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2015年フェスピ&マジラビ舞台記念SS第10弾

Fate Spinnerより、ルカフィルの過去話。ルカフィルとリヒトとナハトの最後の夜。

 もう何年、一緒に過ごしているだろう?

 そばにいるのが当たり前になって、どれくらい経つのだろう?


「お姉ちゃん、ルカちゃんっ。今日はボクも一緒に寝ていい?」


 そろそろ寝ようかと思った頃に、部屋を訪ねてきたのはナハトの弟であるリヒトだった。

 いつもは隣の部屋で一人で寝ているリヒトだが、時々、こうして気まぐれに姉の部屋にやってくる。

 しかし、明日、ナハトは結婚してこの家を出る。リヒトと一緒の夜を過ごすのはこれが最後になるのだ。

 すでにベッドに入っていたナハトが「そうねぇ」と言いながらこっちを一瞥する。

 ルカフィルは小さくため息をついて、ひらりと手を振りながら「いいわよ」とベッドに入る。

 リヒトはにっこぉと笑うと、枕を抱いたままいそいそと部屋に入る。


「今日はどこにする?」


 ナハトが尋ねると、リヒトはちょっと考えてから、


「ルカちゃんの隣がいいな」

「はいはい」


 リヒトのためにスペースを空けてやるルカフィル。リヒトは枕を置いて、ベッドにダイブする。


「こら、リヒト! 跳ねたら埃立つでしょ!」

「えへへ、ごめん」

「まったく。いつまで経っても子供なんだから」


 リヒトは今年で百十二歳だ。年齢的にはまだまだ子供だが、そろそろしっかりしてもらいたい。

 そう思いながらも、こうして三人で一緒に寝るのを許しているあたり、自分が甘いのかもしれないけれど。 

 ため息をついて布団に潜り込む。ナハトは「おやすみなさい、二人とも」と言って目を閉じた。


「おやすみ、ナハト」

「うん、おやすみ~」


 ものの一分もしないうちに、寝息が聞こえてくる。ナハトは寝つきがいい。

 しばらくして、隣からクスクスと笑い声が聞こえた。


「何笑ってるのよ、リヒト」


 暗闇の中で一体何事だ。そちらに顔を向けると、リヒトが寝返りを打つ気配が伝わってきた。

 たぶん、彼もこちらを向いたのだろう。


「ボク、ルカちゃんの怒ってる顔、好きだなぁ」

「はぁ?」


 思わず素っ頓狂な声を出してしまった。唐突になんだ。もしや起きているわけではなく、寝言だろうか?

 ああ、そうに違いない。もしくは眠すぎておかしくなったか。


「……何言ってるの?」

「あ、違う。ルカちゃんに怒られるのが好きって言いたかったんだ」


 ますます意味が分からない。やはり寝言か? しかし、こちらにきちんと答えているので、寝言ではなさそうだ。


「ほら、ボクって森羅女(シンラメ)の男でしょ? だからみんなとても優しくて、大切にしてくれて、甘やかしてくれるから」


 確かにそうだ。森羅女は女しか生まれない種族だが、稀に『男』も生まれる。

 数百年振りに生まれた『男』であるリヒトは、村人から重宝され、真綿にくるむように大切に大切に育てられていた。それはもう、甘すぎるほどに。

 生まれた時から、村人が数名で世話をして、どこへ行くにも村人がついていくし、何をするにも村人が手を貸す。

 悪いことや危ないことをしても、誰も咎めない、叱らない。


 怪我や病気をしようものなら、代わる代わるに看病をして、薬師を呼ぶだけではなく、祈祷までする。

 初めてその事実を目の当たりにした時、異様だと思った。貴重なのは分かる。けれど、そんな風に育てられる彼は、まるで人形のようだと。

 そしてある日、その思いは爆発する。

 家の前で、幼いリヒトは小枝で地面に絵を描いていた。

 しばらくしてお絵かきに飽きたのか、リヒトは小枝を玩び始め、ふと通りすがりの村人の足を小枝でつついた。 


「きゃっ」

「あはは」


 家の中からリヒトの様子を見ていたルカフィルは、くっ、と顔を歪めた。


「リ、リヒトくん? びっくりしたぁ」

「おもしろーい。もっとやってあげる」

「えっ、痛っ。リヒトく……」

「ツンツンおもしろいね」


 ルカフィルは勢いよく家を飛び出した。そして、遠慮なく小枝でつつくリヒトから小枝をひったくり、怒鳴りつけた。


「何やってるの! リヒト!!」


 突然の怒号に、リヒトも、村人たちも唖然とした。ルカフィルはリヒトを見下ろし、睨みつける。


「面白がってるんじゃないの! そんなことしたら怪我をするでしょ! ひとを小枝でつつくんじゃない!!」


 ルカフィルの剣幕に、誰もが言葉を失った。家からナハトが顔を出す。


「どうしたの? ルカ。大きな声を出して」


 その声が引き金となり、リヒトの顔がみるみる歪んでいく。


「……う。うわぁぁぁぁぁん」


 ついには大声で泣き始めた。それに弾かれるようにして、村人たちが駆け寄ってくる。


「リヒト!」

「リヒト様!」

「ルカフィルさん、急になんてこと……」

「そうやってあんたたちが甘やかすから、この子はいいことも悪いことも区別ができないんでしょうが!!」


 ルカフィルの言葉は、村人たちの心を締めつけた。


「大切にすればいいってもんじゃないのよ! 甘やかすだけじゃダメなのよ!

