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須之内写真館  作者: 大橋むつお
35/50

36・赤いリボンの女の子・1

須之内写真館・36

『赤いリボンの女の子・1』       



 寒くて熱いところを撮りに行こうと思った。


 直美は、プロ用デジカメぶら下げて、桜木町の駅から山下公園を目指した。

 期待はしていなかった。寒くて熱い場所とは、冬のデートスポットのことである。編集部の要請で引き受けたが、簡単そうでむつかしい。ディズニーランドのような安直な場所は最初から考えていない。新宿や原宿渋谷も、人が多くて俗っぽすぎる。

 で、ジイチャンの玄蔵に聞いたのが間違いだった。


「それなら、横浜の山下公園だ。程よいアベックが、程よくいるよ」


『コクリコ坂から』じゃあるまいし、いまどき吹きっさらしの海岸、それも平日にデートするカップルなんかいないと思っていた。

 案の定、桜木町の駅から公園に向かってみたけど、公園に向かうアベックはいなかった。


 ま、いいや。山下公園だ、意図しないネタが転がっているかもしれない。そんな気持ちで公園に向かった。

 あまり知られていないが、山下公園は、関東大震災の瓦礫を埋め立てた上に造成された公園である。そう思うと、何を撮っても、いい被写体になりそう。


 氷川丸を遠景に全体を撮ってみた。


「うん、サマにはなるなあ……」

 直美はひとりごちて、海岸沿いに歩いた。

 かなりのご高齢と見られるお爺さんが、粋な革ジャンで油絵を描いていた。

「一枚撮らせてもらっていいですか?」

「ハハ、こんなロートルで良ければ、どうぞ」

 老人は、かなり描き慣れているのだろう、筆運びに迷いがない。

「慣れてらっしゃいますね」

「こればっかし、描いていますからね」

「なにか思い入れでも?」

「僕は、あの氷川丸に縁がありましてね……大昔は、あそこでボーイ見習いをやってました」

「船員さんだったんですか?」

「ボーイは、船員とは言えるかな……それから兵隊にとられて、傷病兵で帰ってきたのも、あの氷川丸でした」

「そうなんだ……」


 その間に、三十枚ほど老人を撮った。


「戦後は、シアトル航路に復帰した一時期、ボーイで乗り組んでいました。船が引退してからは、会社の系列のレストランでボーイ。六十で辞めてからは、暇にまかせて、ここで絵ばかり描いてます」

「道理で書き慣れていらっしゃる」

「僕ばかりにフィルム使っちゃもったいない。被写体はいくらでもありますよ」

「あ、これデジカメですから」

「なるほど。でも、あっちの被写体もどうですか?」

 老人が向けた筆の先には『赤い靴の女の子』のブロンズ像があった。直美は言われるままにレンズを向けて写真を撮った。

「あれ……」

「お気づきになりましたか」


 ファインダーの中の『赤い靴の女の子』の向こうのベンチに赤いリボンの制服を着た小柄な女子高生が、同じ視線で海を見つめていた。

「朝から、ずっとああしているんですよ。こんなジイサンが声を掛けちゃ逆効果かと思いましてね。僕からお願いするのもなんだけど、貴女、声をかけてやってもらえませんか……」

「分かりました」


 直美は、そう言うと、写真を撮りながら一度少女の前を通り過ぎ、後ろに回り、並ぶようにして声を掛けた。

「ちょっと掛けていい?」

 少女は、かすかに頷いた。安心させるために『赤い靴の女の子』を数枚撮った。

「朝から、ずっとここじゃ寒くない?」


 少女は、もう一つ大きく驚いて顔を上げた。



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