表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/14

【応仁の乱編】第一段 御霊の森の戦い

この物語は、前作「兼好法師の黄泉報告書【南北朝の終焉とその後の火種編】」の続きとなります。


南北朝合一という慶事の後に起こる家督相続の相次ぐごたごた。小さな火は大きな火となり、応仁の乱という大乱へと姿を変えていきます。


前作から読んでいただくと、火種がどのように積み重なっていったのかがより楽しめますが、この巻から読み始めても内容が分かるよう書いております。

【応仁の乱編】第一段 御霊の森の戦い


-------------------

ついに刃を交える日が来た。政長、上御霊神社に陣を敷き、義就と激突した。この戦いの一部始終、実に人の心の動きが見える興味深いものだったので、書いておこうと思う。

________________________________________

篁様へ申し上げ候。

此度、下界にて見届け候仔細、左の如くに候。

文正二年正月十八日、政長、上御霊神社の森に陣を敷き、対する義就、三千の兵をもってこれを包囲いたし候。折しも風強く冷え込む日にて、戦の炎、瞬く間に燃え広がり~~~~~~~

________________________________________

現代語訳

篁様、報告します。

今回見たことを書いておきます。

文正2年(1467年)正月18日、政長は上御霊神社の森に陣を敷き、これを義就が3000の兵で包囲しました。折しも風が強く冷え込む日で、戦の炎はあっという間に燃え広がったそうです。

義政は両者に加勢を禁じましたが、宗全はこれを無視して義就に加勢しました。一方の勝元は将軍の命令に忠実に従い、政長からの度重なる援軍要請にも応じず、ただ矢を1本贈るだけで、兵は送りませんでした。

そうして政長は持ちこたえられず、翌19日の未明、自分から陣に火を放って敗走しました。命は助かったものの、この一戦は政長方の敗北で終わりました。

私が見て興味深かったのは、この後の京の人々の反応です。将軍の命令を律儀に守った勝元よりも、命令を破ってまで加勢した宗全の方に、世間の同情が厚かったそうです。筋を通した者よりも、情に厚い者の方が人には好まれるものなのかと、少し考えさせられました。

________________________________________

正しいことをした者が評価されるとは限らない。むしろ、その正しさが「冷たさ」に見えてしまうこともある。勝元にとっては、この一戦の不参加が、後々まで尾を引く痛手になったのではないかと、我は思う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