表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】今世こそ姫になりたい元男役スター令嬢、兄の身代わりで男装したら王太子に溺愛されました  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/37

第1話 今日からお前がリオンだ

「リリアーナ。お前、今日からリオンになれ」


ローゼンフェルト伯爵家の当主であるお父様が、重々しい声でそう言い放った。


私が待ちに待った、社交界に向けた最初の宮廷茶会の前夜。

明日のために用意された淡い菫色のドレスを広げ、侍女のミレーヌと一緒にうっとりと眺めていた、まさにその瞬間のことだった。


「……はい?」


私は、自分の耳を疑った。

ドレスのレースに触れていた手を止め、ゆっくりとお父様を振り返る。


「あの、お父様。冗談にしても笑えません。私は明日、ついに社交界に向けた最初のお披露目に出るのです。このドレスを着て、令嬢として華々しく皆様の前に立つ。そのために、幼い頃からどれほどマナーやダンスの厳しいレッスンに耐えてきたことか……」


「わかっている。だが、緊急事態なのだ。リオンが……お前の双子の兄が、いなくなった」


お父様の顔は青ざめ、額には脂汗が浮かんでいた。


「いなくなったって……お兄様は明日から、王宮へ出仕するはずですよね?」


「そうだ。王宮で働き、ローゼンフェルト家の跡取りとして人脈を築く。そのための初出仕だ。だが、あいつは部屋に手紙だけを残して姿を消した。『急用ができた。しばらく探さないでくれ』とだけな!」


私は絶句した。

急用って何。王宮への初出仕をすっぽかすほどの急用って。

うちの兄は確かに飄々としているけれど、そこまで無責任な性格ではなかったはずだ。


「今回の出仕は、ただの勤めではない。王命による王太子殿下付きの初出仕だ。ここで嫡男が王宮に現れず、しかも姿を消したと知られれば、政敵に『王命拒否』の口実を与える。王家への反逆、あるいは職務放棄とみなされ、我がローゼンフェルト家は取り潰しになるかもしれない。それだけは絶対に避けねばならん!」


お父様の悲痛な叫びが、執務室に響く。

言いたいことはわかる。

だからといって、その解決策が「双子で顔がそっくりな妹を男装させて身代わりにする」というのは、あまりにも短絡的すぎやしないだろうか。


「無理です。絶対にお断りします」


私は即座に、そしてきっぱりと言い切った。


「頼む、リリアーナ! お前しかいないんだ!」


「嫌です! 私は明日、ドレスを着るんです! 王子様に手を取られて、エスコートされるんです!」


ただの我が儘ではない。

私には、どうしても「可憐な令嬢」にならなければならない理由があった。


私、リリアーナ・ローゼンフェルトには前世の記憶がある。


前世の私は、女性だけで構成される世界的な劇団――星都歌劇団(せいとかげきだん)の、男役スターだった。


舞台の上で照明を浴び、マントを翻し、剣を振るう。

私のウインク一つで客席からは悲鳴のような歓声が上がり、何千人ものファンが拍手を送ってくれた。

あの熱狂、あの舞台。

男役としての誇りと情熱は、今でも私の魂に深く刻み込まれている。


けれど……本当は。

私は、一度でいいから、あのフリルとレースがたっぷりとあしらわれた可憐なドレスを着てみたかった。


自分から手を差し出すのではなく、誰かに手を取られる「娘役(むすめやく)」になってみたかったのだ。


だが、私の高身長と恵まれた骨格、そして中性的な顔立ちが、私を「理想の王子様」の枠に縛り付けた。

ファンの夢を壊すわけにはいかない。私は完璧な王子様を演じ続け、そしてその願いを口にすることすらできないまま、前世の命を終えた。


だからこそ、異世界の伯爵令嬢として生まれ変わった時、私は心の中で歓喜の舞を踊ったのだ。

今世こそ、姫になれる!

理想の令嬢として、フリフリのドレスを着て、可愛いお茶会をして、素敵な王子様に溺愛される人生を送るのだと!


その悲願が達成される記念すべき第一歩が、明日の宮廷茶会だった。

それを、兄の身代わりで男装しろだなんて。

冗談じゃない。絶対に嫌だ。


「頼む、リリアーナ……。このままでは路頭に迷う。我が家が潰れれば、お前だってドレスどころではなくなるんだぞ」


お父様が、ついに床に膝をついて頭を下げてきた。

伯爵家の当主が、実の娘に対して土下座である。


私は大きくため息をついた。

確かに、家が没落してしまえば、令嬢としての優雅な生活は終わる。美味しい紅茶も、新作のドレスも、すべては伯爵家という地盤があってこそだ。

……それに、あの不器用だけれど妹思いの兄が、ただ逃げ出すとはどうしても思えない。何かよほどの事情があったのではないか。


私はゆっくりと目を閉じ、そしてカッと見開いてお父様を見下ろした。


「……引き受けましょう。ですが、条件があります」


ただ家のために自己犠牲になるつもりはない。

これは、私の夢を守るための「契約」だ。


「じょ、条件とはなんだ?」


「一つ。期限は三か月です」

「なっ、たったの三か月!?」

「二つ。その間に兄が見つかり次第、身代わりは即終了です。探す手立ては全力で講じてください」

「わ、わかった」

「三つ。この国で令嬢が正式に社交界へ出る特別な舞台……数ヶ月後の白薔薇舞踏会(しろばらぶとうかい)には、必ず『リリアーナ』として出ます。これは絶対に譲れません」


白薔薇舞踏会。

お母様と一緒にドレスを選び、「この夜だけは、お前が主役よ」と言ってくれた、私にとって一番大切な夜。

それだけは、何があっても奪わせない。


「四つ。任務後の結婚、進路、生き方はすべて私が自分で選びます。家のために好きでもない相手と政略結婚しろ、などという命には従いません。五つ、お父様はその自由を正式に認めること。……いかがですか?」


私の突きつけた五つの条件に、お父様は口をパクパクとさせた後、力なく頷いた。


「……よかろう。約束する」


「交渉成立ですね」


私はにっこりと微笑んだ。

内心では血涙を流しているが、伯爵令嬢たるもの、外面だけは優雅に保たなければならない。これも前世の男役時代に培ったポーカーフェイスの賜物である。


「ミレーヌ。お兄様の礼服を持ってきてちょうだい」


部屋の隅で静かに控えていた侍女のミレーヌが、恭しく一礼する。


「かしこまりました、お嬢様。……いえ、『坊ちゃま』」


少しだけ面白がっているような声色のミレーヌから、漆黒の王宮用礼服を受け取る。

そして、胸を潰し、髪を整え、その礼服に袖を通した。


姿見の前に立つ。

そこに映っていたのは、華奢で可憐なリリアーナではなかった。


背筋を伸ばし、肩幅を広く見せる立ち方。

相手を射抜くような強い目線。

中性的でありながら、どこか危険な香りを漂わせる完成された貴公子。


……前世で嫌というほど見慣れた、「理想の王子様」そのものが、そこにいた。


「お嬢様、その顔、その姿勢……。男装が似合わない要素を探す方が難しゅうございます」


ミレーヌの冷ややかな称賛に、私はギリッと奥歯を噛み締めた。


「……わかっているわよ。似合いすぎているのが、最高に腹立たしいわ」


明日から三か月。

私は「リオン・ローゼンフェルト」として、あの伏魔殿のような王宮へ出仕しなければならない。

どうか、誰にもバレずに平穏無事にやり過ごせますように。


私は深く、深くため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