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第31話 些細な仕草

「朔!待たせてごめん!」



 一生懸命走った。

 でも8分で間に合うわけなく。結局、遅刻してしまった。

 文化祭の時も寝坊したのに、今日まで寝坊するなんて……。

 乱れた髪を手櫛で直す。

 

「朔ごめんね……遅刻しないように、前もって動いてたんだけど、直前で家の鍵無くして……」


 朔は「あぁ……」と言って黙った。

 息を整えて顔を上げると朔の姿が目に入る。

 みんなで出かけた映画の時もオシャレだった。だけど今日は、前よりもっと……素敵に見える。


 自分でも何が何だかわからなくなってきた。


「あっ急に黙っちゃってごめん」

 

 朔は私を見つめて、黙ったまま。


「朔?」

「…………スカート」

「スカート………あ、これ?いつもはこういうの履かないんだけど、葵と由乃がオススメしてくれて!私も落ち着かなくって」


 スカートの裾を少しでも伸ばそうと引っ張る。

 由乃と葵が時間をかけて一緒に選んでくれた。

 全体的にブラウンが強いけど、可愛い……と思う。


 朔の沈黙が私を不安にさせる。


 …………もしかして変?似合ってない……?


 朔は何も言わず、私を見つめ続けている。


「似合ってな——」

「似合ってる」

 

 朔は目線を逸らす。

 小さい声だった。でも、ちゃんと聞き取れた。

 

 褒めてもらえたのが嬉しくて頬が緩む。

 

「よかった!ありがとう」

「……っ行こう」


 恥ずかしくなったのか朔は顔を隠すように先を歩き始める。

 その後ろ姿を追いかけずにはいられなかった。

 横に並んで道を進む。

 

「水族館、混んでるかなー?」

「土曜日だからな」

「人いっぱいだったら逸れないように気をつけなくちゃね!」

「そこまでじゃないだろ」

「それもそっか!」



 目を合わせようとしない朔の横を、はぐれないようについていった。


 ————————————

 

 水族館を舐めていた。


 小学校の校外実習くらいでしか記憶がなかったけどそんなに人いないだろうし大丈夫かなと思っていた。

 まさか「人いっぱいで入れなかったらどうしようね」と冗談で言った言葉が、本当になるなんて。


 チケット売り場には長蛇の列ができ、水族館の入り口も大混雑。

 どうやら今日限定のイベントが大人気。その影響でいつもと比較にならないレベルで混んでいるらしい。

 私たちと同じように、この混雑を知らずにきた人たちがそう喋っていた。

 なんで今日……。


 朔も私も人の多さに圧倒されて足が止まる。

 人混みは苦手だ。人が多いと自然と心も疲れてしまう。

 正直、あの大混雑の中には突入したくない。


「どう、しようか……?」


 横を見ると自分と全く同じ表情をした人がいた。

 絶対思っていることも一緒と見るだけでわかる。


「あの人混みの中……はい、る?」

「……やめるか」

「やめよう」


 即決だった。

 ここで頑張って体力と精神を消耗するくらいなら、水族館じゃなくていい。

 スマホのマップを開いて周辺を調べる。

「ここから少し歩いて行ったらショッピングモールがあるみたい。今日はそこで買い物でもどう?」

 当初の予定とは違うけど、こういうのは臨機応変に。


「そうするか」

「じゃあナビ……こっちかな。いこう」


 水族館は潔く諦めて、ナビの言う通りに大通りを辿り、二人でショッピングモールへと向かう。

 着いたらタピオカかフラペチーノ、飲みたいな。


「朔はタピオカとかフラペチーノみたいなの飲んだりする?」

「ほとんどないな」

「そっかぁ」

「……ラテは飲むけどな」

「私、ホワイトチョコレートモカが好き」

「……俺もホワイトチョコレートモカ」

「好み一緒!アレンジしたことある?あれは——」


 

 歩いて20分はある道なのに、もうショッピングモールの前にいた。

 楽しくて、時間の進みが早い。


「ここ、オープンした時に話題で気になってたんだ。結局来てなかったからちょっと嬉しいかも」

「ならよかった」


 モールの自動ドアが開く。同時に暖かい空気と甘い匂いが流れてきた。

 人は多いけど、水族館ほどじゃない。よかった。


「どこから見る?」

「とりあえず上から回るか」

「上から見て下に、いいね」

 

 入り口から少し進んだところにエスカレーターを見つける。

 前の人に続いて動く段差に乗った。

 

 自然と朔が私の一段下に立つ。

 隣に来ないのかなと気になって振り返ると、朔と目が合った。

「隣来ないの?」

「スカート」


 一瞬、何のことかわからなくて首を傾げる。


「後ろ」


 小さくそう付け足されて、ようやく気づいた。

 スカートの中が後ろから見えないように立って隠してくれてるんだ。


「……ありがとう」

 

 顔を隠すように前を向く。

 朔のさりげない気遣いに胸が熱くなる。

 少しだけ、守られてるみたいで嬉しかった。

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