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銀の歌ーGoodbye to Fantasyー  作者: プチ
第3章 第2節 異業種と墓地
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幕間 悪意の根城 ②


 暗い部屋の中、燭台に灯る僅かな火だけが、部屋を照らす。


 白いクロスがかけられた長いテーブルは、貴族の者達がよく好むものだ。自分の品位を保つためだとか、色々と理由はあるのだろうが、この部屋にいる者においては、そういった理由は当てはまらないだろう。


 そもそも客人が一切来ないのだから。

 来るのは身内だけだ。


 白いクロスの上に置かれたカップの中を、くるくるスプーンでかき回す。しかし本来なら鳴るべきであろう、飲み物の波打つ音は聞こえなかった。代わりにカランカランと、スプーンがカップに当たる音だけが響く。


「茶ーくれよ」


 ぶっきらぼうな態度で、偉そうに言う。


「マイちゃん。お願い」


 それでもこの場にいる者達は、彼の態度をなんら咎めない。むしろにこにことした笑みを浮かべ、歓迎すらしているようである。マイちゃんと呼ばれた給仕服姿の女性は、素直に彼らの言葉に従うと、ポットを使って、カップの中に温かい飲み物を注ぎ始めた。


「はい。どうぞ」


「おう」


 心遣いを受けたというのに、荒くれた態度の男は、女性に目も合わせない。当たり前だとでも言うように、それをひったくるとカップに口をつけた。そこには品位のかけらもない。マナーにうるさくない人だとしても、この粗野な振る舞いには、流石に怒りそうなものだが、それでもこの場にいる二人は怒ったりしない。給仕服姿の女も、眼鏡を顔にかけた男も、何も言いはしない。


「おら!! もう一杯だ! マイノグーラ! 茶ー!!」


 粗暴な男は彼らの反応を見て、さらに横着した態度を取り始める、テーブルの上に足までかけだした。

 だが彼らは怒らない。にやにやと笑みを浮かべて、指示に従うだけである。とぽぽと空になったカップに、再度温かい琥珀色の飲み物が注がれる。


「おい……。なんで俺がこんなことしてるか……聞かねぇのか? 肥溜めに溜まったくそども」


 がりがりと、火傷によって爛れた左側の顔をかきむしって、粗暴な男は問いかけた。


「……もちろんだよ。大王……! 僕らの中で一番まともな君が、無意味にそんなことをする訳がないもの!」


 ばっと両手を広げながら、眼鏡をかけた男が言った。


「カリナ……だったら分かるよな? 俺が今むしゃくしゃしてるってことくらいは」


 眼鏡をかけた男──カリナはうんと頷くと、もともと細い糸目をさらに細め、いやらしく口元を吊り上げた。


「義に厚い君のことだ。大方マーガレットのことだろう? ねっ、マイちゃん」


 同意を求めるように、女の膨れた腹に触る。


「きゃっ! エッチですわ。旦那様!! そこには私達の子がいらっしゃいますのに……!」


「これはごめん」


 彼らが交じり合ったわけでもないことを、粗暴な男ーー大王はよく知っている。だから彼にとってこれは茶番でしかない。というよりそもそも茶番なのだろう。この二人にできることといえば、人をイラつかせることか、あるいは人の怒りに油を注ぐくらいのものだ。


「殺すぞ……?」


 自分の椅子に立てかけてあった、穂先が三つに分かれた槍を、くるりと回転させて大王は手に持つと、それの穂先を突きつけた。


「ああ……ごめんごめん。刺されたら死んじゃう。やめて!」


「そうですわ! 死んでしまったら……死んでしまったら……死なないからどうでもよかったですわ!」


 それを聞き大王は、手に取った槍でこの二人の首を刈り取った。素早い槍さばきに二人は反応できず、無様な姿を晒した。

 槍の上で二人の首が仲良く並んでいる。


「本当にやっちゃうんだから。もう冗談通じないなぁ〜」


「そうですわぁ」


 首だけになったというのに、まだくだらない戯言を話せるこの二人は、常人が見たらそれだけで発狂ものなのだろう。でも大王にとっては、これも日常の一部になっていた。


「いいから。俺の質問に答えろ。なぜ、マーガレット一人に行かせた? 俺はぁてっきり、誰かをつけるもんだと思ってたが……? あ、どうなんだ?」


 憤懣に満ちた瞳からは、嘘をつこうものなら八つ裂きにしてやるぞ、という意思がありありと見えた。


「…………護衛ならつけてるよ」


 遠くの方を見ながら人ごとのように言う。身体がないためできないのだろうが、あったなら確実に、肩をすくめておどけていたはずだ。


「ヴゲラ・ズーバだろ? あいつは弱い。とても護衛が務まるとは思えねぇよ」


「ええ〜ひっどい……! 大王は仲間のことを信じていないの!」


「そうですわぁ! ぷんすかぷんぷんぷん」


 茶化した言葉ばかりが返ってくる。どこまでも大王の言葉に、真剣に向き合う気がないらしい二人は、ニタニタと笑っている。だが彼もまた、この二人のように不気味な雰囲気を持つものである。彼らの茶化しにも容赦なく対応する。


