4.カオス
暫くしてまた幾つか槍のようなものが飛んできた。結構な速度のそれらをヒスイはいとも簡単に叩き落とす。
俺にできるのはそれらを避けることが精一杯で、むしろ何もしない方が、ヒスイにとって楽なんじゃないかとさえ思えた。
「何で人間がいるんだ!」
暗がりの方で、光が蠢くのが見え、さらにそこの辺りから怒声が聞こえてきた。
怒気を孕んだその声は、一般人を萎縮させるには充分で、便利屋という仕事柄か色々な修羅場を潜り抜けてきた俺も、足の震えが止まらない。
憎い人間には近付かず、というヒスイの言葉が思い起こされた。
「大丈夫よ。この人はきっと私達に理解がある人だから。私からのお願い。村長命令。この人を殺さないであげて」
ヒスイが声を上げる。最後にとんでもなく物騒なワードが発せられた気がするが。
それに今まで聞いたことはなかったが、ヒスイはここの村の村長らしい。じゃなかったら、俺をここまで連れてくることもないか。村民もあれだけ怒っていたことだし。
そうだったらあれだけ強引に俺と契約を結んだ(結ばされた、とも言う)のも、納得……やっぱ出来ないわ。
「姫様!?」
突然槍の雨が止んだ。淡く見えていただけの光がずんずんこちらに近付いてくる。どうやら俺とヒスイの様子を見に来るつもりらしい。それとヒスイはここでは"姫様"と呼ばれているようだ。
「何だか随分と優男だけどなぁ。ひ弱そうだ」
近付いてくる光は合計二つあり、その内の一つが声を発した。
嗄れた声で、姿を見ず声だけ聞いたらかなり歳を取っているように聞こえる。
というか、彼らがいるところから、俺の姿がはっきり見えているようだ。視力良すぎではないだろうか。
「まぁけど、姫様が連れてきたってんだから、そこそこ強えんだろうよ」
ごめんなさい。俺、全然強くないです。今まで持ち前の運で、全てを乗り切ってきた人間です。
あとヒスイに出会ってそれは余計に確信しています。ていうか、俺がそんなに強かったら、ヒスイは武力行使して、契約を結ばせなかっただろうし。
「まぁ、別に弱いわけではないわね」
ヒスイが横目で俺を見て言った。この顔はたぶんこいつ結構弱いよなぁ、と思っていると思う。
「ほら、やっぱり」
いつの間にか目の前に立っていた二人のうち右側、ゴリラみたいな男が、左側にいる髪の毛がちりちりした青年の背中を叩いて、何故か爆笑した。
どうするべきか悩み、ヒスイを見ると、彼女は肩を竦めていた。どうやら何もする必要は無い、と言うより、何もしないのが最善策らしい。
俺、これからどうなるんだろう。
カオスな状況に、俺は天を仰いだ。
憎いくらいに綺麗な月が、煌々と輝いていた。




