52話
「妃殿下………」
私のことを空気としか見ていなかった妃殿下。突然の鋭い目に思わず怯んでしまった。
だって大好きだった人。私を殺そうとしたあの時だって妃殿下の行動が信じられなかった。
私に向ける憎悪。これは……もう認めるしかない。私は嫌われて……ううん、憎まれている……殺したいほどに。
「あなたなんかに優しくしてあげなければよかった。いつも一人で友人すらまともにいなくて、ただひたすら教科書を見て……そんなあなたに同情して声をかけてあげたのに、わたくしを追い詰めるなんて……公爵令嬢で常に成績もトップ、美しさだって人望だって全てはわたくしなものなのに……どうして誰にも愛されず誰にも相手にされず親にすら見捨てられたあなたがたくさんの人達から称賛されているの?」
言葉に憎悪の念を込めて「あなたなんか死ねばいいのよ!目障りだわ!誰にも愛されていないくせに生きている資格なんてないのよ!」と冷たく言い放った。
うん、私は父にも義家族にも愛されなかった。ネージュ様だって結婚してすぐは優しくしてもらえて嬉しかったのに裏切られた。
だけど、伯爵家の使用人も義母もとても優しく、あそこの場所は私にとって初めて自分らしく生きていける場所だった。幸せだった。
そして辛い実家での暮らしの中、マーガレット様の何気ない優しさは私の救いで大切だった。
「…………私は……それでも……妃殿下に……マーガレット様の優しい笑顔に救われて……何とか生きてきたんです……マーガレット様に少しでも近づきたい……少しでも認めていただきたい……憧れて…………何度も死にたい、もう生きたくないと思った時もあなたがいらっしゃったから生きたんです。今は……リュシアンという大切な息子がいて、生きなければと思っています……だからマーガレット様が死ねと言ってもまだ死ぬことはできません。ですがリュシアンが成人になったらマーガレット様のご希望通り死にます。この世から消えてなくなります」
「何バカなことを言ってるんだ!ルシナ!」
マシューが私の肩を掴んで怒っている。だけど私はそれを無視して続けた。
「だからもう少しだけ生きさせてください。あなたが救ってくれたこの命、惜しくはありません」
「あはははははっ、ルシナ、わたくしがあなたに優しくした?違うわ、わたくしを脅かそうとしたあなたが憎くて近づいたのよ。両親に貧相で惨めなあなたと比べられて腹が立ってわたくしがどれだけ優秀か、わたくしがあなたなんだかよりどれだけ上か分からせるためにあなたに近づいただけ。あなたにしっかり差を見せつけただけだわ」
そうなのかもしれない。だってマーガレット様はいつもたくさんの人に囲まれて光り輝いていたもの。憧れていた彼女に声をかけられること、笑顔を向けられること、それが私にとってどれだけ嬉しかったか……惨めなんて思わなかった。
羨ましいと思ってもそれ以上に憧れの方が勝って、今でも恨めない……だけど……
「ネージュ様は今も意識が戻りません。私を助けるために……少しも悪いと思わないのですか?それに、マーガレット様はやり方が嫌らしいです……あなたは堂々と意見を言うところがかっこよくて素敵でした」
「な、なによ、何よ?わたくしの気持ちなんてわからないでしょう?王太子妃なのにわたくしより活躍して、社交界ではあなたの噂で持ちきり。次はどんな新しい商品を生み出すのか、次はどんなことをしてくれるのかと耳にするたび、わたくしがどんな思いでいたと思うの?」
「………私には前世の記憶があります。その記憶がこの国にとって少しでも豊かになれるならと思って提案してきました。もちろんそこに金銭は絡みますし、商売なので利益は求めます。それでも、貴族だけではなく国民にとって意義のあるものにしたいと思ってきました。そんな私の考えが一方で人を苦しめていたなんて考えても見ませんでした」
「ルシナ!妃殿下の言い分はただの言い訳だし、嫉妬で傲慢だ。その言葉を君が聞き入れる必要はない」
「……メグ、もう人を盾にして言い訳するのはやめなさい。ひとは皆他人を羨むことはあるしそれが悪いことだとは思わない。だが君の話はあまりにも自分勝手でどこにも同情する余地はない。陛下に君の処分は一任されている。君はここから出ることはない。そして子供達にはもう二度と会うことはできない。ここで静かに過ごし……」
最後の声は私達には聞き取れなかった。
それは妃殿下に向かって口を動かしただけだから。
「い、いやよ!いや!わたくしは悪くない!全て悪いのはルシナよ!こんな女、優しくしてあげなければよかった!ねえ、死ぬなら今死になさいよ!どうしてわたくしだけ不幸にならなければならないの?」
「ルシナはあなたの言いなりになって死なせない。なぜあなたのわがままに命をかけなければならないのでしょう?ルシナはこれから幸せになるんです。ずっと耐えてきたのですからもう不幸になるなんて許さない」
マシューはマーガレット様にそう言って私を見た。
「ルシナ!いいか、リュシアンが大人になったら死ぬなんてバカな約束は破棄しろ!お前には生きる権利がある。なぜ他人に言われて死ぬなんて言うんだ」
「ルシナ殿、すまなかった……彼女の言葉など聞いてはいけないよ。君は君のために生きなさい。それに君にはこの国のためにもこれからの活躍を期待している」
「………私に生きる資格はあるのでしょうか」
マシューは「やはり会わせるべきではなかった」と呟いて私の肩を優しく抱き寄せて「ルシナ、リュシアンが待ってる」と動けなくて固まっている私の背中を押した。
「あははははは、わたくしだけ不幸になんてならないわ!ルシナ!あなたも一緒に地獄に堕ちなさい!」
マーガレット様の笑い声が耳に何度も響いた。
私の大好きだった笑顔は歪み憎悪に目を光らせて嗤った。
それが私が見たマーガレット様の最後の笑顔だった。




