結果、プロレスラーのような体形だったダンは皮下脂肪の異常に少ないボディビルダーのような体形へと変化を遂げていた。ちなみに顔は小さくならず厳ついままだった。
スタート時点では俺たち両軍は円筒形の構造物の反対側に位置していた。そのため、お互いの様子はよくわからなかった。
そこでリーダー機は偵察用の小型ドローンを二機づつ飛ばして敵情を探っていた。
実戦でも状況に応じて同じことをするようになっている。
敵のドローン二機は俺たちの頭上をジグザグに飛び回っており、俺とダンで自動小銃を乱射したが一向に命中する気配がなかった。
しかし、遥か後方から一条の光がドローンを照らしドローンは活動を停止した。二機ともだ。
「次はどうするんだ」
ロンの声が通信機から響いた。相変わらず爽やかな声だ。
小さく動きの激しいドローンを補足するのは難しい。それなのに、ロンは二〇〇メートル以上離れた距離から二機のドローンをたちどころに『撃墜』した。恐ろしい射撃能力だ。
模擬戦なので本物の高出力レーザーを使用しているわけではなかったが、命中すると模擬戦用のアプリによって、即、『撃墜』の判定がなされることになっていた。
「直ちに移動し敵を攪乱。その上で次のターゲットを狙撃兵に設定」
俺はロンに指示しながらわざと急上昇を行った。小刻みな回避運動は忘れない。
自分を囮に相手を誘い出すつもりだった。
「おい、上昇するな。狙われるぞ!」
ダンの罵声が耳元で響いた。負けず嫌いのダンとしては俺の不用意な動きで模擬戦に負けるのは我慢ならないことなのだろう。
「!」
俺の思惑通りユリが食いつき俺のいた場所をレーザーが切り裂いた。
火器を使用することでこちらのドローンの赤外線センサーがユリの所在を割り出した。
「敵の狙撃兵を発見、データを送る」
「俺がやる。サポートしろ」
ダンの威勢のいい声が聞こえたが、ダンひとりに任せるつもりはなかった。
戦闘は常に相手よりも多い戦力で行うのが基本だ。
ロンの射撃支援の下、俺とダンの二人でユリを片付け、狙撃兵の支援がなくなった状態で敵のリーダーであるケイを二人で狙う。俺の大雑把な作戦はそんな感じだった。
「ロン、援護射撃してくれ」
「了解」
残念ながら無重量環境では放物線を描いた攻撃はできない。
直線的な攻撃は相手に自分の身体をさらすことにもなる。
ロンが推進剤を使って移動しながら『上方』からユリへの攻撃を開始し、俺とダンが二方向からユリに向かって突っ込んだ。
その瞬間、俺に殺気が襲い掛かってきた。
俺の脳波に反応して推進装置が悲鳴を上げた。
真横への急速移動でGが俺の横っ面をひっぱたいた。
殺気の正体はケイだった。
近接戦闘タイプの装甲強化服が猛スピードで俺のいた空間を貫き、俺の後方空間へと通り過ぎていった。
ギリギリのタイミングで、ケイのシナイの切っ先をかわした俺は、体勢を立て直し、自動小銃の銃口を後方のケイに向けた。
自動小銃に関しては一発や二発、模擬弾が命中しても、アプリは『撃墜』の判定を下さない。
実際の戦闘でもそうだからだ。
近接戦闘タイプの場合一撃で相手をしとめることができるのは高周波ブレードによる攻撃、訓練の場合シナイでの一撃だった。
しかしケイが相手では一対一でシナイでやりあうリスクは冒せなかった。
俺は自動小銃を乱射したが、推進装置を意のままに操るケイは、まるで木の葉が舞うように俺の攻撃をかわして俺に迫ってきた。
「ちっ」
俺は高度をとらないように注意し、背中を工場外壁に向けて仰向けで『飛行』した。最大出力だ。
モニターに意識を集中するとダンがユリに襲い掛かっていた。
本来の作戦では俺もユリへの攻撃に参加しなければならない。完全に分断されてしまった。
モニターに注意を凝らすと、ロンに急速に近づく陰に気付いた。
「逃げろ、ロン! 少尉だ!」
「くそ!」
ロンからの通信はそれが最後だった。
装甲強化服の内部で空間投影されていた敵味方識別信号を表示するマップからロンの信号が消えた。無線も封鎖となった。模擬戦闘用のアプリは本当によくできている。
「ダン、ロンがやられた」
「こっちはユリを黙らせたぞ」
戦力比は二対二。ケイを倒すことができれば俺たちの勝ちだ。
「ダン、合流できるか?」
