12 いないはずのクラスメイト
「痛いっ。百合乃、爪痛いって」
その言葉で爪を立てるのは止めてくれたが、腕は掴まれたまま引っ張られていく。
百合乃は明らかに怒っていた。巻き髪の少女よりも恐らく俺に対して。
2週間先輩の百合乃にならって、あの頭のおかしい子はスルーすべきだったか。
廊下端にある階段付近に来て、人気も無くなったので百合乃に話し掛けてみる。この学校はエレベーターが何か所かあるので、わざわざ隅にある階段を使う人はあまりいないようだ。
「さっきの巻き髪の子はなんなんだ?」
無視。
「なあ、ごめんて」
百合乃は俺の腕を離し、無言で階段を上っていく。仕方ないので俺も黙って付いていく。
3、4階ぐらい上っただろうか。恐らく屋上へと通じる扉の前までやってきた。
百合乃がポケットから鍵を取り出す。なんで、そんな物を持ってるんだ。
「サヤカさん?」
そう聞くと彼女は頷いた。
彼女は扉を開けるとそのまま押さえて、俺に先に入るよう促す。
屋上は日差しがきつかったが、心地よい風が吹いていた。乾いたコンクリートの匂いがする。
百合乃の方を向くと、彼女は階段の下の方を見ていた。誰か付いて来てないかどうかを確認しているのだろうか。
やがて、百合乃も屋上へ上がり、扉を閉め、鍵をかけた。そして、きょろきょろと周りを伺い、俺達以外に誰もいないことをまた確認していた。
「念入りだな」
「ふぅ」
百合乃は緊張から解放されたように息を吐く。
細長い指にキーホルダーを引っ掛け、鍵をくるくる回している。
「あなたと誰もいない所で話せる場所としてサヤカさんが用意してくれたの」
「ふーん」
「でも、頻繁に使うと他の人に怪しまれる可能性があるから緊急の時だけ」
つまり、緊急の時ってわけか。
「で、さっきの子は?」
「2年4組の春宮ヒマリさん。春宮家はここら辺じゃ有名な御三家の一つらしいよ」
「名家のお嬢様ってわけか」
「そう」
「魔王とは関係あるのか?」
百合乃は鍵をポケットにしまい、顎に指を当てる。
「うーん。今の魔王に関しては正直分からない。でも、ちょっと違うかなって思う」
俺も最初は魔王関係だと思っていたけど、少し話してみて何か違う気がした。そもそも、あの怪人百面相がしたような、人としておかしい挙動というものがなかったし。要注意人物ではあるのだろうけど。
「でも、ならなんであんなに百合乃のこと敵視してるのだろ」
「それも分からない。1週間前ぐらいからずっとあんな感じ。頻繁に会うわけじゃないからいいけど、今日は転校生が来たと聞いて待ってたのかもね。何か思う所でもあって」
「ははーん。もしや、俺と接する時と同じような接し方をしたんじゃないか? あれは俺だから許さ」
「はぁ……」
流し目で溜息を吐いてから、百合乃は日陰の方へと移動してしまった。
「ご飯食べよ」
「そういや俺も何か買ってこないと」
そう言う俺に、百合乃は頬を膨らませながら弁当箱を一つ突き出してきた。
「えっ?」
「今朝、あなたがご飯食べる場所に置いておいたのに、忘れたでしょ」
なんですと。
「まじですか」
「料理は私がやるって言ったよ?」
「いや、あれは家にいる時だけだと思ってた」
「いらない?」
小首を傾げる百合乃。天使だ。天使がいた。
「い、いただきます」
彼女の気が変わる前に受け取る。さらにペットボトルのお茶を渡された。俺の分も買ってくれていたのか。
「今度から飲み物だけは自分で買って」
「そうするよ」
日陰で百合乃と並んで食べる。
「うっひょー、うまそー。まずはこのハンバーグから、と。うめぇー。そして、お次はこのほうれん草のお浸し。うん。おいしい! これは愛情たっぷりですね。ちらっ」
顔赤くなったかなと横目で彼女を伺うと、澄ました表情で食事をしていた。ちっ、慣れてきたか。
「もう少し語彙を増やした方がいいんじゃない?」
「そうですか」
でも、どれも美味しいのは事実だった。
もぐもぐ。うん、このみりんと醤油で味付けられたゆで卵も美味。
「そういや、機嫌は直ったのか?」
「なんのはなしー?」
「こ、心当たりがないのならいいんです、はい」
別に怒っていたわけではないのか。
恐る恐る彼女の方を見ると、目が合った。考え事をしているような表情だった。
「クラスであなたに話し掛けてきた人いたでしょ?」
「えっ、ああ。新聞部の広瀬ゲンキだっけ? いい奴そうだな」
百合乃がそうじゃないと首を振る。
「もう一人の方」
「あー、なんだっけ。三柴セイジだったかな。敬語で話してた奴か。あいつがどうかした?」
「今日初めて見た」
「ん? あいつも転校生だったってこと?」
「今日、転校してきたのはあなただけよ」
いまいち何が言いたいのか分からない。
「病気か何かでずっと休学してたのか」
「それもたぶん違う」
「ふむ」
「彼の机も椅子も以前は無かった。これ見て」
百合乃はポケットから折り畳まれた紙を出してきた。
「2週間前、私がこの学校に入った時に貰った私達のクラス名簿」
ひょっとして、三柴セイジがいないのか?