 いいことと悪いことの区別もできない、他人の痛みや苦しみが理解できない、そんなことでこの子が立派な大人になれるとでも思ってるの!?

 あんたたちのせいで、この子は堕落していくのよ!!」 


 ナハトが泣きじゃくるリヒトを抱きしめ、背中をさすっている。だが、ルカフィルの言葉は胸に痛かった。彼女の言うとおりだ。

 一息で言いきって、ルカフィルは肩で息をしている。ややあって呼吸が落ち着いたのか、ルカフィルは無表情でナハトに目をやる。


「中に入るわよ、ナハト」


 静かな声で、ルカフィルが言うと、ナハトはリヒトを抱き上げてルカフィルの後についていく。 

 村人たちは、ただ黙って立ちすくむしかできなかった。

 泣きすぎて疲れたのか、リヒトは眠ってしまった。リヒトをベッドに寝かせ、ナハトは昼食の準備をするルカフィルに後ろから抱きついた。


「危ないわよ、ナハト」

「……ごめんなさい、ルカ」

「何に対して謝ってるの?」

「あなたにあんなことを言わせてしまったこと、それから」


 ルカフィルの腕を引いて、ルカフィルの顔を見る。


「そんな顔をさせてしまったこと」


 ルカフィルは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 甘やかす村人たちへの怒り、リヒトを怒鳴りつけてしまった後悔、怖がらせてしまった申し訳なさ。

 それらが溢れるのを必死に抑えている。 


「私たちは、何も見えていなかった。あの子を大切にするあまり、全てを許してしまった。それがあの子を壊してしまうかもしれないことに、気づけなかった。

 もっと早く、そのことに気づいて、私たち自身がやらなくてはいけないことを、あなたに背負わせてしまった。ごめんなさい、ごめんなさい、ルカ」


 両手でルカフィルの頬を挟むと、指に雫が伝う。

 あんな風に、勢い任せに怒鳴るつもりはなかった。

 それとなくナハトや村人たちを説得して、リヒトにもきちんと説明しながら叱るつもりだったのに、痛がっても何も言わない彼女に、あまりにも無邪気なリヒトに、怒りが込み上げた。


「あたしの方こそ、ごめんなさい。怒り任せにみんなや…リヒトに、酷いこと言った……あんな言い方するつもりは…なかったのに……」

「ううん、いいの。みんなも目が覚めたはずだわ」

「……きっと、嫌われたわ。リヒトにも、みんなにも」

「そんなことないわ! 驚いたかもしれないけど、ルカは何も悪いことは言ってないもの。悪いのは私たちだわ。ルカ、私たちのこと、嫌いにならないで」


 ナハトも涙を流す。胸が痛くて、苦しい。


「嫌いになんか、なるわけない。あたしはこの村も、リヒトも、ナハトも大好きよ」

「私もよ、ルカ。みんな、あなたのことが好きなの。だから心配しないで」


 ルカフィルの顔を引き寄せ、ナハトはルカフィルの頬にキスをする。涙の味がして、少しだけしょっぱかった。

 その後、ルカフィルは村人たちに謝って回った。村人たちは気にしていない、むしろ感謝していると笑った。

 リヒトは初めは怖がっていたけど、ルカフィルが謝ると笑顔を見せてくれた。

 それ以来、村人たちは今までのようになんでもかんでも許容することは無くなった。

 それでも相変わらず村人たちはリヒトに甘かったので、ルカフィルは何度もリヒトを叱った。


「本気でボクに怒ってくれるのって、昔からルカちゃんだけだよね」

「みんなが優しすぎるのよ」

「うん。でもね」


 リヒトがルカフィルの手を握る。ルカフィルは目をぱちくりさせた。


「ルカちゃんだって優しいよ。初めてルカちゃんに怒られた時、すごく怖くて、悲しかったけど、ルカちゃんはごめんなさいって言って、抱きしめてくれた。

 それがみんなと同じくらい、あったかかったから、みんなと同じくらい、ルカちゃんも優しいんだよ」


 握りしめた手を口元に持っていき、指先に軽く口づける。


「!」

「だからね、ボクはルカちゃんに怒られるの好き。だって、それだけボクのこと大切にしてくれてるからでしょ?」

「リヒト……」

「へへっ、もちろん怒ってないルカちゃんも好きだからね。おやすみ!」


 ぱっと手を放すと、リヒトはルカフィルに背を向けた。すぐに寝息が聞こえてくる。姉に似て、リヒトも寝つきがいいのだ。

 ルカフィルは二人を交互に見て、くすっと微笑んだ。


「あんたたちは、あたしに甘いわよ」


 それが心地いいから、そばにいたいと思う。守っていきたい。今までは友人として。これからは大切な“家族”として。


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