「けっ、情けねえ野郎だ!」
俺たちまでの距離はハサウェイ少尉よりも、ダンの方が近いはずだ。
ダンと俺の二人がかりでケイを倒す。ケイに逃げる気はないようだった。
俺は左手で自動小銃を乱射しながら、右手でシナイを鞘から引き抜いた。
『飛行』コースを変え、ダンと俺でケイを挟撃する態勢を整える。
この四か月で多少は俺も強くなっているはずだ。
休日をつぶして訓練に時間を費やしていたのは無駄にはなっていないと信じたい。
しかし、その訓練にはケイも参加しているので、ケイもまた腕を上げている。
俺とダンは二方向からケイに迫った。
タイミングを合わせているので仕損じることはないだろう。
小柄な女の子に大の男二人がかりというのはみっともないかもしれないが、ケイに手心を加えるなど、逆に失礼だ。
二方向からの銃撃でさすがのケイも何発か被弾した。
しかし、ひるまず俺に迫ってきた。
「悪いな。ケイ」
俺は勝利を確信した。
ダンとの挟撃は確実に成功する。一方ハサウェイ少尉は間に合わない。
しかし俺の確信をあざ笑うかのように、ヘルメットの中でアラートが鳴り響き、俺の装甲強化服は自由を失った。
『撃墜』の文字が空間投影され、無線が沈黙した。
ケイに斬りつけられたわけでも自動小銃の模擬弾を浴びせられたわけでもなかった。
「なんだ。どうしたんだ」
ハサウェイ少尉の位置は確認していた。ロンを倒した場所からほとんど移動していない。
まさかユリの遠距離攻撃か? しかし、彼女はダンが倒したはずだ。
「残念だったな」
一〇秒ほどの停止状態から装甲強化服の機能が回復し、無線機からハサウェイ少尉の声がこぼれてきた。
「自分は納得できません。何ですか一体!」
呆然としている俺に代わって、勝利にこだわるダンが吠えた。
「高出力レーザーライフルによる狙撃だ」
それはわかっている。
しかし、こういう展開を恐れたからこそ、真っ先に狙撃手であるユリを倒したはずだ。
「ユリは自分が倒したはずだ!」
なおも吠えるダンをロンの声が遮った。
「みんな悪かった。ライフルは少尉にとられた」
俺は想定外の答えに愕然とした。他人の装備を奪って使うなんて……
「戦場にあるものは何でも活用しないとな」
ハサウェイ少尉の声は上機嫌だった。
「いやあ、作戦通りの展開だったろうに残念だったな」
俺の目の前で長い髪のハサウェイ少尉は、子供のような笑顔を浮かべていた。
太陽のように明るい美しさに一瞬心を奪われそうになったが残念なことに彼女は軍の上官だった。
「残念です」
馬のしっぽ亭で俺たち六人はいつものように夕食を囲んでいた。
メニューは、ブロッコリーとカリフラワーのサラダ、スライスしたバケット、人参とジャガイモのたっぷり入ったビーフシチューだった。
ダンはダイエット継続中のため、バケットには手を付けようとはしなかった。
「常に複数で相手を攻撃する状況を作り出す。見事なもんだ」
ハサウェイ少尉は俺の作戦運用をほめてくれたが、慰めにはならなかった。
彼女たちはそうした緻密な作戦を戦闘能力でひっくり返したのだ。
「わたしは、ハサウェイ少尉の助けなしに決着をつけたかった」
小さな子供が拗ねるような視線を俺に送りながら、斜め前でケイが口惜しそうにつぶやいた。
ショートボブの髪は、ふんわりと柔らかそうで、肌はきめ細かく白かった。人形のような雰囲気は以前のままだが、最近は少し感情が読み取れるようになってきた。たまに可愛らしい仕草を見せることもある。
「おお、悪かったな」
ハサウェイ少尉はそう言ったが、あの場をケイ一人で凌ぐのは厳しかっただろう。
ケイが捨て身の攻撃でなんとか俺を倒しても、その直後にダンに倒されるのは確実だった。
まあ、その場合でも、相手チームの勝ちではあるが。
「バケットは食べ放題ですから、おかわりが必要だったら言ってくださいね」
ポニーテールの若いウェイトレスがロンの横で微笑んだ。
「ありがと」
ロンが愛想よく笑顔を彼女に向けた。
ウェイトレスは少しはにかんだ様子で厨房に戻っていった。
「今日は模擬戦だったんですか」
隣のテーブルに座っていたニュー・トロント市長のロベルト・マオが、ウィスキーのグラスを手に、脂ぎった笑顔をハサウェイ少尉に向けた。