「えーと、間宮セイコ……三木トオル……御手洗ケンジ……いないな」
「でも、クラスの皆は彼が今までいたかのように振る舞ってる。普通じゃない」
「確かにそれはおかしいな。魔王関係ってことか?」
「それはまだ分からないけど、可能性は高いと思う。放課後に尾行しましょ。被害者が出る前に」
「分かった」
登校初日にいきなり当たりを引いてしまったか。まあ、手下の方だろうけど。
「今までもこんな感じだったのか?」
「今までは襲われたり、誰か襲ってる所に出くわしたりで今回のようなのは初めて」
「どちらにせよ、行き当たりばったりな感じだな。こんなんでいいのかな」
「情報欲しいから私は生徒会の役員になったよ。そこだと学校の色んな話が入ってくると思って」
「はい?」
初耳なんですけどー。
「いやいや、転校してきたばかりでよく入れたな」
「生徒会長さんとたまたま一緒になった時に魔王の手下に襲われて、それで私の戦い振り見て生徒会に入らないかって言われた」
「なるほどなー」
「たぶん生徒会長さん、もう忘れてると思うけどね。あと、千木良アキ先生……そういう先生がいるんだけど、その人が推薦してくれた。外部からの新しい風を入れるべきだって言ってくれて」
「へー」
まあ、情報は重要だからなあ。情報、情報か……ん?
「新聞部ってどう思う?」
「いいんじゃない」
教室に戻り、広瀬ゲンキのことを待っていると向こうから話し掛けてきた。
「おいおいおいおいー。イクトっち、聞いたぞ! あの春宮とやりやったんだって?」
「よく知ってるな。いなかっただろ、あの時」
ゲンキがにやりと笑い、親指を自分自身に向ける。
「新聞部の敏腕記者を舐めないでもらおうか。って、単にそこら中で噂になってるから、耳に入っただけなんだけどね。何せ春宮だからなー」
うへー、そこら中で噂とかちょっと勘弁。
「なんか色々と凄い子だな」
「見た目は最高なんだけどな。でも、今のアイツとは関わらない方がいいぜ」
「昔からああなのか?」
「いいや」
ゲンキは首を何度も横に振る。
「中等部の頃から知ってるけど、昔はいい奴だったぜ。そりゃ生意気なとこはあったけどさ。明るくて華やかで家柄とかも気にすることなく、気さくに誰とでも話す。だから、アイツの周りにはいつも人が集まった。でも、去年の今頃ぐらいからなんか変わっちまった。中等部の頃からやってたダンス部辞めた辺りから、なんかおかしくなっちまったんだ」
一旦話を止め、その先を続けるかどうか逡巡しているようだった。
「俺、新聞部にちょっと興味あるんだよなー」
ゲンキの目が輝く。
「ほんとに? んー、いや。イクトっちとは今日会ったばかりだけど、悪い奴じゃないのは分かるよ」
そう言うとゲンキは辺りを見回し、少し声を落とす。百合乃は今隣にいない。
「聞いたこともない名前の人を知ってるか、って皆に聞き回るようになったんだ。で、知らないって言うと怒り出す。あんなに仲良かったのになぜ忘れるの、一緒に授業受けてたでしょ、って。皆、誰だよ状態。軽いホラーだぜ? それ以来だんだん険しくなっていって、近寄り難くなってしまった。しまいには魔王がどうのこうの言い出す始末だもん。参っちゃうよな。仲良かった連中も今じゃ春宮のこと気味悪がって、皆避けてるぜ。オカルトにはまるなんてもったいないよなあ」
いないはずのクラスメイト三柴セイジ。それとは逆のパターンで、いるはずの人がいないってことなのか? 春宮視点だと。単に頭がおかしくなってしまっただけの気もするが。魔王か……。
しかし、あいつにはもう話し掛けたくねー。そもそも、俺も百合乃も敵視されているから、まともに会話も成り立たないだろうな。最終手段にしよう、そうしよう。
「つーことで、イクトっちも今日から新聞部な。この俺から情報引き出したんだ。才能あるぜ」
「ああ、それなんだが。今日の放課後はちょっと用事あるから、明日からでいいか? すまん」
「オッケー。とりあえず、部長には言っとくわ。期待のホープがやってくるってな」
「なあ、そのオッケーという言葉の元ネタ知ってるか? ホープでもいいけど」
「オッケーはオッケーでホープはホープじゃないの?」
「ああ、そうだな……」
知らないか。




