『笑顔しか知らないOLは、涙の流し方を忘れていた』
「明るい子だね」
その一言が、
時々人間を壊す。
笑顔。
元気。
ポジティブ。
それを求められ続けた人間は、
いつか本当の自分を見失う。
第十二話、開幕です。
焚き火の火が静かに揺れている。
夜。
森。
みんなは眠っていた。
だがユウトだけは、
優花の日記を閉じられなかった。
『私は昔、
全然明るい子じゃなかった』
ユウトの視線が止まる。
『静かな子だった』
『でもお父さんとお母さんは、
そんな私を嫌がった』
『もっと笑えって言われた』
『もっと元気にしろって言われた』
『もっと周りを元気にしろって言われた』
ページをめくる。
『疲れてても笑った』
『悲しくても笑った』
『怒ってても笑った』
『笑えば褒められたから』
『笑えば空気が良くなるから』
『笑えばみんな働きやすくなるから』
ユウトの胸がざわつく。
『私は人間じゃなくなった』
『みんなを動かすための、
“人間の電池”になった』
火が揺れる。
『私の笑顔は本物じゃない』
『元気な性格も本物じゃない』
『全部、
後から作られたもの』
『彼らは私を変形させた』
◇
「……ユウトくん?」
声。
ユウトが顔を上げる。
そこには優花が立っていた。
彼女は数秒、
日記を見つめる。
そして。
「あっ、
見つかっちゃった〜♪」
笑った。
いつもの笑顔だった。
だが。
その笑顔が、
今のユウトには異様に見えた。
「優花……」
「返して返して〜♪」
優花は軽い調子で日記を回収する。
「ごめん」
「別に気にしてないよーっ!」
笑顔。
笑顔。
また笑顔。
ユウトは苦しくなる。
◇
翌日。
「みんなーっ!!
今日も頑張ろーっ!!」
優花はまた、
いつもの優花だった。
明るい。
元気。
騒がしい。
だが。
ユウトは知ってしまった。
それが、
“演技”だということを。
◇
「優花」
「んー?」
「少し話せないか」
「あとでねーっ♪」
逃げる。
また逃げる。
ユウトが近づこうとすると、
優花は笑顔で距離を取る。
「優花」
「わーっ!
薪集めなきゃーっ!」
また逃げる。
まるで。
本当の自分を見せたら、
壊れてしまうみたいに。
◇
夜。
焚き火。
静かな虫の声。
みんなが少し離れた場所で眠っている。
その時。
ユウトはようやく、
優花を捕まえた。
「優花」
「……なぁに?」
笑顔。
また笑顔。
ユウトは耐えきれなくなる。
「もうやめろ!!」
優花が固まった。
ユウトの声が、
森へ響く。
「もう、
無理して笑わなくていい!!」
「……え?」
「お前、
ずっと苦しかったんだろ!?」
「違うよー?
私元気だよー?」
笑顔。
でも。
その声は少し震えていた。
「違う」
ユウトは近づく。
「お前、
ずっと誰かのために笑ってただけだろ」
優花の肩が小さく揺れる。
「もしかしたらお前は、
自分はもう戻れないって思ってるかもしれない」
「……」
「俺たちが解放したサラリーマンたちみたいに、
もう自由になれないって思ってるかもしれない」
優花の笑顔が少し崩れる。
「でも違う!!」
ユウトは叫ぶ。
「お前はまだ生きてる!!」
「……っ」
「俺は、
お前に“元気な優花”でいてほしいわけじゃない!!」
「……」
「笑わなくてもいい!!」
「明るくなくてもいい!!」
「だから――」
ユウトは優しく言った。
「自由に生きろよ」
優花の瞳が揺れる。
「俺の言葉を信じなくていい」
「でも」
「せめて、
自由に生きることだけは許してやれよ」
◇
優花の唇が震える。
その瞬間。
ぽろっ。
涙が落ちた。
「……ぁ」
優花は泣いていた。
でも。
口元だけは、
まだ笑っていた。
長年貼り付いた笑顔が、
消し方を忘れていた。
「ぅ……っ」
涙が次々溢れる。
「わ、わたし……っ」
笑いながら泣く。
壊れたみたいに。
「もう……
わかんないよぉ……っ」
優花は震えながら、
ユウトへ抱きついた。
「どうしたらいいのか……
わかんない……っ」
ユウトは黙って、
彼女を抱きしめる。
焚き火が揺れる。
夜風が吹く。
そして優花は、
初めて誰かの前で、
本当に泣いた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
笑顔って、
本当に難しいですよね。
自分のために笑っているのか、
誰かのために笑わされているのか。
優花編、
ここで一つの区切りです。
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