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銀の歌ーGoodbye to Fantasyー  作者: プチ
第3章 第2節 異業種と墓地
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第81話 現れた【それ】



銀の歌



第81話



 何故声をかけてあげられなかったのか。

 胸中には後悔という名の槍が突き刺さっていた。


 私はセアちゃんと向かい合う形で真ん前にいた。言い換えれば、彼女よりも【それ】を素早く視認できる位置にいたのだ。

 事実、この場の誰よりも早く、【それ】が迫っているのに気づいていた。だというのにみすみす見逃して、みんなに警鐘を鳴らさなかった。何故だろうか?

 言い訳なんていくらでもできる。車椅子の様子を見てくれているサクヤちゃんの方に意識が向いていた、だとかそんな感じで。


 でもどんな言い訳をしたって、それは全部、自己弁護になりはしない。だって警鐘を鳴らさなかったのは、どんなに取り繕ったって、私情に他ならないから。


「ヘテル……あの子は」


 きっとこの呟きは誰にも聞こえていない。アルトは耳ざとい人物ではあるけれど、目の前で起きた出来事に意識が取られているに違いない。知らずにほくそ笑む。そんな自分を疎んで、心中で咆哮する。

 ああ。違う。自分の保身を考えたいわけじゃない! と。


 そうやって自分の思いを否定するも、紡ぐ言葉は言い訳じみたものばかりだった。

 まぁようするに。私は目の前の光景から逃げ出したかっただけなのだ。その責任が自分にあるのを知っているから、どうにか言い訳して忌避したかったのだ。


 弱い人間だな。

 自分に唾を吐きかける思いで、目の前の人物の名を呼んだ。


「剣士長……!」


✳︎


 大団円の中、空を見上げる人が一人いた。その人は何かを警戒しているのか、誰も寄せ付けず孤高に立っていた。

 邪魔してはいけないとも思うが、皆が勝利を分かち合っている中、立役者が一人きり。それはなんだかな、という思いの方が強かった。


 いや、これはきっと建前で。もっと単純に、構って欲しかっただけかもしれない。彼の元に歩み寄ろうとすると、私の気配に気づいたのか、こちらへ振り向いた。


“““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““

結局【私】は使いませんでしたね。

”””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””


 ピラと一枚紙をめくって見せる。


「……そうだな。激戦になると予感したが……。烏合の衆であったな……」


 言って目を伏せる。その様は相変わらず格好良く、絵になる人だなと思い、勝手に頰が赤く染まり出した。


“““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““““

そう……でしたか。

”””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””


 意図せずに染まってしまったので、取り繕うのに時間がかかったが、なんとか真顔で返事をすることができた。

 彼は「ふむ」と頷くと、また何かを警戒するように、空を見上げた。……そんなにも何を警戒しているのか尋ねてみたかったが、未だ昂っている鼓動を抑えることに、意識がとられてしまった。


ーー自分でもこんな分かりやすい体質は困ってしまう。この人が相手でなければ、私の感情は、きっとすぐにばれてしまっていたことだろう。

 でも恋心を隠している訳ではないし、好意を伝えていない訳でもない。こんな距離感になったのはひとえに、彼がーーユークリウス剣士長があまりにも鈍感だったためだ。


 何故か秘密の片思いのていになっているが、そのことを私は全然納得していない。だって私の恋心は、ユークリウス剣士長以外は皆知っているのだから。最早公然の事実になってると言っても過言じゃない。

 無理にベタベタと絡んでも、ユークリウス剣士長はお優しいから、私のことを無下にはしないし、暇な時にお部屋や天幕にお邪魔しても、快く迎え入れてくれている。


 その都度、直接の好意を伝え続けているので、周りにはバレている。しかし鈍感なユークリウス剣士長だけには伝わらない。そんな不思議な状態が何年も続いた。

 その結果、周りの期待に答える様に、次第にユークリウス剣士長の前では、もじもじとした態度をとることが多くなっていった。この関係性を作った一因である、私が言うのもおかしな話だが、どうしてこうなったのか本当によく分からない。


 ただ意識してしまっている分。ユークリウス剣士長の微細な表情の変化に、ほかの人よりは気づけるようになった。この人が素っ気ないのはいつものことだが、少し警戒の度合いが違うようにも思う。だからこそ私は、あんな風に訊いたのだ。


「……心配させたか。すまないなアスハ。君は……大切な存在だ。【君の中にある剣】を引き抜く事態にならなくて、本当に良かったと思っている」


 優しい顔で、諭すような口調で、ユークリウス剣士長は言う。他の人だったら、この表情の変化に気づけないのだろう。でも私は気が付ける。それを誇りに思うと同時に、申し訳なくも思う。なぜなら鈍い彼が気づけるほど、私は顔を曇らせていたということなのだから。


 いらない気を回させてしまった……。

 それでなんとか、話を違う方向に持っていこうと画策する。


「あ、あー。個人的にはたまに抜いてもらってもいいんですけどね……きっとすっきりすると思いますし……」


 品はないかもしれないが、確かな好意を込めて。下腹部をさすりそう言った。もちろんユークリウス剣士長だけに聞こえるよう音量は絞ったが。


「ふむ……。ふむ……?」


 まるで分からないと、ユークリウス剣士長は首をかしげた。少し攻めすぎたなと反省し、二つの意味を込めたこの言葉、気づかれなくて良かったと、彼の鈍さとアタラクト神に感謝した。


