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1.出会い

  ざわり、と不自然に空気が揺れたーー






  雲ひとつない青空に、朝露に光る草原。空気は澄み、適度に冷たく、息を吸うだけで朝特有の爽やかさが感じられる。そんな風に言えば、聞こえはいいだろうか。いや、もちろん良い朝ではあるのだ。外に出た瞬間、今日も頑張ろう、と気合いが入るような。

  だけど。

  俺は眉を顰めた。

  なんというか、あんまりだ。こんな仕事、引き受けた自分が悪いし、もちろんこんなになるまで放っておいた雇い主も悪い。

  俺は顔を顰めたまま手に持っている籠を眺めた。可愛らしい装飾のされた、可憐な籠。中に凶暴なモンスターが入っているなど、誰が思うだろうか。俺はまた雇い主の根性の悪さを噛み締めて、ため息を吐いた。


  ――ぐずぐず言っていてもしょうがない。今自分にできることは、できるだけ速く足を動かすこと。そして、できるだけ早くこの籠を手放すことだ。こんなもの、自分の手には負えない。

 俺はまた大きくため息をつくと、雇い主に渡された地図に従って走り始めた。






  結局、籠を運ぶのに日中全部かかってしまった。目の前には黒々とした山。生い茂った深い森が、夜の淵に沈んでまるで底なし沼のようだ。籠の届け先が、この中にある。今からここに入らなければならないと思うとゾッとしたが、俺は深呼吸をしてどうにか覚悟を決めた。どの道ここでいつまでも立ち往生するわけにもいかないし、荷物の期限は真夜中ーーつまり深夜12時までだ。





  山に1歩踏み入ると、さくり、と落葉が鳴った。丁度今は11月。冬眠前の動物が餌を求めて活発化する季節だ。クマなどにも気をつけなければ本当に危ない。震える足を叱咤しながら、俺は1歩1歩、ゆっくりと歩いていった。クマに襲われたら最悪、手に持っている籠の中のモンスターを出せばいいと思ったが、これを逃がすと下手したら命は無いと言われている。雇い主と契約するときも、十分気をつけるように何度も言われた。

  地図に描かれた地形は完全に暗記しているし、俺には妙に優れた方向感覚があるので、たとえ暗い山の中でも迷うことはないのだが、この籠の受け渡し場所が難点だった。山の中にひとつだけぽつんとある、吊り橋の真ん中。

  こういう荷物が届けられるのを待つとき、家でずっと待っているか、もしくは時刻をきっちりと設定することが普通だ。けれど今回、時間制限がついているだけで、明確な時間は定められていない。

  歩いている限り人影はないし、また人家も見当たらない。もうずいぶん長いこと、人が住んでいないようだった。もしかしたら吊り橋は朽ちかけているかもしれず、そんなところで酔狂に待ち続ける人がいるとも思えない。いや、いるかもしれないけど。

  吊り橋の近くまで来ると、突然カサ、という音が地面からしなくなった。おかしい。木はそこら中に掃いて捨てるほどある。近づいてよく見ると、落葉はなく、綺麗に舗装されているようだった。何だ早合点か、どうやらここらから人が住んでいるらしい、と俺は安堵した。が、人の気配は全くしない。不思議に思いつつも、そのまま足を進める。今自分にできることはこの籠を届けること。さっさと済ませて、早くこのおっかない山からおさらばしたい。俺は歩く速度をさらに速くした。





 吊り橋の前まで来る。ようやく着いた。長い道のりだったと俺はふっと笑みを漏らした。人間、極限の状態になったら、感情が爆発して、笑みがこぼれるものである。鼻歌を歌いながら、目の前の吊り橋に1歩踏み出したときーー





 ざわり、と不自然に空気が揺れた。





  とっさに右手を腰に携えた刀の柄にかけ、左手で籠を庇うように持った。

  相手が人間だったらいい。もし相手が受け取り人なら吊り橋を渡ることなく荷物を渡せるし、単なる村人だったら世間話の1つや2つでもして、受け取り人の情報を聞いて帰れる。

  だが現実は非情だった。見当をつけた方角にいるのは通常の人間ならありえないサイズ。たぶんクマだろうと予測し、どんぐりを投げつけて、その隙に逃げることにした。

  なのに。

  巨大なクマは、どんぐりなど気にせず真っ直ぐこっちに向かってくる。

  嘘だろ、おい。やべぇ。もう無理かな。相手は時速50km/hで走るんだぞ。いや、ワンチャンいけるんじゃね?

  様々な言葉が胸中をとびかうが、無我夢中で走る。今までの人生で1番速く走ってる、と自覚しながら俺は走り続けた。と言っても、クマの速さに適うわけもなく、一瞬で追い詰められる。

  俺は、自分の肩から下がった籠を見た。中にいるのは、白い口だけある物体。ヤツメウナギを5倍くらいにして、丸くしたものを思い浮かべてもらえれば幸いだ。特性もヤツメウナギと同じようなもので、他の動物の血を一瞬で飲み干し、仕留める。そんなわけで、こいつはクマ以上に凶暴なので、下手したら自分が襲われて死ぬ。けれど。たぶん。ちょっとした時間稼ぎにはなるだろうと、籠の留め具に手をかけた。





 その時。





 突如光が走り、クマの巨大な体が倒れた。





 は?、と声が漏れる。誰か、いたのか。でも何も見えなかった。ただ、光がクマの首に吸い込まれるように走り、クマが倒れた。

  俺はしばらく呆然とした後、我に返って、籠の留め具を留めた。もし相手が受け取り人だったら、モンスターを逃がそうといていたことがバレて、殺されてしまうかもしれないからだ。相手は自分より格上で強い。まともに闘おうと思っても、それすら叶わず一瞬で倒されるだろう。

  息を整えて、おもむろにクマが倒れた方を見た。先程からここらがちょっと明るくなっている気がする。助けてもらったお礼を言おうと思っただけなのに、見た瞬間背中が凍りついた。





  そこに居たのは、たぶん自分と同じくらいの歳の少女で。





 すごく綺麗で、美人なのに。





 全身が淡く、光っていたから。




  幽霊だったらどうしよう、殺されるのだろうか、と思いつつ、といって何も出来ずそのまま立ちつくす。

  その少女は、俺の方を見てこてん、と可愛らしく首を傾げた。




「あなた、だれ?」

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