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第39話 大好き

 二学期期末テスト最終日を無事終え、クラスの中は安堵と開放感でざわざわと賑やかだった。


「よーし、今日はこれで終わりだ。お前ら、テスト終わったからって調子乗って遊びまくるなよ」

 望月先生はそのまま教室を出ていく。


「遥、一緒に帰ろう」

「千雅」


 千雅はいつも通り、優しく微笑んでいる。

 私は、これから千雅に伝えることを考えて、心が落ち着かない。


「……遥、どうしたの?」

「ううん、大丈夫。帰ろっか」

「うん。……。」


 荷物をまとめた鞄を肩にかけて昇降口へと向かう。

 自然と口数が減って、空気が少し重くなる。


 帰り道、いつもは楽しく話しながら帰っていたのに、話すことを考えて自然と言葉が詰まってしまう。どうしよう、なんて言ったら。


「……遥?」


 いつもと様子が違うことに気づいたのか、千雅が心配そうに私の顔を覗いている。

 ……だめだ、ちゃんと言わなくちゃ。


「千雅。話がしたいの。」

 これ以上、逃げることはできない。


「……遥が嫌じゃなければ、僕の家でどうかな。親も仕事でいないから」

「え、でもそれは……」

「何もしないよ。約束する。」


 千雅が何かすると思ったわけではないけれど、本当にいいんだろうか。

 でも、外で話すよりはいいのかもしれない。


「うん。……いいよ。」

「じゃあ、行こう。」


 マンションに着くとエントランスを抜けてホール、エレベーターへと進む。

 千雅の家は三階、二人で廊下を歩く。

 私の家と同じ玄関扉を開けると、中はリフォームされている。

 さすがデザイン事務所のご両親。内装はとてもおしゃれで綺麗だった。


「わぁ……!うちの家と間取りはほとんど一緒なのにおしゃれ!」

「親がそういうこだわり強いからね」

 千雅は靴を脱ぐ。

「こっちが俺の部屋。どうぞ」


 玄関から入って左側にあった千雅の部屋を覗く。

 白い壁の明るい部屋。奥にはベッドがあり、シーツも整えられている。

 扉の横には小さなクローゼットと棚。

 壁側にはデスクとチェア、ベッドの前には丸いラグと小さなテーブルが置かれている。

 無駄なものが無く、整頓されていてモデルルームのようだった。


「綺麗っ!」

「散らかってるのは落ち着かなくて。ちょっと飲み物とか用意してくるから、好きに座って」

 千雅の部屋で一人きり。

 私はラグの上に座り、テーブルの前で千雅を待つ。

 ……また緊張してきた。どうしよう。深呼吸……。


 5分ほど経った頃、マグカップを二つトレーに乗せて千雅は戻ってきた。


「紅茶なんだけど、よかったかな?」

「うん、紅茶好き。ありがとう」

 千雅はテーブルの上にマグカップを置くと私の横に座る。

 緊張でマックカップを見つめてしまう。

 

「……っ。」


 言葉が出ない、なんて話そう。どうやって伝えよう。

 考えていたことまで緊張で飛んでしまった。


「遥。……答えが出たの?」

 その言葉に顔を上げて千雅を見る。

 千雅は悲しそうな顔で私を見つめている。


「っ……なんでわかるの。」

「わかるよ、遥のことだから」


 その言葉が私の胸をグッと締め付ける。

 泣くな、辛いのは私じゃない。


 逃げちゃだめだ。


 私は小さく息を吸った。


「……千雅」


「うん」


「ごめん。」


「……。」


「私、千雅とは……付き合えない」

 

 千雅は目をそらし、ゆっくりと瞬きをして小さく息と一緒に声を出す。

「……それはもう、僕が何をしても変わらない?」


「うん……。」

 

「……そっか。」


 沈黙が苦しい。

 千雅は私に顔を見せないように俯いたまま。


「千雅、私」

「朔のこと、好きなんだよね?」

 千雅の瞳が優しく私を見る。

「……っ。」

 千雅は顔を上げて苦しそうに笑った。

「ははっ……うん、そっか。」


 顔を両掌で押さえ、顔を軽く拭うと姿勢を正し、千雅は言う。


「わかったよ遥。でも、遥が朔を好きだとしても、僕は遥が好きなんだ。だから……これからも好きでいる事は許して欲しい」


 無理やり笑う姿に、胸が締め上げられる。

 私の選択が千雅を傷つけた。


「……うん。もちろんだよ」

 それしか言えなかった。


 千雅はスマホを覗き、通知を見て「そろそろ親が帰ってくるかもしれない」と慌て出す。


「え!あ……じゃあ私、帰るね」

 私は鞄を持って玄関へと向かう。


「千雅、……ありがとう。」

「こちらこそ。ありがとう、遥。」

「じゃあまた、学校でね」

「学校で」


 私は千雅の家を出た。


 ————————————


 ——……

 

 扉を閉め、遥が離れていくのを確認する。

 そのまま扉に背を向け、僕は倒れるように玄関に座り込んだ。

 『今日は帰れない』と通知表示されたスマホがポケットから滑り落ちる。


 本当は少し前から、遥の様子に気がついていたんだ。

 でも気付いていないふりをした、気付きたくなかったから。

 帰り道で遥に話があると言われた時、何を言われるかわかったんだ。


 聞きたくなかった。

 でも遥を悩ませた僕が、一生懸命 遥が悩んで出した答えを聞かないわけにいかなかった。


 

 ——「千雅、ごめん」


 堪えろ。今じゃない、泣くな。

 何度も何度も何度も、自分に言い聞かせた。

 

 そうしないと、僕は遥を抱きしめてしまうから。

 

 

 僕は 遥の恋人にはなれなかった。


 

「う゛っ……く……う゛……」


 堪えていた涙が行き場を失い溢れ出す。


 ずっと、遥だけを見ていた。

 引越しで離れ離れになった時も、どうしたらまた会えるようになるか考えて。ずっとお願いしてなんとかスマホも買ってもらって。遥の引越し先へ会いに行こうとしたけれど、僕も引っ越すことになっていけないまま。

 

 だから、高校で会ったときは運命だと思ったんだ。

 

 人の為に、家族の為に。誰かの為に一生懸命頑張れる君はかっこよくて優しくて。

 そんな遥が大好きなんだ。

 

 自分のことより人のことを優先してしまう君だったから。


 僕は、遥に一番幸せでいて欲しい。

 でも本当は、許されるなら。

 

「僕がキミを……幸せにしてあげたかったなぁ……。」


 大好きだ遥。

 本当に大好きだったんだ。


 僕は、声を抑えることができず、そのまま泣き崩れる。

 消えることのない恋心を握りしめるように拳を握る。


 家でよかったと心の底から思う。

 

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