最終話
「ダミアン!ほら、おいで!!」
「にぃに!!」
リュシアンはもうすぐ王立学園へ入学する。そして、寮へ入り、この公爵家から巣立ってしまう。
ここから通うこともできるのにリュシアンは『僕は寮に入ります』と宣言されてしまった。
まだ10歳なのに、リュシアンは自分の意思をしっかり持っていて、彼は夢を叶えるために私の腕の中から巣立ってしまう。
『僕の夢は立派な騎士になることです。ダミアンに尊敬される騎士になってこの国を守りたい』
ネージュ様は今王太子殿下を護る近衛騎士団長として働かれている。
そんな父の背中を見て育ち尊敬している父を目指し、剣技を磨いている。
リュシアンは騎士科に入学する。
寮に入ったのも学園が終わればすぐに学園の隣にある稽古場に行けるからだ。稽古場のすぐそばに学園の寮がある。
朝目覚めてから眠りにつくまで剣の稽古をやりたい。
彼からそう言われた時、反対したかった。でもマシューからリュシアンの気持ちを優先してあげたいと説得されてしまった。
男の子の気持ちは父親であるマシューの方が理解しているみたい。
私はそこまで危険な仕事につかなくても……とつい思ってしまう。
伯爵の地位は約束されている。だから当主としての知識をこれからゆっくり勉強していけばいいのに。剣は趣味程度で嗜めばいいと思っていた。
でもリュシアンの剣を持っている時の真剣な顔を見てしまうと何もいえなくなる。
一度リュシアンに聞いたことがある。
『リュシアンはこの屋敷にいるのが嫌だと思ってる?ネージュ様と暮らしたい?』
『僕はマシュー父様を尊敬してる。優しくて頭が良くてカッコいいもん。父上のことも好きだよ。だけど僕が帰る場所は母様が居るこの屋敷。可愛いダミアンと大好きな母様、尊敬するマシュー父様がいるこの屋敷が僕のおうちだよ。でも僕は騎士になりたい。この国で一番強い騎士になりたいんだ』
目をキラキラさせてリュシアンが言った。
『………分かったわ、反対はしないわ。でもね、貴方が怪我をしないか、無理をして体を壊さないか心配なの。貴方はまだまだ10歳になったばかりなのよ?』
リュシアンを抱きしめた。まだまだ子供のリュシアン。なのにこの子はあまりにも早く私から巣立とうとしている。
私は愛情を親からもらえず育った。だからこそ子供達にはたくさんの愛を注いだ。
リュシアンが寮に入る日、ダミアンは「にぃに!」と後追いをして大泣きした。
私も仕事も用事もその日は何も入れず、リュシアンとゆっくり朝食を摂り、馬車に乗りリュシアンを寮へと送り届けた。
「行ってきます!」
リュシアンは笑顔で手を振った。
一度立ち止まって振り返った。
「母様!僕、母様の息子で良かった。僕を産んでくれてありがとう」
私の涙腺は崩壊した。
いつでも会える距離なのに、これからは毎日会うことはできない。
それだけで胸が苦しいのに、リュシアンのその一言が私の胸を締め付けた。
抱っこしていたダミアンはまだ2歳でよく状況がわからない。
だけど「かあしゃま?」と泣く私の頭をいい子いい子して撫でてくれた。
「リュシアン……私のもとに生まれてきてくれてありがとう。貴方を愛してるわ」
遠ざかったリュシアンに聞こえていないかもしれない。
でも、私は「愛してるの、リュシアン」ともう一度あの子の背中に囁いた。
そして腕の中にいるダミアンに「貴方のことも愛しているわ」と頬にキスを落とした。
隣に黙って立っていたマシューが私の肩をそっと抱き寄せた。
「リュシアンはまだまだ子供だ。何かあればすぐに駆けつけてあげられるように俺たちはそっと見守ってあげよう」
「うん」
前世の子供達は親からの庇護をしっかり受けて育つ。でもこの世界は、結婚も早いけど大人へと成長するのも早い。
それが誇らしくもあり寂しくもある。
リュシアンが15歳になったある日。
「母様、結婚したい人がいます」
突然のリュシアンの言葉に驚いた。15歳になったリュシアンが突然連れてきた少女は……
「ソフィア?」
