22.猫パンチは必須です
私を見た時の、森羅の母君の対応は独特だった。
「うんんんんまあああああああーーー」
とたんに、年齢相応の落ち着いた着物を着ていた楚々としたご婦人が喜色混じりの奇声を上げ、そして大蛇に変わった。
(白蛇!! 大白蛇っ)
そして、その蛇が雪花に絡みついた。
“なーーーーー!!”
にー、とかなー、しか出ないのか、この発声器官。
「なんっっっって、かわいらしいのかしら!! この子猫ちゃんっ」
私は、星の王子様の作者が幼少期に描いた絵を思い出す。帽子にしか(というか帽子にも見えない)見えないその絵は、本人曰く“大蛇が像を丸呑みした絵”だ。
幼きサン=テグジュペリは、周りのすべての大人たちが“帽子の絵”だとしか言わないと憤慨していたが、私にとっては最も重要なのが、“蛇は像を丸呑みできる”ということ。
丸呑みされる!!
たまに蛇を猫パンチで撃退する猫(または捉まえる)もいるが、今の私は、明らかに獲物。
“にゃーーー”
とぐろの中のぐるぐるに巻き込まれて、爪を立ててみたら「あら、いたっ」と、拘束がくるくる解かれる。
(まずい、お母様に爪をたててしまった)
と思うものの、猫の私は臨戦態勢。小さいながらも精一杯毛を逆立てていたら、森羅が抱き上げた。
「今のは、母上が悪い。雪花、爪をしまいなさい」
「悪かったのぅ、すまぬ」
(爪を仕舞うのってどうやるの?)
きょとんと森羅を見上げると、彼は苦笑した。
「そうか。雪花にはそこから教えないといけないね」
(――丸呑みされるかと思った)
“ニャー”と言えば、森羅が笑う。森羅っていつも笑ってばかり。自分といると嬉しそうだ。相手が自分を見て笑ってくれるって嬉しいけど。
「丸呑み?」
(そう、星の王子様の絵のように)
「サン=テグジュペリだね」
どうやら、森羅は私の“にゃー”だけで会話ができるらしい。これは貴重だ。
星の王子様を書いた作者の本名は、アントワーヌ・マリー・ジャン=バティスト・ロジェ・ド・サン=テグジュペリだ。
彼は本の主人公と同じ飛行機乗りで、サハラ砂漠に不時着して、三日間歩いて自力で生還したという経歴がある。
その後も何度も行方不明になり、そのたびに生還したが、最後は飛行中に行方不明になった。飛行機の残骸も見つかっていない。
まるで本当に――違う世界に行ってしまったかのよう。そこにはロマンチックでありながら、もの悲しさを覚える。
「雪花は少し悲しい?」
何でもわかっちゃうんだな。
「俺も読んだよ」
“にゃー”
私は、高校で仏語を学んだ。星の王子さまは、初心者向けの絵本ようで、仏語は中級者向け。かなり難しいのだ。
いろいろ書かれているけれど、私は星の王子さまとの最初の出会いの場面が好きだ。
“Desine-moi un mouton”
何度も星の王子様が作者にねだってくるところが可愛い。
「そうだね。でも雪花の方が可愛いよ」
それは今いいから!
「大丈夫。雪花を置いていなくならないし。君を護るから」
雪花は顔を落として、森羅の胸に両手でしがみつく。爪の仕舞い方はまだうまくできない。
「君のお兄さんに連絡をとった。送る前に、とりあえず、うちの侍医にみせるから」




