『異世界に来ても、始業ベルは鳴った』
異世界に転移した。
だが、そこは剣と魔法の楽園ではなかった。
朝礼。
満員列車。
終わらない残業。
「空気を読め」という名の呪い。
日本のブラック企業は、
異世界にまで進出していた。
これは、
社畜だった男と、
自由を知らなかったOLたちが、
焚き火を囲みながら世界中のブラック企業を破壊していく物語。
少しでも刺さったら、
ぜひ最後まで読んでください。
「――始業時刻まで、あと五分です」
無機質なアナウンスが響いた瞬間、
結城ユウトは、自分が異世界に来たことを思い出した。
だが。
目の前に広がっていたのは、
石畳の街でも、
中世風の城でも、
冒険者ギルドでもなかった。
巨大広告。
高層ビル。
電光掲示板。
黒いスーツ姿のサラリーマンたち。
そして、朝の満員列車。
「……なんでだよ」
ユウトは思わず呟いた。
ここは異世界。
そのはずだった。
だが、街並みは日本と何も変わらない。
いや。
日本よりも、もっと息苦しかった。
「急げ」
「会議が始まるぞ」
「部長がお待ちだ」
誰もが同じ顔で歩いている。
死んだ魚のような目。
なのに、全員が笑顔を貼り付けていた。
まるで、
感情を失うことが社会人として正しいことであるかのように。
「おい、ユウト」
肩を叩かれた。
振り返ると、
同じ部署のOLが立っていた。
「遅れますよ」
彼女は微笑んでいた。
だがその笑顔は、
まるで印刷された仮面みたいだった。
「ああ……悪い」
ユウトも反射的に頭を下げる。
気付けば、
謝罪することが呼吸みたいになっていた。
異世界に来てから、
もう一年。
日本最大級の多国籍企業――
《ElectroNingen Inc.》
ユウトはその社員だった。
ElectroNingen Inc.は、
自動車、
産業ロボット、
半導体、
映像機材、
軍事用魔導機械まで扱う超巨大企業だ。
ギヴケイン各地に支社を持ち、
異世界そのものを飲み込み始めていた。
だが。
社員たちは、
自社製品を誰よりも嫌っていた。
車を見るだけで顔を曇らせる者。
半導体工場の広告を見て吐き気を堪える者。
カメラを見るだけで、
震えるOL。
なのに誰も何も言わない。
ただ耐える。
黙って働く。
まるで、
鎖を愛する奴隷みたいに。
「……違う」
ユウトだけは、
そう思っていた。
体は会社のものでも、
心まで売る必要はない。
スーツを着ていても、
サラリーマンもOLも、
ただの綺麗な奴隷だ。
だからユウトは、
誰にも見つからないよう、
秘密のノートを書き続けていた。
『社畜解放宣言』
異世界で酷使されるサラリーマンとOLを、
ブラック企業から解放するための思想。
もし見つかれば終わりだ。
それでも、
書かずにはいられなかった。
だが。
その日は突然やってきた。
「結城ユウト」
会議室に呼ばれた瞬間、
ユウトは悟った。
終わった。
長机の向こう側。
そこには社長がいた。
白髪混じりの男。
完璧な笑顔。
完璧なスーツ。
完璧な化け物。
そして。
社長の手には、
ユウトのノートが握られていた。
「これは君のものかな?」
血の気が引いた。
どうして。
机の奥に隠したはずだ。
「いやぁ、素晴らしい」
社長は笑いながらページを開く。
「“我々は家畜ではない”……実に感動的だ」
社員たちが静まり返る。
誰も助けない。
誰も目を合わせない。
社長はわざとらしく朗読を始めた。
「“人間は働くために生きるのではない”――」
クスクス、と笑い声。
「“自由とは、命令されずに眠れることだ”――ははは!」
会議室に笑いが広がった。
ユウトの耳が熱くなる。
恥ずかしかった。
悔しかった。
でも。
それ以上に。
怖かった。
社員たちが、
社長ではなく、
ユウトの方を異常者みたいに見ていた。
「結城ユウトくん」
社長が優しく微笑む。
「君は、空気が読めない」
その瞬間。
ユウトの社員証は没収された。
そして。
誰も拍手しなかった。
誰も悲しまなかった。
まるで最初から、
ユウトなんて存在しなかったみたいに。
それから一年。
ユウトは街から街へ追い出され続けた。
ブラック企業同士で情報が共有されている。
どこへ行っても、
雇われない。
「思想犯」
「危険人物」
「反社会的社員」
気付けば、
ユウトは都市を捨てていた。
高層ビルを離れ。
線路を離れ。
広告を離れ。
人を離れ。
そして、
ギヴケインの森へ辿り着いた。
夜。
焚き火もない。
時計もない。
始業ベルも鳴らない。
静かだった。
あまりにも静かで、
ユウトは少し怖くなった。
「……これが、夜か」
会社にいた頃、
空を見た記憶すらなかった。
星が見える。
こんなに。
こんなに沢山。
その時だった。
――笑い声。
ユウトは顔を上げた。
遠くの森の奥。
暗闇の向こうで、
誰かが笑っている。
女の声だった。
楽しそうに。
本当に楽しそうに。
ユウトは息を呑む。
そして。
木々の隙間から、
五つの影が現れた。
第一話を読んでくださってありがとうございます。
異世界に来ても、
結局働いて、
結局疲れて、
結局空気を読まされる。
そんな世界で、
ユウトたちは「自由」を探します。
次回、
ついに“彼女たち”が登場します。
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