面影があった。娘として育てたソフィアが目の前にいた。
「はい」
明るく可愛らしい印象。私が覚えているあの小さなソフィアのまま大きくなっていた。
「母様、彼女とは同じ学園で同級生として過ごしています。フィアと婚約させてください」
「ルシナ様………」
恐々と私を見つめるソフィア。養女として引き取られ幸せに暮らしていると報告は受けていた。
二人は幼い頃に数ヶ月間共に過ごしたが記憶には残っていないはず。なのに学園で再会して惹かれあったらしい。
リュシアンには婚約者はいなかった。ううん、作らなかった。
好きな人と結婚して欲しかった。私のように政略結婚はしてほしくなかった。
でもまさか……
運命の悪戯か……これこそ運命なのか。
「二人は好きあっているの?」
「はい、初めて会った時からフィアが好きでした」
「私もリュシアン様が好きです………幼い時共に過ごしたと知ったのは養父母に反対された時です」
「反対されたの?」
「はい、公爵夫人にはとてもご迷惑をおかけしたと聞きました。何度も諦めようと思いました。でも………」
「母様、僕はフィアを愛しています。諦めるなんてできません」
マシューは私の隣でただ黙って話を聞いていた。
私の答えは………
「二人を祝福してあげたい………でも世間は厳しいわ。もう忘れられてはいるかもしれない。でも二人が共にいれば心無い言葉に傷つくかもしれない……その覚悟はできているの?」
「僕はフィアじゃなければ結婚したくありません。全力で守ります」
「私はリュシアン様に守ってもらうだけではなく強くありたいです。悪いことはしていないのだから何を言われても平気です」
「養父母に大切にされて育ったのね?」
目を逸らさず真っ直ぐに人を見つめることができるソフィア。
「はい、愛していただきました」
「そう……リュシアン、向こうのご両親は説得できたの?」
「今頑張っているところです。なかなかお会いできないので手紙を送っています」
「良い返事はもらえないの?」
「………絶対もらいます」
「そう………メイサ、何か知ってる?」
私は控えていたメイドのメイサに声をかけた。メイサの夫の両親がソフィアの養父母だった。
「全く何も聞いておりません……でも義父は多分ソフィアのことが心配なのだと思います、とても可愛がって育てておりますし。それにルシナ様のお気持ちを考えると……その……」
言い淀むメイサ。
「メイサ、グリントンと話をしたいから呼んできてちょうだい」
メイサは急いで夫のグリントンを呼んできた。
「グリントン、リュシアンとソフィアの婚約の話を進めたいと思っているの。貴方からもご両親に話してちょうだい。私は賛成よ、好き合っているのなら反対はしないわ」
「しかし………」
グリントンは私のことを思って賛成はできないと渋った。
「グリントン、ルシナが賛成だと言っているんだ。俺も賛成だよ。もし誰かが何か言い出したら公爵家の力で全力で潰してやるさ」
「………旦那様……宜しいのでしょうか?」
ソフィアの両親のことはソフィア自身も聞かされていたようだ。もちろん私達の事情も。リュシアンも全て知っていた。
私自身は詳しく話してはいなかったのに、養父母が反対する理由を話したのだろう。
それでも二人は手を取り合い未来へ向かおうとしている。
「ルシナ、君は二人を認めるんだろう?」
マシューが優しい瞳を私に向けた。
「ええ、それが二人の幸せなら、私には反対する理由はないわ。ただ、ソフィアの養父母を説き伏せるのはリュシアン、貴方が頑張らないとね?グリントンも協力してくれると思うわ」
「「ありがとうございます」」
二人が顔を合わせて嬉しそうに微笑んだ。
そして………数年後………
愛し合う二人は幸せいっぱいの笑顔で愛を誓い合う。
その日ネージュ様と十数年ぶりに再会した。
マシューは「俺の顔だけ見てて」とやきもちを妬いて、彼には挨拶もさせてもらえず頭を下げるだけで終わった。
「マシュー、私が愛しているのは貴方だけよ?」
「俺も君だけを愛してる」
終




