第29話 大混乱!村人を救い出せ!
「モールド!どこに行ったんだ!」
届かない声を必死に出し続ける。
不定期に訪れる地面の揺れ。
その揺れが周りの家を震え上がらせていた。
逃げ惑う村人とそれを追う猪をすり抜けながら、村の奥へ走って行く。
崩れた家から火の手が上がり始めている。
どこだ、モールド。
「いた!あそこ!」
「なにっ!どこだ⁉」
マーリンが指差した方を見る。
「みんな!こっちです!」
「俺たちが食い止めてるうちに早く!」
猪から村人を守りながら村の外に誘導している。
だが、明らかに二人じゃさすがに手に余る作業だ。
「思ったより大変なことになってるわね」
「ああ、まだ逃げきれていない人がたくさんいる」
「なにやってんだマーリン!早く手伝ってくれ!」
ガヴの呼びかけに急いでマーリンも加わる。
撃って、受け止めて、押し返して…。
どれだけやっても数が多すぎて焼け石に水だ。
俺もさりげなく加勢するが、なかなか数が減らない。
くそっ、派手に動くことができないせいで大技が出せん。
こんなもの、軽く一掃できるんだが。
「もうこの辺りには人はいなさそうだ。俺らも引くぞ」
あの家の一回りもでかい猪がもうそこまで来ている。
これ以上ここにいるのは危険だ。
頃合いを見て三人は村の入り口のほうへ走り出した。
「ちょっと待って!」
モールドが急に足を止め、振り返った。
「どうしたんだ。早くしないと俺らが巻き込まれるぞ」
「あっちから人の声がする。行かないと!」
「え?ちょ、待てよ!」
モールドは有無を言わせずに走り出した。
仕方なく俺らも後を追う。
追いかけた先に、一人の女性が周りを見渡しながらさまよっていた。
「なんでまだこんなところに。早く逃げないと潰されるよ!」
モールドたちが声をかけると、女性は青ざめた顔でモールドにしがみついた。
「あなたたち!うちの子を、リドを見なかった?」
「いや、見てないけど…」
「そんな…リドがまだ帰ってきてないの。いつもこの辺で遊んでるのに、どこに行ったの…」
リドの母親はとうとう泣き崩れてしまった。
確かにここに来るまでに子どもは見なかったな。
うまい具合にすれ違ったか、逃げ遅れているか…。
「わかった。僕たちが探してくるから、先に村の外に避難して。もうここは危険だ」
「本当?…わかったわ。あの子をよろしくね」
リドの母親は希望をモールドに託し、村の外に走って行った。
「探すったってもう時間はないぞ」
辺りの家はもう炎に包まれ、猪と炎を同時に警戒しなければいけない状況になってしまった。
一歩判断を間違えるとすぐに逃げ場がなくなってしまう。
「一つだけ心当たりがあるんだ。ついてきて!」
そう言うとモールドは一目散に走って行った。
巨大猪がいる方へ。
「おい!待てよ!」
ガヴも続いて走り出した。
残された俺らも追いかけるしか選択肢がなかった。
どんどんでかい猪に近づいていく。
だいぶ迫力のある所まで来た。
「いた!あそこ!」
村の端、人の手があまり行き届いていない場所に、古ぼけた家具やガラクタが置かれていた。
その物陰にリドはいた。
「ほんとだ。よくここだとわかったな」
「ここは子どもたちだけが知ってる秘密基地なんだ。この前遊んだ時、リドと一緒に連れてきてもらったんだ」
「お前そんな子どもじゃないだろ。何で教えてもらってんだ…」
「まずいわ。あいつそっちに向かってる!」
地鳴りのような足音は隣から聞こえてくるような近さだ。
周りにあるものすべてなぎ倒しながら、リドのいる方へ進んでいる。
「リド!早く逃げて!」
モールドが叫んだが、足音が声を遮ってリドには届いていないようだ。
「くそっ、このままだと踏み潰されるぞ!」
「リド、今助けるよ!」
モールドはそのまままっすぐ走って行く。
このままだとモールドも巻き込まれてもおかしくないぞ。
ここは俺が何とかしなければ。
走る速度を上げ、モールドを追い越し、猪の元へ向かう。
俺の剣を食らわせれば、ひるませることはできるはずだ。
それで少しでも時間を稼げれば。
猪に向かって思い切り飛び上がる。
「はあっ!」
眉間に向け、力任せに剣を振るう。
猪はびくともしない。
代わりにでかい目が重々しく動き、俺を睨みつけた。
こいつ、俺に切られることを何とも思ってないのか?