 ともあれ話をそらすことができたので一安心。そう思い胸をなでおろした。ーーまさしくその瞬間であった。

 目の前で一陣の風が過ぎていった。


「えっ……」


 文字化することも忘れ、辺りを見渡せば、何か歪な存在がいて、【それ】が剣士長の身体を、身体を身体を……身体を。


「剣士長……?」


 愛しいあの人が血まみれになったことだけは、疑いようもなかった。


✳︎


「剣士長……!」「ユークリウス剣士長!」「剣士長ォォオオオ!!!」


 さまざまな怒号が飛び交う。だがそれは決して怒りからのものではなく、むしろ戸惑いや失意から来ているものの方が多かった。そしてその中にはわたしの声もあって、自分が何か言っていると、言い終わった後に気づいた。


「ユークリウスさん!!!!!!!!」


 馬鹿みたいにでかいそれは、みんなの耳に酷く響いただろう。けれどもそれはしょうがない。目の前で自分の代わりに人が斬られたのだから。気が動転しない方がおかしい。

 しかもそれが、ユークリウス・ラーレアンだって言うのだから。


 わたしが知る中で一番強いユークリウスさんが、かばうためとはいえ、抵抗もできず斬られた。その事実には少なくない衝撃を受けた。

 ユークリウスさんを斬ったのは、全身を鎧で包んだ大柄な人物で、彼よりも一回りほど大きかった。

 そしてその手に掴む得物も、図体に合うような、目を見張るほど大きな剣ー大剣ーで。壁かと勘違いする大きさのそれを軽々と振るう様は、一種の芸術に見えた。これがわたし達の方に向けられてさえいなければ、拍手を送ったことだろう。


 こんなことをするのは誰なんだと、顔を覗き見ようとしたが、全面を覆う兜をしていたために、人相は一切分からなかった。


「全身鎧に、全面を覆う兜……。すごいな。重く視界も悪いだろうに、ユークリウスにいきなり一太刀浴びせるとは……」


 アルトさんが誰よりも早く、状況を的確に言い表した。でもそれは、当の本人が一番理解していたらしく。なんとあのユークリウスさんが、声を張り上げた。


「貴様ら……後方で防衛のために陣を展開! その後アルトとセアを誘導し避難させておけ。続けて一人、ルスク街まで伝令を走らせろ……! そのための時間稼ぎに……私がこいつと打ち合う。以後の指揮はトーロスに渡す。その少女は逃すな……! 各員行動に移せ!」


 こんな声も出せるのかと驚いた。指示は分かりやすく的確で、それにいつものようなか細い声ではなく、気迫のある強い声だった。ーーでもそれだけに理解できてしまう。今がどれだけ危機的状況なのかを。


「はっ!!!」


 ユークリウスさんは、剣を横に大きく振りぬくと、鎧の人物を下がらせた。さらに追撃だと肉薄して、反撃する猶予を与えず剣を振るった。

 傷を負いながらも、有言実行するユークリウスさんは凄かった。ただ彼の指示には誤算が一つあって、部下達が受けた精神的衝撃を、計算しきれていなかったのである。


「えっ……? えっ……?」


 特に動揺が酷いのは、指揮を任されたトーロスさんだ。ユークリウスさんが深手を負う事態は、一度も起きたことがなかったのだろう。いつもとは明らかに様子が違う。


「えっ……えと」


 混乱は抜けたようだが、頭の中で指示がまとまらないみたいだ。手だけがわちゃわちゃと動いている。


「トーロス落ち着け!」


「剣兵長……! 指示を!」


「伝令にはボクが走りますよ」


 トーロスさんの心理状態を把握できる人は、あまりいなくて。ユークリウスさんの指示が第一優先だと、各々が口早に主張している。

 自分からできることを探しにいくのは素晴らしいことだし、上官の指示を仰いで行動に移すのも、正しいことだと思う。だがそれらを受け入れるには、今のトーロスさんでは荷が重すぎた。


「待って……ちょっとだけ……」


 片方の手を開いて制止するように突き出す。そして自分を落ち着かせるように、もう一つの手を自分の顔に当てた。


ーーそれは明確な容量ごえの証だった。


 ユークリウスさんが、アスハさんに指揮権を譲らなかったのは、良い判断だと思う。ただトーロスさんでも、この事態に余裕を持って向き合うだけの力はなかった。それか、もしかしたら……本来の彼女であれば、ここまで動揺することはなかったかもしれない。


 思えばトーロスさんは、先程から何か様子がおかしかった。しかし彼女の心情を思いやる余裕なんて、彼らにはない。それにどうでもいいことだ。一刻も早く状況を把握し、立て直すことだけが、今は望まれている。


「剣兵長!」「トーロスの姐さん!」「トーロスさん!」「トーロス剣兵長!」


 求める声は多い、でも捌けない。

 こんなの見ている側だからこそ、客観的に考えられるが、トーロスさんの視点に立てば、たまったものじゃないだろう。特に今は調子が悪いみたいだし。


「……ユークリウス剣士長のおっしゃる通り一度後退、その後中心をトーロスとし、手前にはアスハ副剣士長、そしてその両翼に展開。伝令にはサクヤ剣兵が、セアさんとアルトさんの避難の案内はミリア剣兵が。一連の動作が終了次第、ラーニキリス剣兵長と数人で中班を構成し、ユークリウス剣士長の救援を。とトーロス剣兵長は申しております。後衛……トーロス剣兵長の後ろには、支援兵である私がつきます」


 迷いのない声が一帯に響く。

 いつのまにやらトーロスさんの背後に、あの人が控えるように立っていた。


「……えっ?」


 その人物は兜を深くかぶっているから、表情はわかりにくい。けれど確かに、温かな笑みを浮かべていた。


「遅くなりました。トーロス剣兵長」


「ラックル……」


第81話 終了

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