竜虎決戦
「早速、日本本土の状況を教えてくれ、」
「1944年8月7日に米軍は鳥取砂丘に上陸、敵の総兵力は12万です、」
「本土防衛中の我が総兵力に近いな」
「敵は兵庫と京都に南進を開始しており、中国山地などを利用して、
遅滞戦術を続行、しかしながら大阪の戦闘は避けられないでしょう」
「大阪港を確保して補給を万全にするつもりだな、
本土部隊を移動させても米軍は当分気付かないと考えていたが、
やはり、情報が筒抜けか、、、これほど早く行動してくるとは予想外だな、
連合艦隊はいつ到着する?」
「海軍からの情報によると硫黄島近海の残存艦隊の掃討と修理の為、
まだ時間がかかるとのこと、」
「おそらく米主力艦隊が日本海にいると思われるが無闇に攻撃しても、
返り討ちにあうだけだろう、つまりは我々陸軍だけで追い返す必要があるな、
お前に3万の近衛師団の運用を許可しよう、」
「本当ですか!?」
「ああ、陛下から御許可を承った紛れもない事実だ、
近衛師団を好きに使っても良い、だが陛下は依然として宮にあらせられる、
米軍を絶対に東京に入れるな、」
「我が命をかけてでも任務を遂行して見せます、」
「よし、米軍を日本から追い返すぞ、」
日本は避難指示などで遅れを取ったが防衛陣地の形成に成功、
どうしても補給路を確保したい米軍と戦闘した、
試作品の五式戦車チトや四式戦闘機疾風の活躍もあり、
初めて見る新兵器に米軍は混乱した、
大阪港、京都港の確保に失敗した米軍は山口、岡山にも上陸、
広島港の確保に目標を変えたが広島港に居た中国からの帰還部隊により撃滅、
近畿上陸部隊も撃滅し本土の戦いに勝利、
その時中国への進軍を開始し10月25日に重慶を占領、
11月2日に日中戦争に勝利した、
それにより中国の共産党などの用心が処刑された、
この勝利により日本は多くの土地を手に入れる事になる、
そしてエ号作戦を開始、
印国に攻勢を開始しヒマヤラ山脈、アラカン山脈から、
そして日本軍はポンデシェリなどに上陸、
海と陸の攻撃により、
4月18日にデリーを占領、
1945年7月25日、
サイパン島から敵爆撃機が硫黄島の防空圏を破り、
目標は関東周辺と予測された、
偵察によるとB29が500機、
その為護衛機多数、
だが初の国産ロケット戦闘機秋水により、
敵機は爆撃を中止した、
1945年12月25日、紅海
日本第一主力艦隊を使い、
大量の輸送船団と共にスエズ運河に上陸、
地中海を跨いだドイツとの戦闘で疲弊した連合軍の横をついたが激しい反撃をくらい、
一時は失敗かと思われたがイタリアからのドイツ軍の支援により成功した、
ここを封鎖すればアメリカの支援は、
希望峰航路を使わねばならなくなる、
これにより従来の3倍の距離を移動しなければいけない、
さらに南アフリカ沿岸に伊四百型潜水艦を派遣、
連合軍の東周りでの太平洋、インド洋の侵入を徹底的に排除した、
紅海で空母六隻での大海戦が始まり、
日本軍は戦艦何隻かの被害で敵空母二隻を撃沈した、
1月18日には完全なる占領が完了した、
その時スマトラ島、ジャワ島、ボルネオ島にアメリカ軍70万以上が上陸、
ボルネオ島には40万が上陸し、
1945年2月5日にマラッカ海峡での大海戦が発生、
日本の新型機である戦闘機烈風、爆撃機流星により敵空母を何隻か撃沈、
その間に戦闘が近接化し複数回戦艦の砲撃戦が行われた、
この間に大和、武蔵が大活躍し敵空母を沈めることに成功した、
制海権を失い、補給も乏しい米軍を蹴散らし、
ジャワ島に篭った米軍と激戦の末に勝利した、
だがドイツのハンブルクに核爆弾が投下された、、、
そして親衛隊であったヒムラーの死亡が確認された、
1946年7月30日に日本軍はオーストラリア、ニュージーランドに向けて進軍、
キャンベラ、シドニー、バース、オークランドに上陸、
オーストラリアは戦いの激化を避けて市民を守ることを優先し、
1946年10月10日に降伏した、
だが吉報だけとも行かなかった、
連合軍がヨーロッパ上陸が成功してしまったのだ、
アイルランド北部、フランス西部に上陸しイギリスはもう虫の息であるそうだ、
しかも東部戦線でのモスクワ占領が失敗、敗走を続けている、
ドイツはもうじき終わってしまう、、、
ライン川、フランス南部の防衛に成功しているが数百万の敵を防ぐのは無理だろう、
原子爆弾、地獄の陸上戦、ドイツの為にも我々は止まってはいけない、、、
そう止まってはいけない!!!!!
我々はこれからアメリカを討ち‼︎止めて見せるのだ‼︎
小国の叫びを‼︎
アジアの下剋上を‼︎
今ここに‼︎戦争の終わりを!!!!!!!
疲れた明日も出来たら投稿します
次回、大東亜戦争




