第35話 師匠の資格
「ごめんなさい!謝って許されるものじゃないけど、本当にごめんなさい!」
アリシアは深々と頭を下げた。
薬を渡されてからのいきさつを打ち明けたのだ。
もっとも、ミナに脅されたことなどいくつかのことは伏せたままではあるのだけども。
言われた方のレオナルドはきょとんとした顔をしていた。
「何をそんなに謝っているのか分からないや。結局、そのもらった下剤とかいうのは捨てたんだろ?」
「そうだけど……」
「だったらいいじゃないか。何が問題なんだ?」
あっけらかんとした返事に今度はアリシアの方がきょとんとなった。
「だって、陥れようとした薬を捨てずにずっと持ってたんだよ。考えが変わらなかったら、このまま食事に混ぜたかもしれない」
「だけど、混ぜなかったんだろ」
レオナルドの表情は穏やかだった。
「だったらいいじゃないか。人間なんだから、悪だくみを持ちかけられたら、悩みくらいはするだろ」
アリシアは自分とあまりにも違うレオナルドのポジティブシンキングにたじたじになっていた。
「だいたい、今の予選を勝ち抜いてきた俺の強さはあんたのおかげなんだからさ。あんたの心境の変化で負けたのならば、それはそれで本望だよ。俺は師匠であるあんたの期待にこたえることのできない無能な弟子だった。それだけの話さ。それよりさ。街で面白い店を見かけたんだ!――」
事情を深く問いただすわけでもなくレオナルドは話題を変えた。
何が理由で薬を入れようかと迷ったのか――
それすらも聞かずに。
アリシアの内面に存在する、レオナルドへの負い目は一層と深くなった。
(僕はレオにずっと師匠みたいな偉そうな顔をしてやってきた。だけど、本来、師匠というものは剣の技術だけでなくて、生きるための指針を弟子に対して、自らの姿勢をもって示してやらなければならない。それが僕はどうだ。人間の器としてレオに完全に負けているじゃないか。ひょっとしたら、剣技すらそのうち追い越されるのかもしれない。そしたら、レオにとって僕はもう必要な存在ではなくなるのではないのか!僕の存在は一体なんなんだ)
悶々とした悩みを抱えながらアリシアはレオナルドとの会話を終えて廊下に出ると、そこにはマルコが腕組みをして壁にもたれかかっていた。
「下剤を持ってたことを知ってたの?」
「知ってたさ。キールの従者のじいさんの正体を突き止めるまで、あんたを泳がせておくつもりだった。情報を集めたら、レオのあんちゃんにあんたの動向も含めて、全て話すつもりだった。だがまあ、あんたが自白した以上は、じいさんとあんたとの接触を待つ方法は難しいだろうなあ」
マルコは口笛を吹いて廊下の同じところを歩き回った。
「なにか…なにか!ぼ…あたしに協力できることはないか!あの執事がこのまま下剤の罠だけで終わらせるわけがない。それを阻止したい!」
アリシアがありったけの勇気を振り絞りそう言うと、マルコは目を輝かせた。
「その言葉を待ってたぜ」