それだけ戦いに慣れているということか。
さすがだと言いたいが、これでは踏みつぶされてしまう。
「マーリン、目を狙ってくれ。俺は足を狙う」
「わかったわ」
マーリンは杖を構え、ガヴは足のほうへ走って行った。
振り上げられた右足はすでにリドの真上に来ていた。
「リド!」
モールドがリドの濡れた手を取った。
「お兄…ちゃん?」
「もう大丈夫だよ。早く行こう」
モールドはリドの手を引き、走り出した。
そうしているうちにも猪の足はそこまで下りてきている。
このままだと確実に踏みつぶされてしまう。
俺はまた何もできずに、なにも守れないままなのか?
嫌だ。
あんな思いは二度とごめんだ!
この俺にビビらない?
上等だ。
モールドたちの前に立ち、上を見上げる。
「こんなもの、受け止めてやる!いくぞ!噴怒山!」
真上に飛び上がり、力強く剣を振り上げる。
剣と足裏が勢いよくぶつかる。
感じる。
久しぶりの物の感触。
ついに、物に触れている!
喜んだのも束の間、剣が足の中にゆっくりとめり込んでいく。
くっ、今の俺はこれが限界か。
まだだ、まだ持ってくれ…
「いくわよ!」
合図とともにマーリンが無数の魔力弾を撃ち放った。
「うおおお!全力全開!黒柱狩り!」
マーリンの魔力弾が猪の目に着弾すると同時にガヴが上半身を支えている左足にハンマーをぶつけた。
すると巨体がよろつき、足が徐々にそれていく。
だが、まだモールドたちは足の陰から出れていない。
もう少し、もう少しそらせれば。
めり込んでいく剣に力を込める。
このまま押し切れ!
落ちてくる足をゆっくりとそらしていく。
次第に体に透けていく。
次の瞬間、俺の剣から滑り落ちるように勢いよく地面に落ちた。
しまった!モールド!
重々しい音と共に砂煙が立ち上がる。
みんなの動きが止まり、砂煙のほうを見つめる。
頼む、無事でいてくれ。
砂煙が晴れるまで途方もない時間が流れているようだ。
砂煙の中に丸くて黒い影が。
モールドがリドに覆いかぶさるように座りこんでいた。
「モールド!」
ガヴとマーリンがモールドの元に駆け寄る。
「おい!大丈夫か⁉」
ガヴが声をかけると、モールドはゆっくりと顔を上げ、振り返った。
「僕…生きてる…?」
弱々しく、震えた声で、目頭に涙を浮かべながらそう答えた。
「おいおい、よくやったな!」
「は…ははは……」
ガヴは喜びのあまりモールドの背中をバシバシ叩くが、そのたびにモールドは壊れたおもちゃのように恐怖と喜びが混ざりあった乾いた笑い声を出した。
穏やかになった空気を再び震え上がらせるように地面が揺れる。
さっきまで気にも留めなかった俺らを力強く、はっきりとその目に映している。
倒れた猪が体を起こそうとしている。
「どうやらキレさせちまったようだ。早く立て。逃げるぞ!」
無理やりモールドを立たせると、颯爽とその場から離れた。
モールドはリドをしっかり抱きかかえ、一生懸命走っている。
背後からものすごい殺気と共に地面を素早く踏みしめる音が近づいてくる。
「いくらなんでも速すぎるだろ!もう追いつかれる!」
猪突猛進と言わんばかりに一直線に走ってくる。
狙いをつけた攻撃はモールドたちに防げるはずもない。
「こ、来ないでーーー!」
モールドが悲痛な叫びをあげるも、止まる様子はない。
くそっ、俺がやっても足止めになるか?
剣に手をかけた時、横を一頭の馬とそれに乗った人が駆け抜けていった。
あの姿は、パスヴァルだ!
馬から飛び上がると、剣を抜き、彗星のごとく横に一振り。
猪の体は上下に分かたれた。
その様子を見て俺は抜きかけた剣を腰に収め直した。




