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第17話 花火の匂い

 朔は人混みを気にしながら、遥の半歩前を歩く。

 手を引くことも、肩を抱くこともない。でも、ぶつからないように、さりげなく道をつくってくれている。


「朔、来てくれてありがとう」

 優しく守ってくれている朔の背中に呟く。

「いや……急に来られなくなって悪かった」

 

 朔は申し訳なさそうに、視線を下に向ける。私は急いで朔と足並みを合わせて歩く。

「大丈夫だよ!千雅と色々屋台とかも食べて回って、花火も綺麗で……朔が一緒に回れたらそれが1番だったけど、何か用があったんでしょ?」

「……そうだな……。その……」


 朔は次の言葉を考えているのか、眉間に皺を寄せて難しい顔だ。


「無理に話さなくてもいいよ?」

「……笑わないで聞いてくれるか?」

「うん」

「……親父がいま、帰ってきてるんだが……一緒に行きたいと言って聞かなくてな……」


「へ?」

 予想もしない理由に、気の抜けた声が出てしまう。


「……いや……本当におかしな話……なんだが……」

 朔は額に手を当てて、悩ましげに俯く。

「それで、どうしたの?」

「足にへばりついて、意地でも一緒に行こうとするから……動けなくて。その後、帰ってきた母さんが引き剥がしてやっと来られたんだ」


 想像するだけでも面白すぎる。

 朔のお父さんにちょっと会いたくなってしまった。

 

「そっか……!たいへんだったね!」

 

 面白すぎる。

 

「……遥、笑いそうなの堪えてるのが分かるぞ」


 耐えられなかった。想像して笑ってしまう。


「いやだって、そんな事あるんだって面白くて……あはは!本当ごめん!朔のお父さんに会ってみたくなっちゃった」

「……ただの子離れできてない、変なオヤジだぞ…」

「そうだけど!あはは!足にへばりついてまで息子の夏祭りに行こうとするなんて、朔の事が大好きなんだね」

「おまえなぁ……」

「ごめんごめん!」


 朔は嫌そうな顔をしているが、本気でお父さんのことが嫌なわけではなさそうだった。

 足にへばりついた時は流石に嫌だったかもしれないけど。自分のことを話す朔は新鮮だ。家族のことを話す朔は、いつもより表情豊かに見える。


「いつか会えるかなぁ?朔のお父さん」

「会わなくていい」

「えー?」


 朔といると何もかもが素敵に見えて。朔と話すのは何よりも楽しくて。

 急いで歩いていないはずなのに、時間が過ぎるのはとても早くて。

 気づいたらマンションに着いていた。


 エントランスを通り、エレベーターを待つ。

 私は2階、朔は5階。

 夜なのもあって、マンション内はとても静かだった。



 さっきまで弾んでいた会話が止まる。


 まだ帰りたくない。なんて思ってしまうのは、夏祭りの余韻か、夜の空気のせいなのか。


 そんな気持ちは知らないとでもいうように、エレベーターの扉は開く。朔と乗り込み、2階と5階を押す。


 1階から2階。すぐに着いてしまう。


 心ではため息を吐き、顔は平静を装う。

 

「朔、送ってくれてありがとう。……また学校でね」

「あぁ。」


 名残惜しい気持ちを残し、エレベーターを降りる。残った朔に手を振ってエレベーターが見えなくなるまで見送り、マンションの廊下を歩く。


「…………」


 さっきまでそばにあった空気を思い出し、少しだけ寂しくなった。


 夏祭りがあまりにも楽しくて。今日が終わる、それが勿体無く感じる。初めての感覚に心が落ち着かない。

 私は家の鍵を探すために巾着を開ける。鍵……。


 探っていると、誰かが廊下を走っている音が聞こえる。


「遥!」

「え!朔?!どうしたの?」


 廊下を走り、階段から駆け降りてきたのは朔だった。


「もう少しだけ!……時間あるか?」


 急いで来たせいなのか、朔の頬は赤かった。

 話忘れたことがあるのか、何か用があるのか。

 どんな理由でも、まだ朔と一緒にいられる事が嬉しいと思った。


「時間あるよ!」


 朔と私は、マンションの入り口にある小さな憩いスペースのベンチに座って、2人で遅くまで話し続けた。

 話しても、話しても会話は尽きなくて、この時間が出来るだけ長く続く事を願う。


 そこで吸った夏の空気は、朔とは見られなかった花火の匂いがした。

 そんな気がした。

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