それは誰かにとって止まり木のような ー1ー
婚約者が出来て一年と少し、原作開幕まであと三年と少し。
それまでにつけられるだけの知識をつけ、もしもの時の護身の術を身につけなくてはいけない。
剱の剣の師匠は無事に見つかり今ではすっかり剣術を磨いている。
ちなみに私も剱の横で少し剣を振るわせてもらってみだが、びっくりするほど才能がなかった。
才能どころの話ではなくはっきりと不向きだ。
剣を振るっているというより、剣に振るわれているといった表現が適当だと感じるほどに剣術は向いていないらしい。
そしてもう一つ、私の魔法の先生だが……結果として見つからなかった。
まあ見つからないのはわかっていた。
悪魔だのなんだのと悪い噂が尽きない公爵令嬢の教師になろうと思うような物好きは存在しない。
しかし……。
「本日よりお嬢様の魔法の教師を務めさせていただきます」
何を思ったか公爵は自身の秘書を差し出してきたのだ。
これはだいぶ予想外。
薄いうぐいす色の髪を後ろでまとめ青空のように真っ青な瞳は優し気にこちらを見つめている。
かなり前から公爵に仕えているという目の前の青年はどう見ても二十代前半に見えた。
「……よく、この仕事を引き受けましたね。仕事はいいんですか?」
「はい、公爵様は快く送り出してくださいました。それにお嬢様とお話をするよい機会だと思ったのです」
そう言うと執事は姿勢を正し腰を折った。
「改めて自己紹介をさせていただきます。本日よりお嬢様の魔法の教師を務めさせていただきます。巫公爵家公爵補佐及び執事長、斎蒼穹でございます。この度はお嬢様が魔法をお学びになられたいとのこと、誠心誠意努めさせていただきます。お嬢様が魔法学園に入学されるまでの間、どうぞよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします。斎さん」
蒼穹は姿勢を正すとふわりと微笑んだ。
「私の事はぜひ先生とお呼びください。さて、早速ですが私はお嬢様の魔力の測定記録は把握させていただいております」
……公爵の一番の側近、目にする機会もあるか。
品定めするように蒼穹を見つめる。
「お嬢様は素晴らしい魔力量を保持していますが属性が無い。しかし、属性がなくとも魔力を有意義に使用する方法は存在します。ではまず魔法の基礎、魔石作りをいたしましょう」
蒼穹は右手の手袋を外し何も持っていないことを見せるように手のひらを見せ握った。
「お嬢様お手を」
言われるがままに手を差し出すと蒼穹はふっと笑みをこぼし握った右手を手の上に持ってきて手を開いた。
「これは……?」
ぽとっと斎さんの手から渡された水晶のような青みがかった結晶を見る。
「これが魔石です。」
「この色は……?」
結晶の青は揺れ動く炎のように少しづつ色味を変え続けている。
「こちらは私の魔力の属性です。蒼炎、大雑把に言ってしまえば炎属性です。結晶の色味はその方の魔力の本質を表します」
魔石とは魔力保持者の魔力の塊り。
様々な魔道具の動力となるためとても重宝される。
魔石作りは自分の魔力をうまくコントロールできない子供が一番初めに行う訓練らしい。
「初めてで完璧に出来る人はいないので気楽にやってくださいね。いいですか、魔法とはイメージです。感じてください、自分の内を廻り流れる魔力を。自身に満ちている力が手に集まり結晶となるその瞬間を」
……精神統一みたい。
頭の中を座禅を組んでいるお坊さんが駆け抜けて行った。
そのため地面に腰を下ろし、目を閉じ、祈るように手を組む。
――感じろ。自身に流れる魔力の流れを。
――イメージしろ。その魔力の溜まる器を、魔力の形状を。
何かがビビッと来て目を開き自身の手を開く。
手の中には色もよくわからないほど小さな結晶が出来ていた。
パチパチと拍手が聞こえ顔を上げる。
「すばらしいです! お嬢様は筋が良いですね!! これならちゃんとしたサイズを作れるようになるまでに二週間もかからないと思います」
そこまで言うと蒼穹は胸ポケットの懐中時計を取り出し時間を確認した。
「申し訳ございません。そろそろ、公爵様のお手伝いに戻らなければなりません。本日はありがとうございました」
どうやら精神統一はとても時間が掛かっていたらしい。
蒼穹は微笑むと恭しく一礼してみせた。
「お嬢様時間があればでよろしいのですが、ぜひ魔石作りを日課としておこなってみてください。お嬢様ならきっとすぐに普通以上の出来栄えの物が作れるようになると思います。次回もまたよろしくお願いいたします。それでは失礼させていただきます」
背を向け本邸に向かって歩き出す蒼穹の背中をぼんやり眺めているとふと、言い忘れていることがあることを思い出した。
「斎さん」
去って行こうとする背中を呼び止め立ち上がる。
蒼穹は不思議そうに振り向き足を止めた。
「魔法の先生、引き受けてくださってありがとうございます。これからどうぞよろしくお願いします」
真っ直ぐ蒼穹の目を見ながら感謝を告げる。
教えてもらう側としても最低限の礼儀は必要だよね。
言葉を受けた蒼穹はふわりと微笑み、丁寧に一礼して見せた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ひどく優しい声でそう告げ顔を上げると再度微笑み、今度こそ本邸に向かって歩いて行った。