 マイノグーラと呼んだ女の目に、人差し指を突き刺した。


「ッア」


 そのままグリグリとかき回すと、さらにもう一本中指を差し込んだ。


「あのなぁ。勘違いしてるようだから言うけどよ。死なないなら死なないで、痛みを感じないならないで、苦しませる方法なんていくらでもあるぞ?」


 グリグリと抉りこむ大王は、冷たい眼差しで見下ろした。客観的に見ても不死性がありそうな彼らは、自分が粉々にされるのを嫌がるそぶりはない。このまま動かなくなるまで槍で突き刺したところで、翌日には何もなかったように、挨拶することだろう。


 だからこそ大王は今、不快感だけを的確に与えている。仮に痛覚がなかったとしても、【触れられているという感覚】を二人は持っている。つまり触覚はあるということだ。そして普段触られない場所を、他者に弄られると言うのは、意外にも、言葉では言い表せない不気味な感覚があるものだ。


 彼女はピクピクと顔を引きつらせて痙攣させる。指が突っ込まれていない方の目も、どこか宙を向き放心していた。


「それと仲間の能力を分かっているからこそ、向いてねぇつったんだ。あいつにはあいつにしかできないことが、いくらでもあるだろ」


 これくらいで十分だろと、赤く染まった指を引き抜くと、それを大王はなめとった。


「うん。分かった。僕が悪かった。頼むからやめて……。ね?」


 カリナは隣の生首の様子を見て、すっかり怯えたのか引きつった表情だ。大王はそんな彼を横目に見る。でも情けをかける素ぶりはなくて、むしろ侮蔑的な視線をカリナに送った。まだ彼の胸中には、殺意の感情があるみたいだ。


 獣の勘か。カリナはまずいと感じたらしい。「そうだ」と取り繕うように彼は言った。


「大丈夫だよ、大王。あそこにはちょうど、ほら……【いる】から。アレがマーガレットを、僕らのお姫様を守ってくれるはずだよ。仮に彼女が捕まったりしても、助けてくれるはず……! ね? そうでしょ!」


 口早に言うと、目を泳がせた。苦しい言い訳でしかないのだろう。だがカリナの言葉は、思った以上に大王を戸惑わせた。今はもうない彼の左目が、蠢いたと錯覚するほどに。


「いるのか? そこに。あいつが?」


「うん」


 すると大王は途端に脱力した。「焦らせやがって」言うと槍をふるって、二つの生首を地面に落とした。

 それで彼らは許されたんだと思い、二人して笑顔を見せ合った。だがホッと一息つく間も無く、彼らの顔はアルミ缶が押しつぶされるように、縦にくしゃりと歪んだ。


 大王が踏みつけたのだ。自分の全体重を乗せて。


 大王は何も許したのではなかった。ただ安心できる材料を聞き出すか、マーガレットを助ける何かをやらせるかしておきたかったのだ。それが分かった今、この二人は用済みである。であれば不快な笑い声や悪辣な顔を、これ以上見たくない彼が、このようにするのは道理であった。


「ふぅーーーーーーー」


 長いため息をつくと、大王はまた席について、すっかり冷めた茶を啜った。


「あら。ごめんなさい。すっかり冷めちゃいましたね。また入れましょうか?」


「うん。それがいいかも。飲み終わったなら、また入れる?大王」


 何食わぬ顔で、五体がしっかりそろっている彼らを見た時、全てが無駄だったと悟って、天を仰いだ。その様子を見て、流石に申し訳ないと思ったのか、カリナは朗らかに声をかけた。


「ごめんね。僕らだいぶ異次元な存在だから。そのかわり償いと言ってはなんだけど、僕もこれから行ってくるとするよ。あそこには【彼女】も埋められることだし。回収……しないとね」


 有言実行だとばかりに、それだけ言うと、すぐに扉を開いて部屋から出て行った。

 後に残った二人の間に会話はなく、気まずい空気だけが流れている。もちろん大王は、この空気を打開する気はさらさらなく、むしろ話しかけないで欲しかった。

 だけど何だかんだ言って、腹の膨れた女は、大王に懐いているので、彼を気遣うように笑顔で問いかけた。


「紅茶……いります?」


 大王は「はぁ」と、またため息をついた。

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