「ええ、男性チームには気の毒ですが、女性チームの勝利でした」
ハサウェイ少尉は無邪気ともいえる笑顔を浮かべていた。
「女性チームには隊長さんがいるんですから、当然でしょう」
「まっ、男性陣も、もっと頑張ることじゃな」
市長の正面に座り、黒ビールのグラスを手にフィッシュアンドチップスをつついていた総白髪のバッハ自治会長がニコリともせずに会話に参加してきた。
俺は多少げんなりしながら天井付近に空間投影されていたニュース映像に視線を転じた。
気になる映像が視界の隅を横切ったからだ。
『本日、地球は月軌道上で大規模な軍事演習を行いました』
恐らく地球連合軍の広報部が撮影した映像だろう。
女性ニュースキャスターの理知的な声に続いて、マッコウクジラのようなフォルムの白銀の宇宙戦闘艦が画面いっぱいに広がった。
艦体の中央部には高出力レーザー砲のものと思われる旋回砲塔がいくつも見受けられ、丸っこい艦首には超電磁砲やミサイルの発射口を六個以上数えることができた。
「最新鋭高速戦艦ハンニバル」
俺の視線に気づいたケイが地球の戦闘艦を見ながら静かな声でつぶやいた。
その艦なら俺も知っている。現在、地球連合軍が保有する宇宙戦闘艦の中では最高の火力と最高の速度、そして最長の航続力を持った宇宙戦艦だ。
推進機関は最新鋭の対消滅エンジン、つまり燃料は金星がつくっている反物質だ。
「地球の奴らに言わせると、難攻不落の移動要塞らしいな」
ハサウェイ少尉が俺とケイのやり取りに気付いて会話に参加してきた。
ハサウェイ少尉は一人だけ上官という孤独な立場だ。ひょっとしたら話の輪の中に入りたいのかもしれなかった。
「鏡面塗装と分厚い装甲で光学兵器による攻撃や超電磁砲による攻撃への耐性も高いとか」
俺はハサウェイ少尉の話に乗った。
「ああ、だが無敵の兵器など存在しない。どんなものにも攻略方法はあるもんだ」
ハサウェイ少尉は言葉のキャッチボールに満足したのかニヤリと笑った。
『我が国が貿易を通じて火星と関係を深めることに対し、地球政府は不快の念を表明しています。反物質の火星への輸出禁止を要求する地球政府に対し、金星政府は貿易自由の原則を訴えており関係が悪化しています。今回の軍事演習は我が国に対する示威行為の色彩が強いと言われていますが、その根拠となっているのがこちらの訓練映像です』
女性ニュースキャスターの発言に応じて宇宙戦艦ハンニバルの画面が切り替わり、代わりに月軌道上の小惑星の姿が映し出された。
鉱物資源採取のために運ばれてきた地球近傍小惑星で直径は確か二キロほど、我々が生活している浮遊都市や宇宙都市と同じくらいの大きさだ。
その小惑星におびただしい人数の機甲歩兵が制圧射撃を行いながら降下していく。
我が軍の機甲歩兵とよく似たデザインだったがヘルメットがのっぺりしており装飾性は皆無だった。
『ご覧の宇宙拠点に対する制圧訓練ですが、御存知のように地球の仮想敵国である火星には宇宙拠点はあまり存在しません。この訓練は明らかに我が国を想定したものと考えられます』
「すごい数だな」
画面に見入っていたダンが素直な感想を漏らした。
確かに我が軍には存在しない機甲歩兵の大部隊だ。
金星の機甲歩兵は全てかき集めても一〇〇名に満たないだろう。それに対し、画面に映っている地球の機甲歩兵は少なく見積もっても三〇〇名は超えていた。
「来るかな、ここに」
「まさか」
俺のつぶやきにロンが瞬時に反応した。
「地球が我々を攻撃するはずはない。どれだけの地球資本が浮遊都市に投下されていると思っている」
マオ市長が丸く脂ぎった顔を紅潮させて俺とニュースキャスターに異を唱えた。
ケイとユリも俺たちの会話に顔を向けた。
ボーイッシュなユリの目には彼女らしくない不安の色が浮かんでいた。
「それだけに地球としては許しがたいじゃろうな。金星政府が火星にいい顔をするのは」
バッハ自治会長が普段と変わらない皮肉な口調でつぶやいた。
「地球政府としては、反物質が火星にわたるのは何としても阻止するだろうな」
ハサウェイ少尉は淡々とした口調だった。いつもの明るさは影を潜めていた。
間違っても戦争になどなって欲しくはない。俺は切実にそう願った。




