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2015年フェスピ&マジラビ舞台記念SS第9弾

マジカル☆ラビリンスより、シンの過去話です。イリアとの出会い。アネクドートⅡと合わせてお読み下さい。

 あの方ならばいいと思った。

 あの方になら、この身を捧げてもいいと――

 初めてイリアタルテ王女に出会ったのは、彼女が父王様と共に、会合にいらっしゃった時だった。

 彼女はどうやら庭園を散策されていたようで、庭園の薔薇を見ていた。


(ん? あれは、イリアタルテ王女? 本人を見るのは初めてだな)


 なんとなく気になってしばらく見ていると、うちの庭師が慌てた様子で彼女の元へ駆け寄っていった。

 少し話すと、庭師はぺこぺこと頭を下げ始めた。すると彼女は眉を吊り上げ、自分の手袋を外して庭師の頬を思い切りはたいた。


『お前も王族に仕える庭師なら、もっとプライドを持ちなさい!!』


 その瞬間、僕は彼女の虜になったのだ。





「――お前、今なんて言った?」


 二十代後半ほどの金髪の男性が、頬をひきつらせて尋ねた。シーウォルドは前髪を手で掻き上げながら、ふっと笑った。


「嫌ですね、兄上。もう耳が遠くなったのですか?」

「そんなわけあるか! お前、今、誰に懸想してると言った!?」

「イリア姫です」

「かぁーっ!」


 金髪の男性は額に手をやって天井を仰いだ。珍しく弟から真剣な相談があると言うので、母国まで赴いて聞いてみれば、なんと言うことだ。

 ジェンディス国第一王子で、今は他国の王となっているバルレイド・メル・ウィル=ネゼレッタは嘆息した。


「シード……お前、あの方がどんな方なのか知らないわけではあるまい?」

「もちろんです。イリアタルテ・グランジェ・ウィル=マジカリア、今年で御年15歳になられますね。王家の中でも、あのマジカリア様の再来と呼ばれるほどの魔法力の持ち主です」

「そうだ。マジカリア様はこのテュレーゼを統べた初代女王。そして――唯一、パーガウェクオの“声”を聞くことができたという」


 初代女王である“究極の魔導師”マジカリアは、意思を宿すというテュレーゼの至宝・魔石パーガウェクオの“声”を聞くことができた。

 パーガウェクオを操ることができる、というのは女王の条件の一つだが、魔石に宿っているという意思の“声”まで聞けた者は、彼女以来一人もいなかった。

 しかし、イリア姫は幼い頃に魔石の“声”を聞いたという。そのため、マジカリアの再来、パーガウェクオに愛された姫、と一目置かれている存在だ。


「そんな方に、お前が見染められるわけないだろうが!」

「そんなわけありません」

「その自信はどこから!?」

「あの方の凛とした瞳、鋭い叱責……何度思い返しても、心と体が震えます」


 後で庭師から聞いた話だと、彼女は庭園の薔薇が多過ぎるから、もう少し刈り取ってもいいのではないかと言った。

 庭師は、今のままでも充分美しい庭だと思ったが、口答えするのはいかがと思い、すぐに直しますと謝った。そうしたら、あの言動だ。

 彼女は別にワガママを言ったのではなく、庭師として自分の手入れした庭を誇れる強さがあるかを試したらしい。

 一国の城の庭を任されている身なら、それに見合った技量だけでなく誇りも持つべきだと。

 そのプライドの高さ、気高さに、ますます惹かれた。彼女は理想の女性だ。

 笑みを浮かべながら本当に体を震わせている弟に、バルドはさらに嘆息した。 


「お前なぁ……お前がそんな風だから、ノアが変な影響を受けるんだろう!」

「あたくしを呼びまして?」


 ひょこっとドアから顔を出す妹に、バルドは目を剥いた。


「ノア!? なんでここに! 旅行中だったのでは……」

「ただいま帰りましてよ、バルドお兄様。シードお兄様もこちらにいらっしゃったのね。ちょうどよいですわ、お土産を持って参りましたの」


 金髪の少女が大量のお土産を部屋の中に運ばせる。


「お、おお、そうか。ありがとう」

「ところで、なんのお話をしていましたの?」

「え? いや」

「イリア姫のことだよ」

「イリアお姉様ですって!?」


 それまで慎ましやかな笑みを浮かべていたノアは、俄然、目を輝かせた。


「お姉様がどうかなさったの? シードお兄様!」

「イリア姫の良さを兄上に語っていたところさ。あの揺るぎない瞳」

「容赦のない挙」

「「なんて素晴らしい!!」」


 恍惚とした表情で、声を揃える二人。


「ああ、お姉様の声でお叱りを受けたい……お姉様に冷たい瞳を向けられたい……」


 ノーマリア・リオーナー・ウィル=ジェンディス。末妹で少々、マゾっ気がある。

 例の庭師の一件の時、ノアもシードと共にいたのだ。あれ以来、ノアはイリアのことを『お姉様』と勝手に呼んで慕っている。

 バルドは変態弟妹に頭を抱えた。


「なんでお前たちはそんな風に育ってしまったんだ」

「熟女趣味の兄上に言われたくはありませんね」

「誤解を招くような言い方はよせ! 私より10歳以上、年上の女性が好きなだけだ!」

「でもお兄様より10歳以上離れていると言いますと」

「40歳前後でしょう? 義姉上も御年44歳で」

「えーい、黙れ!! とにかく、シード! イリア姫様はよせ!」


 だいぶ脱線していたが、バルドが言いたいのはそこだけである。


「そう言われましても、この胸の高鳴りは止められません」

「そうですわよねぇ。あたくしは応援していましてよ」

「ノア!」

「バルドお兄様。恋の炎というものは、一度燃え上ってしまったらなかなか消えないものなんですのよ。

 それに、シードお兄様が一人の女性に恋い焦がれるなんて、初めてのことではなくて?」

「む……」


 確かに、これまで近づく女性には分け隔てなく優しくしていたシードだが、特定の女性は作らなかった。

 そろそろ特定の相手を決めてはどうだろう、と思ってはいたが、よりにもよってあのイリア姫では。

 本気で反対しているわけではない。ただ、不安なのだ。やや表情を暗くする兄に、シードはくすぐったい気持ちで微笑んだ。


「僕を心配するそのお気持ちは、素直にありがたいと思いますよ、兄上」


 イリアを手に入れようとするのなら、王家の承諾はもちろん、パーガウェクオを敵に回さなくてはいけないのだから。

 意思を持つが故か、その声を聞くことができるイリアはパーガウェクオの庇護下にあり、彼女に害をなす者は、最悪の場合は呪いを受ける。

 きっと兄はそれを案じているのだろう。その気持ちは、本当にうれしい。


「イリア姫はまるで、神話にある“神に愛された聖女”のようですね。神のものに手を出した者は、罰を受ける」


 天界を統べる天帝に愛され、その神の元へ参じた人間の少女は、聖女と呼ばれた。その聖女を殺めたある神は、魔界へ堕とされたという。

 いくら意思があると言っても、まさか本当に神が宿っているわけではあるまい。

 しかし、もしも彼女の心を奪ったなら、自分はあの魔石に呪いを受けるだろうか。シードはにっと笑った。

 それもまた面白い。彼女に触れるためならば、彼女の愛を手に入れるためならば、たとえ神であろうと、抗ってみせよう。





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